疑惑を払しょくするための……。
貴族たちの騒ぎは収まる気配がなかった。
それもそのはず。
シエスタ魔法学園と言えば、大国とされるシエスタの中でも名門であり、特に、貴族となればその学園を卒業して当然と言われるほどだ。
故に、皆がジル――――。
ジルヴェスター・エカテリウスという女傑を頂きに置く学園で学んできた歴史がある。
…………今回ばかりは、魔法師団長殿も勇み足だったのではないか?
…………いずれにせよだ。当家としてはエカテリウス卿に異を唱える気はないぞ。
発言力は場合により、皇族に勝る理由がこれなのだ。
王都に来てすぐ、ラドラムがそれはもう余裕そうだった理由を目の当たりにした俺は、ようやくほっと胸を撫で下ろしていた。
だが、クリストフは依然としてラドラムの目を見ており、退く様子がない。
「引き際も重要であるということは、数多の戦場を生き残ったクリストフ殿ならご存じのはずですが」
「それはもう。心の底から。……ですがもし、私が退いていないとすれば、それは引き際でないということでしょう」
「――――つづける、と?」
「逆に何故、私が引き下がるとお思いになられたのでしょうか」
クリストフは先ほどの驚いた声が既に鳴りを潜め、落ち着いた声色で言い返し、今度は俺に顔を向けて口を開く。
それから、数多の貴族と同じように驚いていた議長を見上げた。
「議長」
抑揚のない硬い声で呼ぶと。
「司令官特権を以て、グレン・ハミルトンの身柄は私が預かります」
すると、この場が先ほどと比較にならないどよめきに包まれた。
さっきまでの、ジルの名を聞いて驚いていたのとは違う、鬼気迫る、と言うに値する驚きに。
「おやおや……それほど本気でしたか」
「本気という表現が相応しいかは分かりませんが、遊びで議会に申し立てをするほど愚かではない自負しております」
「はぁ…………正直、その言葉を発する可能性は考えていましたけど……」
俺は当事者のはずなのに、知らない単語ばかりで正直蚊帳の外だった。
どうして皆が驚いたのかはっきりしないが、少なくとも、司令官特権とやらが驚きの元凶であることは容易に想像がついた。
「父上、司令官特権というのは?」
「…………魔法師団長、そして騎士を束ねる将軍をはじめとする、一部の力ある者だけが扱える特権だ。使用に間違いがあれば極刑に罰せられることもあるが……」
「逆に言うと、例の帝国法とやらを超越した権限になり得るわけですか」
「そうなるのだ。しかし、分からんな。どうして奴はこれほどまでグレンに固執しているのだ……」
「ええ――――俺も知りたいです」
さて、厄介な話になったように思えてならない。
あのラドラムでさえ驚き、一度は呆気にとられたのだから相当な事なのだろう。
でも、彼は俺の傍にやってくると……。
「できれば、この手は取っておきたかったんだけどね」
俺と父上にだけ聞こえるような小さな声で。
呆気にとられた過去を払しょくする、いつもの様子で言ったのだ。
「お主、何をするつもりだ」
「得意な小細工を。つきましては、お二人とも絶対に驚かないようにしていてください。驚かれてしまうと、私の計画が一瞬で破綻しますから」
「いきなり面倒なことを言うやつだな……まったく」
「ははっ、お許しを。それで、グレン君は大丈夫かい?」
「そのぐらいなら問題ありません」
「助かるよ。ってなわけで、もう少しだけお付き合い願おうかな」
微笑んで歩き出し、俺と父上の元を離れて行く。
つづけて、壇上の中央に進み両手を広げてみせた。その姿はさながら、両翼を広げた天使に似た神々しさを漂わせながら。
「――――国境からほど近く。ケイオス王国領、
ふと、議題に関係のない言葉を発して注目を集めたのだ。
すると、対するクリストフが眉根を寄せた。
「それが何か?」
尋ねられるも、ラドラムは依然として勝気。
「かの大都市アンガルダへ、一人の英雄が足を運ばれているそうです」
「…………ッ」
「おや、目が変わりましたね。どうやら、名高き魔法師団長殿も気になっているご様子で……おっと! 皆様も気になっておいでのようだ! ははっ! 分かりますよ! ケイオス王国における英雄と言えば、一人の男の存在が脳裏を掠めたことでしょう!」
貴族も、そして俺の隣にいる父上だって。
相も変わらず置いてけぼりを食らっているのは俺だけで、この場の空気が一瞬で変わったのだ。
…………まさか、奴が?
…………あり得んッ!
…………奴はケイオス王都を離れられぬ身では?
