港でのことと、帰ってから聞く第二皇女(元)の話
港に着くと、俺を見つけた商人たちが押し寄せてきた。
中には商船を扱う船乗りも居て、皆が皆、一斉に報告を述べに来る。
『坊ちゃんッ! グレスデンからの荷物がやっと届きましたぜッ!』
『こっちはエルタリア島からでございます! すぐにサインをお願いします! 帝都より、今日中に提出するように言われておりまして……ッ!』
『待ってたぜ! 実は運送に遅延が発生してるところがあってよッ!』
『お、おい! 領主様が海に飛び込んだぞ!』
何やらおかしな声も混じっていた。
俺は一件一件処理してから、そのおかしな声が聞こえてきた方角に足を進める。
その先には、父上が居た。
父上はいつも通りの甲冑姿で、頭から湯気を立てていた。
今は桟橋に置かれた木箱に座り、海水を滴らせながら涼んでいる。
「……何をしてるんですが、父上」
「おお、グレンではないか! 私は頭を冷やしていただけだが、それがどうかしたのか?」
(なんて豪快な)
「甲冑、錆びますよ」
「問題ない。薄くともガルドタイトを表面に纏わせてあるからな。通常の品と比較にならんくらい丈夫なのだ」
初耳だ。
それにしても値が張りそうな甲冑である。
「で、ここで何をしてたんですか? 父上は晩まで屋敷で頑張るって聞いてましたが」
「一段落したからな。他に重要な仕事があったからここに来たというわけだ」
「重要な仕事?」
「うむ。実はだな――――」
◇ ◇ ◇ ◇
屋敷に戻るとアリスとミスティの二人が居た。
二人は広いリビングのソファに座り、暖かな茶を楽しんでいた。
俺が近づくと、二人は笑みを浮かべて迎えてくれた。
「おかえりです。あっ、コートは私が掛けてあげちゃいます」
アリスの言葉に甘えてコートを預け、
「私はもうちょっといるから、お仕事を手伝ってあげられると思うわ」
今度はミスティの気遣いに感謝する。
「二人とも、ありがと」
俺はそう言って疲れを湛えた息を漏らす。
二人の対面に座ると、音もなく忍び寄った婆やが茶を淹れてくれた。ついでにおかえりなさいと言って立ち去る様子は、目を見張る隠密っぷりだった。
「ミスティに聞きたいことがあるんだけど」
「ええ。何かしら」
「お姉さんって、どんな人?」
「……私の姉?」
きょとんとした様子で首をひねったミスティだったが、すぐに合点がいった様子で答える。
「ミハエラお姉様のことかしら。もうすぐ帰ってくるものね」
「そそ。父上から明日には港に着くって聞いて、驚いてたところ」
父上はそのために港へ出向いたのだとか。
一応、安全確認のために周囲を見て回ったと聞いている。
「ミハエラお姉様は女性が好きなお方よ。それと他の皇族と違って、珍しく私に甘い人かしら」
「……さいですか」
「な、なによ! ほんとなんだから! アリス! そうよねっ!?」
「ですねー……ミハエラ様はそれはもう女好きです。だから長い間嫁がれなかったんですが、ある日、帝都のパーティで会った殿方に一目ぼれしたんです」
「それが国境近くの砦を守ってるっていう将官の?」
「さっすがグレン君。その通りです。もうちょっと詳しくご説明すると、その将官さんが中性的な容姿の方でして、騎士にしては珍しく戦が細い方だったんですよね」
思いっ切り合点がいった。
「でもでも、それだけでご婚姻なさったわけじゃないですよ! お相手の将官さんはとても勇敢なお方でして、ミハエラ様はそこに惹かれたんだーって、昔、私とミスティに惚気てましたし」
「あ、やっぱりアリスも顔見知りなんだ」
「たははっ……私はミスティと仲が良かったので、お城に行くたび着せ替え人形にされてました」
「懐かしいわね。アリスが着せ替え人形にされてると思ってたら、私が見ないうちにお風呂に連れ去られてることもあったかしら」
