霊は知られたがっているっ!? ~ゴーストパパラッチ奇談~
@junichi
1-1
「(思い出しただけでもはらわたが煮えくり返ってくる……!)」
赴任して1年目。東北の地方都市の忌々諱(キキキ)町にある、どこでも商事忌々諱支部ナントカ部署勤務の骨河丈夫係長の夏は散々だった。沸々と沸き起こる怒りを胸に、いつものように駅ガード下の居酒屋で安い酒をあおり、締めのおでん屋台にて同僚の渦巻目ヶ一郎に日頃の鬱憤をぶつけることが彼の日課だったのだ。
「皆々様も、大変でごわすなぁ……」
ごとりと、四角い顔をした店主が生ビールの並々注がれた中ジョッキを二人の前に置く。
主人いわく、自称鹿児島の方言でべつにふざけてるわけじゃないらしい。それにしても、骨河係長は普段と比べて明らかに遊びすぎ、飲みすぎだった。
「うぃぃぃ……」
酒臭い酔っぱらいの骨河係長の、長い”管巻き”が今日も始まろうとしている。渦巻目ヶ一郎はもううんざりだった。
「今日も散々だった……なぁ? 目ヶ一郎?」
ぐいっと、気だるそうに骨河係長が同僚の肩に腕を絡ませると、渦巻はまんざらでもなさそうに苦笑した。渦巻目ヶ一郎は痩せ型の小柄な体格で、いかにも子分肌といった風貌をしていた。坊主頭に特徴的なぐるぐる丸めがねをかけている。
「そうでもないですよ係長。今日はちょっと飲みすぎなんじゃないですかぁ?」
「なんだとぉ……お前、俺を馬鹿にしてるのかァ? あ?」
こうなった骨河係長は非常に面倒くさかった。だから渦巻は基本彼を否定することはしない。何が面倒くさいって、ネチネチとずいぶん昔あったことをぶり返してくるのだ。
「いやいや、違いますよぉ骨河さん」
両手のひらを差し出して敵意のないことを示す渦巻。二人のやり取りを見かねて屋台の店主が会話に入ってくる。
「骨河さん、もう勘弁してやってくんねぇか? 話は聞いてやるからよ」
骨河係長は四角い顔の天使だと思った。
おでん屋の店主とは忌々諱支店に赴任して以来の顔見知りだった。長い付き合いでこそ無いものの、頻繁に利用しているためか、常連客として顔が知れるのは早かったのである。
「おお、店主、聞いてくれるか、実はなぁ……」
興味を持って聞いてくれる聞き手というのは、話し手にとって何よりも嬉しい存在である。骨河係長は臆面もなく、全てをさらけ出すつもりだった。
* * *
もう一ヶ月も前のことだ。物部耳子という、如何にも個性的な名前の新入社員がナントカ部署にやって来た。彼女は大学を卒業して新卒でどこでも商事の入社を希望したらしい。
「もののべみみこぉ……?」
骨河係長は思わず復唱したくなるほど、奇妙な名前だと思った。
「(なんて変わった奴なんだ)」
などと、骨河係長は不思議に思っていた。実際、彼女が名前ばかりでなく人間性までとんでもない変人だと判明するのはそう遠くない先のことだ。
そうこうしているうちに部長による彼女の紹介がはじまるのだ。
「ええ、みんな。今日をもってナントカ部署に所属することになる物部君だ。みんな仲良くするように!」
「物部耳子です。今日からよろしくお願いします」
「……」
簡単な挨拶と和やかな歓迎ムードの中、骨河係長はぼぉっとしてその様を見つめていた。
* * *
彼女が赴任してから、ある日のことだった。
「骨河係長……」
「うおっっ!」
がたりと、骨河係長は驚きのあまりにデスクから立ち上がった。突然のっそりと背後から物部耳子が現れたのだ。骨川係長はまるで気配を感じられなかった。
「(殺されるかと思った……)」
骨河係長は年甲斐もなく切迫した顔つきでいう。
「お……おう、物部耳子か、どうした、なんなのだ、いったい?」
物部耳子は長く垂れ下がった前髪を掻き分けてから、不機嫌そうにぼさぼさと頭を掻き毟ると、切れ長の鋭い目で睨みつけて、何かを突き出した。プリント用紙だった。