…………ガルディア戦争での怪我が癒えてないと聞いているが。
皆、一様に声を上げながらラドラムが発する次の言葉を待っていた。
じれったく、猶も鬼気迫りながら。
「話は戻りますが、グレン君にはアリバイがあります」
そして、更にじらすのだ。
楽しむように、小ばかにするようにしながら。
自らのペースに皆を巻き込んで。
「記憶に新しい第五皇子の事件において、ケイオス貴族とのかかわりが今でも疑われて止みません――――っというか、ご存じのようにすでに私が動いております。彼は港町フォリナーを拠点に行動しておりましたが、皆さまそのことはお覚えでしょう。ここでグレン君のアリバイの件に戻りまして、実は先日の飛竜が姿を見せた日、私はそれらの調査をグレン君に頼んでおりました」
独壇場も独壇場。
今はラドラムの声だけが皆の興味を引く。
「――――
分かり切っていたようだった。
でも、驚かずにはいられない。
貴族たちは、そして父上だって。
「酷なことを言う男だな……」
しかし、父上はそれが表に出ないよう耐えていた。
額を見れば薄っすら浮かんだ汗が緊張を物語っている。
「グレン君に頼んだ結果、私はあの時堕がアンガルダに向かったという情報を得たのです。第五皇子の騎士が書いたと思しき書状には、確かにそう書かれておりました」
「…………嘘ではありませんね?」
「そう思われるのでしたら、ご自身でも調べられるとよいでしょう」
二人のやり取りへと、何人かの貴族が大声を上げて口を挟む。
…………あの異常者が国境近くにいるのは普通ではないッ!
…………昨今の情勢を鑑みれば、あのケイオスが我らシエスタの領土を欲しているのも分かる! すぐにでも、我々も調査の手を伸ばすべきだッ!
…………そうとも! 奴らとて、西方の国境にアルバート殿が足を運べば同じことをしたはずだッ!
一方で、腕を組み考え出したクリストフ。
一方で、振り向いて俺と父上を見て笑ったラドラム。
「恐らく、奴が言うのであれば嘘ではない。本当に時堕が国境近くに足を運んでいるのだろう。いずれ騎士団や暗部が調査をしたところで、その情報が正しいと判断されたらグレンのアリバイも本当だったと証明される」
「え、ええ……。ラドラム様の小細工とやらはわかりましたが……時堕というのは……?」
「――――ガルディア戦争当時、私やクリストフと共闘した魔法使いだ。奴らケイオスにとってみれば、我が国におけるクリストフのような立場の者となる。どうやらあの男、事前に得ていたこの情報を、グレンを介して得たと言い張るようだ」
考えていたよりも大物で、俺は「なるほど」と呟いて頷いた。
「ところで、魔法師団長殿に置かれましては、まだグレン君への疑惑を追及なさいますか?」
「…………」
「個人的にはケイオスの動向を探るべきと愚考致しますが、如何でしょう」
議事堂の雰囲気も鑑みると、ここでクリストフが違うと言うのは問題になり得るだろう。それほど、貴族たちは時堕という者に気を取られていた。
しかし……。
「法務大臣殿、話は棚上げとします。ひとまず、司令官特権を使うことだけ撤回致しましょう」
クリストフは俺への追及を止めるとは口にせず、でもその声は俺たちにしか聞こえないように。
抑えらえた声で言うと、彼は集まった貴族を見渡した。
「予定にない事態となりましたが、他言は無用です。また、此度の議会は解散とすることを申立人クリストフの名において宣言し、今日中に調査に関する一連の決め事を陛下と話すことを、皆様にお約束いたします」
あっさりと言い放ち、貴族たちに片時の安心を与えたのである。
「私はこれより帝城へ戻り、陛下に謁見せねばなりません」
故に、今日の場は解散とする。
彼の意を組んだ者たちはまばらに席を立ちだした。
ここですぐに、別の情報をラドラムから教えてもらえるとも思っていない。加えて、邪魔立てして、調査にかかるまでの時間が増えることを危惧していたように見えた。
「魔法師団長殿」
すると、貴族たちが退席していく中でラドラムが口を開く。
声は他の貴族に聞こえないような、小さな声で。
そうはいっても、魔法師団長クリストフはラドラムが何か言う前に、言いかぶせるようにして。
「帝剣が行っても構わないのですが、時堕が相手となれば私が行くほかありません。彼の人となりは勿論のこと、彼の固有魔法への理解も私やアルバート殿でなくば足り得ませんので」
「それは何よりです! ですが、先ほどの棚上げというのは――――ッ」
「グレン少年。こちらに」
どうしてか、ラドラムには答えず俺に言った。断るのもどうかと思ったし、ここで何かされるとも思わなかった俺は、素直にその近くに足を運ぶ。
ふと、ラドラムが天を見上げて頭を抱えた。
やられた、こう呟き口元を僅かに歪めながら。
「私の供をなさい」
つづくクリストフの声を聞き「やっぱり」と言ってこめかみを掻きむしる。
「供、ですか」
「はい。察しがついていると思いますが、私はまだグレン少年を疑っております」
――――そう、だから。
「私とケイオス王国領、貿易都市アンガルダへ参るのです」
「ま、待つのだクリストフッ! あの時堕がいるかもしれんというのにグレンを連れて行くというのかッ!?」
「代わりに、調査が終了した暁にはグレン少年への申立ては引き下げましょう」
「しかし……ぬぅ……ッ!」
「アルバート殿も一緒にというのは認めませんよ。我らは名が売れすぎておりますし、大人数では身を隠したところで目立つことは必定ですから」
父上とラドラムが頭を抱えるその横で、俺はと言えば案外どうということもなく。
決して軽く考えているわけではないのだが、クリストフの供しなければ、今後も疑惑の目を向けられると思うと、断るという選択肢は浮かんでいなかった。
(そういえば……)
学園長のジルは雷系が俺と相性がいいと口にしていたな……と。
俺は雷帝・クリストフの横顔を見ながら、何やら賑やかなことになったと思いつつ、こんなことを考えていたのだった。
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