やべえ皇女様じゃないか。もう、ぶっちぎりでヤバい人だ。
(そんな皇女様が明日には到着か)
砦を出てしばらく進んだ先に海があるそうで、そこに軍港が設けられていると父上から聞いた。元・第二皇女はその軍港を発ち、海路からここ港町フォリナーへやってくる運びだ。
「あーでも、ミハエラ様は――――」
「ええ……グレンのことを考えると――――」
その方が陸路を進むより早く到着できるため、帝都やこちらの都市に戻る際はしばしば経由していくのだとか。
「グレン、聞いてる?」
「あ、ごめん。何か話してた?」
「その、私とアリスとしては、ミハエラお姉様にグレンを会わせたくないなって話してたの」
「……え? なんで?」
「なんでって……そんなの、グレンが気に入られたらイヤだからに決まってるでしょ……?」
まったく話の流れがつかめないが、どうやら俺は元・第二皇女に気に入られそうな節があるようだ。
「どうして俺が気に入られるのさ」
「見た目ですかね~」
「うん。見た目よ」
しばし無言になった俺は唐突にソファから立ち上がる。
リビングの片隅にある姿鏡に向かい、自分の容姿を確認した。
うむ。我ながら恵まれていると思う。
顔も名前も知らない実の両親に感謝しなければならないだろう。
が、しかしだ。
俺としては強く異を唱えたい。
「そんな中性的じゃないと思うんだ」
そして線も細くない。
別に元・第二皇女の夫を否定するわけではないし、下げるつもりもない。
あくまでも、俺はそんなに線が細いつもりがないだけだ。
腕なんてこう、いい感じに筋肉を纏ってるような気がしなくもない。
幼い頃からしている訓練(逆立ちを含む)のおかげで、それなりに引き締まっていると思うのだ。
ご近所様から妙なあだ名をつけられた賜物である。
「ほら! ちゃんと筋肉あるって!」
だから先ほどの言葉を撤回させるべく、俺はジャケットを脱いでシャツ一枚になる。
そのまま袖をまくって前腕を露出してみせた。
一瞬、二人の頬が赤くさせてしまったのは申し訳ない。
別に露出癖があるわけではないのだ。
今はちょっと、譲れないところがあっただけで……。
「グ、グレンっ! 夏と違って、急に肌を見せられるとビックリしちゃうから……っ!」
「かと言って前置きをされてもビクゥッ! ってしちゃいますけどね! こちとら身近な男性がグレン君しか居ない二人組ですから、それはもう免疫がないってことでして……」
「……すみません」
二人は不満そうなわけでも、怒っているわけでもない。
やはり、急だからという驚きが大きいようだ。
素直に謝罪した俺はソファに戻る。
ジャケットは……まぁいいや。
どうせ後で着替えるし、屋敷の中は暖かいし。
「で、別に中性的ではないと思うんだよね」
「確かに去年と比べて男らしくなったような気が……しないでもないような……」
「うん。グレンは春に比べて凛々しくなったと思う。けど、それでもミハエラお姉様が気に入りそうな顔立ちだなって感じがするの」
俺は留飲を下げた。
いや、溜飲というほどのものではないが、ちゃんと男らしくなれたと言われると、やはり男心がふふん、と得意げな気持ちに浸るというわけだ。
「けどさ、明日は俺が元・第二皇女殿下をお迎えするんだけど」
「ど、どうして!? ハミルトン子爵じゃないの!?」
「何故か分からないけど、俺がその殿下に指名されたから」
「……あー! なーんかアリスちゃん、急に具合が悪くなってきちゃいました! どうしよー! 明日は学園に行けないかもしれません!」
「じゃあ、婆やに看病してもらうよう言っておくから」
「わ、私も少し気分が悪くなってきたかも……」
……二人がかりとは恐れ入る。
「大丈夫だって。ミスティのお姉さんってもう子供がいるんでしょ? 別に俺が何かされるわけじゃないし、砦に拉致されるわけでもないじゃん」