「?」
「……資料、できました」
「おう、そうか、デスクに置いておいてくれ」
「……はい」
力なくプリントをデスクに置くと、またノソノソと自分のデスクへ戻っていった。
「……」
骨河係長は唖然としてその後姿を見つめると、思う。
「(大丈夫なのか、あれ)」
先行きが思いやられる。骨河係長は不安に感じていた。
ところが、その日を皮切りに、物部耳子は積極的に骨河係長に話しかけてくるようになった。見る見るうちに仕事を覚えて、骨河係長の当初の悪い予感はものの見事に覆されることになる。そんなある日のことだった。骨河係長はいつものように説教をしていた。
「いいか物部。会社員というものはだなぁ」
「はい」
「時間にルーズであってはならない。身なりにルーズであってはならない。上下関係に……」
「はい」
「お前がどこで何をやって来たか知らないが、社会は甘くないぞ。そうだ、一朝一夕にはだな……」
「はい。係長?」
「ん?」
「缶コーヒーを……」
物部耳子の手には二つ缶コーヒーが握られている。ひとつを骨河係長に手渡した。
「んを、……気が聞くじゃないか」
骨河係長は缶コーヒーを受け取ってデスクにどっと腰掛けた。
ブゥゥゥっ
「のわああああああああああああ!?」
骨河係長は驚きのあまりに腰が抜けて、絶叫して椅子からずり落ちてしまった。
「(な……何事なのだ!?)」
「くすくす……」
「!?」
すると、床から何かを取り上げる物部耳子の姿があった。彼女はそれを腕に装着するとブーブーと音が鳴った。猫のぬいぐるみのパペット人形だ。
「ふふふふ」
物部耳子は骨川係長を見下ろし、ニヤニヤ笑いを浮かべて席へ戻っていく。
「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬぬぬ、ぬぬ」
それは物部耳子が仕掛けた悪戯の罠だった。缶コーヒーに気を取られてる間に、彼女は潰すと音の出るパペット人形を椅子の上に転がしておいた。些細なブービートラップ。まんまと嵌められた骨河係長は、無様に絶叫して床に尻餅をついた。オフィスの遠目から見ていた女子社員の含み笑いが骨河係長には屈辱的だった。
「やだぁ」
「かわいいー!」
「なにあれ、ぐあぁぁああ、とか……、ちょうウケるんですけど!」
「(ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!)」
完全にコケにされてる。からかわれてる。骨河係長はその時に思った。
「(あの猫のふざけたぬいぐるみと同じ。奴は私の前で猫を被っていたというわけか!)」
それからも、物部耳子による骨河係長に対する陰湿な悪戯は続いた。
そんなある日、物部耳子の赴任から一ヵ月後、ナントカ部署で彼女の歓迎会をすることになった。もちろん骨河係長は不機嫌だった。あんな奴のために歓迎会を開く必要なんてないとさえ思っていた。ところが思いのほか会は盛り上がり、最高潮に達したところで物部耳子はおずおずとみんなの前に出てきていう。
「今日は私のためにこのような会を開いていただき、本当にありがとうございます」
誰も彼もが飲み食いして酔っている。拍手喝采だった。物部耳子はいう。
「……それじゃあ、ここでひとつ、私の方からも催しもいいですか?」
「なんだなんだ?」
「たのしみぃ」
「……ふん」
骨河係長といえば高みの見物を決め込んでいた。
「(お前みたいな奴に何ができる)」
「なに……簡単な怪談話ですよ……」
そうして、物部耳子はおどろおどろしい語り口で、淡々と怪談を語りはじめた。
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