都合のいい再会。

 レストランの中に足を踏み入れるや否や。

 ……違うな。

 サービス係に「二人です」と言ってからというもの、他のサービス係も含めた、ほとんどのサービス係が不思議そうな視線を俺たちに注いでいた。

 思わず小首を傾げていたら、席に着く直前になってオヴェリア・ロータスが言う。



「普段と違い、七国会談中は、私の屋敷がある都市からも人手が動員されておりますもの」



 当然、容易く悟られてしまったことは気にしない。

 彼女なら普通だろう。



「ええー……俺が選択を間違えたみたいじゃん……」


「さぁ、どうでしょう。しかしながら、殿方との噂すらなかった自国の令嬢が歩いているのなら、気になって当然かと」


(明らかに選択肢を間違えてるじゃん、これ)



 ここでやっぱ無し、なんて言えない。

 席への案内も済んでしまっている。

 いまも、戸惑ったままのサービス係が俺たちに振り向き、どうしたものかと言わんばかりの表情を浮かべてオヴェリア・ロータスへ尋ねようとしていた。



「お席の方は……」


「ここでいいわ」


「い、いえ、そういうことではなくてですね……」



 すると、彼女は気品あふれる笑みを浮かべて言うのだ。



「こちらの殿方が二人でと仰ったのですから、同じ席でよろしいのでは?」



 それはもう奇特に見えたであろう。

 遠く離れたシエスタから来た俺ですら、オヴェリア・ロータスはガルディア人を嫌悪していると噂を知っているのだ。



 だというのに、彼女はその特徴を持つ俺と同じ席に座り、食事を共にしようとしているのだから、彼女の国の者――――それが彼女と同じ都市から来たものたちであれば、奇特に見えて当然だ。



「で、では後程ご注文をお伺いに参りますので」


「いいや、先にしておきます」



 俺はそう言いながら先にオヴェリア・ロータスを席に座らせ、その後で彼女の対面に腰を下ろした。



「メニューをいただけますか?」


「……こちらです」


「ありがとうございます。それじゃ……えっと……」



 まずは……朝と昼の間だが、あまり多く食べるつもりはない。こんな出会いから腹八分目なんて気分になれるわけがないのだ。

 となれば、軽めのもので攻めたい。



 たとえばサンドイッチなどだが、都合よく盛り合わせを発見した。



「この盛り合わせを二人分で」


「畏まりました。お飲み物はどう致しましょう」



 コーヒーや紅茶に加え、冷たい果実水が選べるようだ。



「では、果実水を」



 しかしこれも種類が選べる。果実水と言ってもミックスジュースで、いくつかの果実を混ぜたもののようだ。



「少し酸味がある方がいいですね」


「そうしましたら、上から二番目のものをお勧めいたします」


「じゃあそれでお願いします。それと、飲み物は食前に。食後には暖かい紅茶もお願いします」


「茶葉は如何なさいましょう?」



 俺はメニューに書かれた茶葉の特徴を見て、好みの茶葉を選んでサービス係に告げた。

 最後に以上ですと言うと、そのサービス係は最後にオヴェリア・ロータスの顔を伺ってから、何も言われないのを確認してから席を後にしたのである。



「――――あ」



 今頃になって気が付いてしまった。

 なんて気が利かない男なんだ俺は。



「ごめん。勝手に注文してた」


「お気になさらないでくださいませ。まるで自分で注文しているような気分でしたわ。――――ほんと、どうしてこんなに趣味が合うのでしょうね」



 ああ、だから何も言わず俺の注文を待っていたのか。

 俺に気を遣って言ってる様子はないから、恐らく本当なのだろうが、俺自身、これでも結構驚いている。



「一日の最初は果実水って決めていましたの」


「俺も可能な限りそうしてる」


「よければ、理由をお聞かせくださいますか?」


「大したことじゃないよ。少し酸味のある果実水で完全に目を覚ましたいってだけ。それと、単に果実水が好きって感じかな」


「ふふっ、私もです。最初から最後まで同じ理由でしたわ」



 上機嫌に言う彼女を見ていた俺は、前に口にしたのと似た冗談を思い付き、それを口に出して笑いを誘う。



「やっぱり俺たちって生き別れの兄弟だったりしない?」


「…………どうでしょうね」



 笑って一蹴される予定だったが、オヴェリア・ロータスは意外にも真摯な面持ちで小首を傾げた。



「案外、親類かもしれませんわよ」


「ん、どうしてそう思ったのさ」


「グレン様が私の母に似ているからです。……といっても、少しだけですけれど」



 その言葉に、俺は強い興味を抱いた。

 尋ね返そうか迷っていると、サービス係がやってきて果実水を置いていく。

 こんなもので乾杯するのも変な話だが、俺たちはグラスを手にすると、自然な流れでグラスをこすり合わせた。



「気が付いたのは今朝のことです。私は昨夜、グレン様のことを強く警戒しました。ですけど、それだけでナイフを抜くほど、無軽快な娘ではないと自負しておりましたの」


「警戒したっていうのは、俺が君と不思議なくらい共通点があったから? それであの男は自分を調べて狙ってる、って勘違いした感じかな」


「ええ。その通りですわ」


「なるほど。――――口を挟んでごめん。つづきをお願いするよ」



 オヴェリア・ロータスはグラスを口元に運び、果実水を何度か嚥下してから言う。



「そうした中で……多くの事柄に私の心が占領されはじめた中で、少しだけ、本当に少しですけど、グレン様のお顔にお母様の面影を見てしまった。それで、私はほぼ無意識のうちにナイフを抜いていたのかもしれません」



