キラル〜1〜

 後ろを歩くエラの足音がふと止まる。どうしたのだろうと振り返ると、エラは無言で空を見上げていた。

 彼女の青い眼にはキラキラとしたものが反射していて、口元いっぱいに笑みが浮かんでいる。

「ウィル……。星が、すっごく綺麗だよ」

「……ほんとだ」

 2人で夜空を見上げる。空いっぱいに星がきらめき、吸い込まれそうになる錯覚を覚えてしまうほどだった。

「星を見るの、久しぶりだなぁ」

 愛おしそうに目を細めるエラは、少しの間星空を眺め、それから「お待たせ。行こっか」と笑った。

「いいの?」

「うん」

 エラがウィルの前を歩き出した。エラはが前を歩くのは怖すぎると、ウィルが慌てて隣に並ぶ。

「エラ」

「なぁに」

「エラは、今まで星が見えない所にいたの?」

 てくてく歩きながら、エラは「うーん」と空を仰いだ。

「途中までは外にいたんだけど、されてからは見えないところにいたのかなぁ」

「出荷……ってことは、エラは、」

「ウィル、しー」

 エラがくるりとウィルの方に向き直り、人差し指をウィルの唇に当てた。その感触に、ウィルは思わず押し黙る。

「多分、ウィルの思ってる通りだよ」

 柔らかい微笑みをたたえながら、エラは指を離す。

「また話してあげる。ウィルのことももっと知ってからね」

「ん、……ごめん」

「なんで謝るの!ねぇ、ウィルは星好き?」

「俺はあんまり見た事無かったから、なんか、特別感はあるかな」

「そっかぁ。ウィルは星が見えないところにいたんだね」

「まぁね。エラ、そろそろ明るくなってきたから、どこか休めるところを探してもいいか?」

「もちろんよ」

 2人は歩き出す。

 らしくない、とウィルは思った。自分から他人の過去のことを聞くなんて。いや、その前に人と話すことさえ珍しい。

「エラ、あそこは?」

「あ、いいねいいね。じゃああそこで明日の夜まで待とうか」

 エラがスキップをしながら、ウィルが見つけたボロボロの小屋に向かった。

 ……スキップ?

「エラ、足」

 ウィルが言うと、エラはぴたりと止まって、苦笑いの表情を向ける。

「こんなに歩いたの初めてだから、ちょっと痛い……かも」

 休憩取って良かった。


 *


「ねぇ。血ってどのくらいの頻度で飲むの?」

 エラの質問に、ウィルは思わず口ごもる。そしてエラは当然のようにそれを見逃さなかった。

「いいよ。遠慮せず言って?ウィルが貧血で倒れちゃったら私も困るし」

「えっと……一週間に1回くらい、かな」

「ほんとに?」

「うっ……2日に1回がいい」

「ん、分かった。2日に1回ね」

 気まずそうにしているウィルに、エラはにっこりして、じゃあ明日だね、と言う。

「エラ、血を飲まれる時、その……痛く、なかった?」

「痛かったよ?」

 あっけからんとエラは言い放つ。当たり前でしょと言わんばかりだ。

「でもそれでウィルがおなかいっぱいになるなら、私は全然嫌じゃないの。だから気にしないで。それよりウィル、ちゃんと寝ないと明日頑張れないよ!」

「……ん」

 ここはエラの優しさに甘えて、早めに休もう。


 *


 ウィルが眠りから覚めると、外はオレンジ色だった。もうすぐ太陽が沈む。

「あ、ウィルおはよう」

「おはよう、エラ」

 言いながらぎょっとする。エラ服が破いたカーテンじゃなくなっている。

「そ、それ」

「あっ、これねぇ!いいでしょ。ウィルが寝てる間にそこの街で買ってきたの!」

 エラは淡いブルーのワンピースの裾をちょんとつまんで、くるりと回る。言うまでもなくかわいい。

「ねー、ウィルのもあるんだよー」と言いながら紙袋を渡してくれるエラにお礼を言いつつ、中をのぞいた。取り出して見ると、洋服上下と、真っ黒なマントが入っている。

「もし日光が当たってもこれ着てたら大丈夫かなって。どう?」

「うん、すごいうれしい…けど、お金はどうしたんだ?」

「じゃーん」

 エラはにっこり笑いながら、左腕をウィルに見えるように掲げた。そこには──痛々しい傷跡があった。もう瘡蓋かさぶたで塞がってはいるが。

「そこにあった釘で傷つけて泣いてみました。人魚の涙は何になるか知ってる?」

「え……真珠?」

「ぴんぽーん!それで買ってみたんだよ。さて、ウィル。そろそろ夜だよ。行こう?」

「エラ、傷の手当は?大丈夫なのか?」

「人魚だから大丈夫〜♪」

 ウィルはやれやれとため息をついて、黒いマントをバサリと羽織った。


 *



「あれっ、さっきのお姉ちゃんじゃあないか!」

「あーっ、服屋のおじさん!」

 ……何がどうなってる?

 ガヤガヤと騒がしい店内で、ウィルは再びため息をついた。

 さかのぼること10分前。

 まず海への行き方を誰かに聞こう、とウィルが言うと、「じゃあさっきの街に行こう!」エラが提案した。

 街で唯一明かりがついていた店のドアを開けると、この通りだ。

 エラは服屋のおじさんと盛り上がっていて、目的を忘れているようなはしゃぎっぷりだ。

「おーいエラ」

 ウィルの声も全然聞こえてない。ウィルは話しかけるターゲットをエラから、隣の女性に切り替えた。彼女もビールを片手に赤ら顔だが。

「すみません」

「ん〜?お兄さん見かけない顔だねえ。旅の人かい?」

「はい、まぁ。あの、海へはどうやって行けばいいですか?」

「海ぃ?」

 女性は眉を思い切りしかめて、うーんと考え込んだ。

「海なんてものすごく遠いよ。キラルは山に囲まれているから、絶対に山を超えなきゃいけないしね」

「キラル……、って何ですか」

「キラルはこの街の名前だよ。あんたそんなことも知らなかったのね」

 そう言うと、女性は「ねぇ、ちょっとトムさん」と近くのおじいさんの肩をバシバシと叩く。

「このお兄さんが海行きたいらしいんだが、地図持ってない?」

「地図かぁ。地図なぁ、どこ行っちまったかなぁ。捨ててはないんだがね。ちょっくら見てくるよ」

「ありがとね、トムさん」

 おじいさんがよたよたと店から出ていくと、女性が、店のドアの方を指しながら言う。

「トムさんは捨てられない性格でね。トムさんに聞けばないものは無いってわけ。あたしはリラっていうんだ。お兄さんは?」

「ウィルです」

「ウィルね。今夜の出会いに乾杯!」

 リラがビールのジョッキを掲げた。ウィルも慌てて、近くの水のグラスをあげる。

 カツン、とジョッキとグラスが音を立てた。

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