二人が何も言わず真顔になってしまったのを見て、俺は情けない声で「え?」と呟く。
それから、二人は諦めたようで何も言わなくなったのだが、一方の俺はと言えば、明日のことを考えすぎるあまり夜は安眠できないかもと思った。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、十時を回るその前に。
「おはよう。グレン」
食堂に足を運ぶと、偶然にも父上が居た。
互いにいつもより遅い朝食だが、父上は夜遅くまで仕事をしていたようだ。
朝はいつも通りに目覚めたらしいけど、婆やに睡眠の重要性を説かれて軽く二度寝をして、いつもと同程度の睡眠時間を確保したそうである。
「グレンはどうだ? よく眠れたか」
「はい。むしろいつもより寝すぎてしまいました」
なんだったらいつもより三時間以上長く寝てしまった。
「疲れがたまっていたのだろうさ。私が言える口ではないが、グレンもあまり無理をしないようにな」
「とんでもない。今は忙しい時期ですし、もうちょっと頑張らないと」
「すまんな。私がもう少し上手に立ち回れたらよかったのだが」
「そうでもないですよ。ラドラム様も父上の頑張りは讃えておりましたし、今年は忙しい一年でしたからね」
「……確かに忙しい一年だな。去年の今頃はまだハミルトンに居たことを思い出すぞ」
考えてみれば、なんと楽な生活だったろう。俺もたまに父上の仕事を手伝っていたが、今とは比べ物にならないくらい楽な仕事ばかりだった。
――――あいさつの後はいつものように、婆やが作った朝食に舌鼓を打つ。
時間はまだ余裕がある。
それでも、早く到着するに越したことないと思い、素早く出発の支度をした。
「よし」
行くか。
朝食の後で身支度のために足を運んでいた自室を出て、両階段を下りて一階に向かう。婆やとすれ違った際、父上はもう執務室に籠りはじめたと聞いた。
俺も頑張らないと。
相手は元・皇族、失礼のないよう気を付けなければ。
(そういや)
ミスティの姉こと元・第二皇女は、どうしてこっちに戻ってくるんだろう。
銀月大祭に合わせて何か用事でもあるのだろうか?
考えてみれば様々な経緯を聞いてなかったことに気が付いて、俺はどうしてかと考えながら屋敷を出る。
今朝の外に広がる空は青空だ。
白い吐息に白い雪が僅かに重なったのを見て、やはりもう冬になるのだと実感した。
◇ ◇ ◇ ◇
港はいつも以上に賑わっていた。
今日は元・第二皇女が久しぶりに戻ってくるとあって、このフォリナーに留まらず、帝都やその他の都市からも観光客が足を運んだと聞いている。
道理で出店が多く、朝から香ばしい香りが漂っているわけだ。
……さて、今更ながら俺には荷が重すぎやしないだろうか。
相手は元・皇族なんだから、たかが子爵家の嫡男が迎えるような相手じゃない。たとえ今は皇族でないとしても、必要とされる礼儀はあるだろう。
俺が軽く頬を引き攣らせていたところへ。
「グレン少年。予定より早いですね」
「クリストフ様? どうしてここに?」
「おや? ミハエラ様がおかえりになるので、私も念のために同席すると――――なるほど。法務大臣殿が面白がって伝えていなかったようですね」
「…………」
「ふふっ、しかめっ面を浮かべるのは仕方ありませんが、ミハエラ様が来たら抑えるように」
「はい。重々承知しております」
「それは何より。でないと、しかめっ面が二人も居ると言われますからね」
魔法師団長クリストフ。その彼はまだ元・第二皇女が城に居た時代、しかめっ面と言われた過去があるのだろう。
今の口調は明らかに実感がこもっていたから、間違いない。
「グレン少年。まだ時間がありますから、少し私にお付き合いください」
クリストフはそう言って歩き出してしまう。
付き合うって、どこにだろう?