 説明する彼女はあまり自信があるような口ぶりではなかったが、その声音には確かな後悔の念が見え隠れしている。

 俺はそこで「もう大丈夫」と言って説明を止めた。

 彼女は申し訳なさそうにしていたが、最後に嘆息を漏らした。



(可能性はゼロじゃないのかも……あくまでも、可能性の話だけど)



 オヴェリア・ロータスが知っての通り、俺は父上の養子になった身だ。

 本当の両親の情報を父上に聞いたことはないし、これからも聞く予定は今のところない、、、、、、、

 ただ、仮に親類であることが事実だったら、本当の両親も中々高貴な人たちだ。

 


 気にならないわけではないが、今は置いておきたい話だ。



「いずれにせよ、昨夜のことは水に流して建設的な話がしたい」


「ですが……私に何を求めているのですか?」



 すると、俺が答える前に料理が届いた。

 ひとまず食べてからにしようと提案すると、オヴェリア・ロータスはすぐに応じ、俺たちはほぼ同時に料理に手を伸ばす。



 やっぱり、この店の料理はいい味だ。

 近場だったら通いたいくらいである。



(どう切り出したもんか)



 俺は腹を満たしつつ、果実水で喉を濡らした。

 そのまま惚けるように、ほぼ無意識にオヴェリア・ロータスの様子に目を向け、どう話を進めるか迷っていた。



(……小動物みたいだ)



 彼女は三角の形に整えられたサンドイッチを両手でつまむようにして持ち、色艶のいい唇で少しずつ、本当に少しずつ食べていた。

 容貌の美しさとアンバランスな可愛らしい姿を前にすると、昨夜とまったくの別人に思えてきてならない。



「…………なんですの」



 俺の不意を突くように彼女が言うと、じとっとした瞳で俺を見た。



「見てて楽しい姿でもないでしょう?」


「いや、ちょっと楽しかったよ」


「奇特な殿方ですのね……べ、別に構いませんけど……」



 それからというもの、彼女は若干頬を赤らめながら食事に戻った。

 俺に見るなと言わなかったのは、昨夜のことがあるから気が引けたからだろう。



(和んだ)



 うむ。これならいける。

 俺は心の中に余裕が生まれたのを感じ、妙な自信を抱く。



 ――――数分の差で食事を終えた俺たちの下に、注文していた暖かい飲み物が運ばれてくる。

 俺たちは一口、また一口と口に含みその香りを楽しみ、軽い休憩に勤しんだ。



 やがて俺たちがカップを置く音が同時に響き渡り、視線が交錯する。ようやく話の本題に移れるのだ。



「今日この後の予定を聞いておこうかな」


「特にありませんわ」


「終日?」


「ええ。もしかしたらお兄様から些末事を申し付けられるかもしれませんが、七国会談の終わりまで、特に仕事はございません」



 嘘を言っているようには見えない。それと、意図的に情報を隠しているようにも見えなかった。

 今のいい方はどことなく、吐き捨てるような乱暴さがあった気がする。



(もしかすると、ラドラムの話と関係があるのか?)



 俺が頼まれていた仕事が消えた。

 あの狸貴族がリジェル・ロータスと協力することになったから、俺に仕事を頼む必要がなくなったといっていた。

 仮にその影響がオヴェリア・ロータスにも降りかかっていたとして……。



「実は俺もそうなんだ」



 もしも俺たちが同じ状況下にあるのなら、この言葉で伝わるはず。

 そして伝わった暁には、オヴェリア・ロータスの顔が変わるはずなんだ。



 たとえば――――。



「俺も……もしかしてグレン様……貴方は……」



 このように若干きょとんとして、会話の糸口を探るような表情へと。



「俺と君は協力できるのかもしれない。君も同じように思ったのなら、これから色々と腹を割って話したいんだけど……どうだろう」



 彼女はじっと俺の目を見ていた。

 気を抜くと射殺されそうな迫力と、気を抜くと骨抜きにされそうな婀娜っぽさを孕んだ不可思議な瞳で。

 しかしその瞳も、すぐに目じりを下げた。



「昨夜はベッドの上で、貴方のことを思い出しておりましたわ」


「あの……もうちょっと優しく、、、言ってくれない?」



 濃艶すぎることを暗に告げ、彼女を笑わせる。



「ふふっ、失礼いたしましたわ。――――是非、グレン様にお力添えいただけないかしら、って想って、、、おりましたの」



 俺はその返事を聞き、唇の端を緩ませた。

 どうやら、この再会は互いに都合が良いものだったらしい。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 昨年より多くの応援を頂戴していたカクヨムコンですが、惜しくも受賞することは出来ませんでした……! コメントやTwitterでのDMなどなど、たくさんの応援を頂いたのに、ふがいない結果になってしまい申し訳ありません……!


 しかしながら、これからも楽しいお話をお届けできるよう、また気を引き締めて努めて参りますので、引き続き『暗躍無双』を、引き続き結城を、どうぞよろしくお願いいたします!

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