92個のサイコロ

青山風音

問題

 サイコロステーキってありますよね?肉を立方体の形にして提供する、あの料理のことですよ。いいですよね、私みたいに不器用なものには特に。普通のステーキなんて食べられませんよ、ナイフとフォークが上手く使えなくてね。

 もちろん、皆さんもお好きでしょう?お好きでないとしたら、数学が苦手な人に違いありません。『サイコロを3つ振って合計が奇数になる確率は?』なんて、さぞや苦い思いをなさったことでしょう。

 しかし私は思うのですけどね、よく流行ったものですよ、サイコロなんて名前をつけて。だって皆さん、サイコロですよ?あんな白くてカチカチな物体、食べようとは思わないでしょう?普通は食べません。

 ところが1人いたのですよ、サイコロを食べた方が。それも1個や2個ではなく、その数なんと92個。今日はその話をしようと思います。

 これは私の友人の私立探偵から聞いた話なんですがね。


 * * *


 あれはとある夏の日のことでした。1人の男性がコンテナの中から遺体で発見されたのです。被害者の名前は仮に山田さんとしておきましょう。

 山田さんの死因は餓死。後頭部に傷があることから、殴られて気絶した後、コンテナに閉じ込められたものと推測されます。

 ちなみにそのコンテナですがね、チェスや将棋、麻雀、すごろくと言ったボードゲームがたくさん仕舞ってあったのです。これらは全て山田さんの商売道具ですね。玩具屋さんとでも言いましょうか。そして、その中にはサイコロもありました。

 えぇ、もう予想はついたかと存じますが、山田さんはこのサイコロを大量に飲み込んでいたのです。その数、先程も申したように92個。飢えを凌ごうと必死だったのでしょうかね?

 その前に、助けは呼ばなかったのかって?それが残念なことに、山田さんは気絶させられた時に携帯電話を奪われていたのです。在庫確認用のノートパソコンも持っていましたが、こちらはインターネットに繋がらない状態でした。なので、外部と連絡する手段は全て絶たれていたわけですね。


 さて、この異様な事件の調査に乗り出した我が友人は、すぐに容疑者を4名まで絞り込みました。彼らの名前は順に椿つばきえのきひさぎひいらぎ。いずれも山田さんの子供たちです、変わった名前ですね。

 子供たちはいずれも明確なアリバイが無く、その一方で全員に山田さんを殺害する動機がありました。なんと仲の悪い親子関係でしょうか。これだけ聞けば、この中の誰とは言わずに全員が共謀して山田さんを葬った可能性もあるでしょう。

 しかし彼らの話を聞いた我が友人は、それを否定しました。子供たちは全員、非常に仲が悪かったのです。互いに汚い言葉で罵り、罪を押し付け合う様子を見て、彼らが共犯関係にあるとは考えにくいという結論に至りました。


 これ以上、子供たちから得られる手がかりは何も無いと考えた友人は、被害者に注目しました。山田さんが閉じ込められてから餓死するまでには時間があったわけですからね。何かしらの手がかり、すなわちダイイングメッセージを残している可能性は十分に有り得ます。ほら、山田さんはノートパソコンを持っていたじゃないですか。オフラインで助けを呼べなくとも、記録媒体としては十分に役立ちますでしょう?

 ところが、すぐに暗雲が立ち込めます。なにせ、そのノートパソコンは破壊されていましたからね。ディスプレイとキーボードが板チョコのように2つに分断されて、ディスプレイは粉々になるまで叩きつけられていました。キーボードについても破壊の跡があり、いくつかのキーが吹き飛んでいましたよ。

 これでは何が記録されていたのか確認することはできません。むしろ、犯人が痕跡を消し去ったと考えるのが自然でしょう。であるならば、もう得られる手がかりは残されていないのではないか?ちなみに指紋については空振りでした。ノートパソコンの残骸からは山田さんの指紋しか検出されなかったのです。

 コンテナの中に仕舞ってあった荷物ですが、こちらも空振りです。ほとんどが未開封の状態で、動かされた形跡もありません。これでは手がかりを残したという可能性は無いでしょう。

 となると、やはり鍵を握るのは山田さんが飲み込んだ大量のサイコロでしょうか。コンテナの荷物はほとんどが未開封と言いましたが、唯一の例外がこのサイコロなのです。山田さんは意図的に、サイコロだけを選んで胃に隠したのではないでしょうか?だとしても、そこにはどのような意図があったのか?


 と、ここで私が登場するわけです。私は友人に言ってやりました。

「キーボードが破壊されていたそうだが、無くなったキーは調べたのかね?」

 そうです。無くなったキーが犯人を指しているという名推理が炸裂したのです。我が友人は目を輝かせて言いました。

「きみのおかげで犯人が分かったぞ!」

 おお、やはりだ。私は実に鼻高々です。それで、無くなったキーは一体何だったのでしょうか?我が友人は言いました。

「[S]、[J]、[I]、それに[SHIFT]キーの4つだ!」

 はてさて?私は首を傾げます。この4つをどう組み合わせれば犯人の名前に繋がるのか?まったくもって分かりません。このままでは私は寝不足になってしまうでしょう。そうなる前に、私は友人にヒントを要求しました。

 すると、彼はこう答えたのです。

「被害者が飲み込んだサイコロは全て6面のサイコロだ。被害者の胃の中では92個のサイコロが同時に転がっているのだよ」

 ううむ、さっぱりです。


 ここで一度、時間を置きましょうか。皆さんの知能にも負担を与えなければ不公平というものですからね。どうぞご自由にお考えください。調べ物をなさるのでしたらパソコンがお勧めですよ。

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