あと一時間もすれば戦艦が到着する予定なのだが。
……と思っていたら、クリストフが足を運んだのは出店だった。
中でも、海鮮を串焼きにした出店だ。
「クリストフの旦那! 久しぶりだねぇ!」
彼が出店に行くと店主が気を遣うと思った。
けど、そうではなかった。
やってきた出店の店主は満面の笑みでクリストフを迎えたばかりか、気さくに声を掛け、鉄板越しに手を伸ばして肩を叩いてきたのだ。
(え!?)
あのクリストフにそんなことをして、と俺が驚いていると。
「ご無沙汰しております。ご主人、
「おうよ! ちょっと待っててくれよな!」
まさかクリストフまで、慣れた様子で注文するとは思わなかった。
「え、あの……クリストフ様?」
「どうしました?」
俺が驚きの理由を困惑しつつ言おうとすれば、店主がそこで口を挟む。
店主はニカッと笑い、白い歯を見せながら言うのだ。
「こりゃ領主様んとこの坊ちゃん! 俺がクリストフの旦那と話してたから驚いたんだろ?」
「は、はい……その通りです……」
「どうだい? クリストフの旦那、俺から話しても構わないかい?」
「問題ありません。グレン少年は私の弟子ですから、お気になさらず」
「おっとと、弟子なんかもう取らないと思ってたぜ! けどま、坊ちゃんなら分からんでもない」
すると店主は串焼きを作る手を止めず、目を細めた。
「もうずっと前だけどよ、クリストフの旦那はフォリナーに住んでたことがあるんだ。確かガルディア戦争がはじまる前だったな」
「そうですね。私が魔法師団長になる前のことです」
「クリストフの旦那はその頃からうちに通ってくれてたんだ。なんでも、勉強のために本を買い過ぎて金がないとかで、安く買える串はないかって聞かれてよ」
過去の話をされるクリストフは若干気恥ずかしそうにしていた。
その横顔は俺が見たことのない穏やかさで、どこか少年のように若々しい。
「港では人情が無きゃいけねぇ。ってなわけで、俺は普段あまり使わない魚介の端を使って、どでかい串を包んでたってわけよ」
「ご主人には感謝してます。今の私があるのは、ご主人のおかげと言っても過言ではありませんから」
「ったく、あの若造が言うようになったもんだぜ。――――ほらよ! お待ち!」
出来上がった串焼きは、魚介の端だけを使ったとあってみてくれは悪い。
しかし香ばしい香りは変わらず、受け取ったグレンがクリストフに言われるままに頬張ると、コリコリとした触感がたまらなかった。
それに、味も通常の串と差が無かった。
「お代を」
「ははっ! いらねぇよ! 俺の奢りだ!」
「ですがご主人……それでは……」
「気にすんなって。俺たち港の人間はみんな、クリストフの旦那に感謝してるんだ。出世してくれたおかげで、海洋警備兵を増やしてくれてるだろ? それだけでお代は十分だぜ」
「……では、こちらを」
俺がクリストフの知られざる人情に驚いていると、彼はめげずに金を払った。
店主は「いらねえって!」と言い受け取ろうとしていなかったが、つづけてクリストフが言う言葉に折れてしまう。
「私の弟子が味を気に入ったようですので、また来ると思います。その時の代金として、先にお受け取りください」
「そう言われちゃ仕方ねえな。坊ちゃん、ってなわけだから待ってるぜ!」
なんとも心温まるやり取りだった。
こう言ってはなんだが、クリストフにもあんな一面があるとは驚いた。
今も隣で串焼きを口元に運ぶ彼の横顔は、本当に美味しいものを食べてるというのがよくわかる。きっと、彼にとってこの出店は、帝都の高級店に匹敵するか、それ以上の美食なのだろう。
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