手伝い。
頼み事とやらの件を話すため。
何故かラドラムが我が家で食事をして、そしてその時、何故か彼の相手を務めたのは俺だけだった。父上はおろか、妹であるはずのアリスも足を運ばなかったのだ。
……帰ったら文句の一つ、いや、二つや三つ言ってもいいはずだ。
――――港町フォリナー。
帝都にほど近く、他国との交易が盛んなこの町は、夜になっても賑わいは変わらない。
俺はラドラムに連れられてそんな町中に繰り出して、桟橋が並ぶ区画に足を運ぶ最中で、賑わう大通りを進んでいた。
護衛には、ローゼンタール家の騎士を数人だ。
後は爺やさんが居て、俺とラドラムのことを警護している。
「ラドラム様」
「ん、なにかな?」
「そろそろ、頼みごとの内容を教えてくれませんか?」
実のところ、食事の最中に聞けると思っていた。
でも、ラドラムは一切それを語ろうとせず、俺との歓談にばかり時間を割いたのだ。
「さっきの食事だけどね、実は僕とグレン君だけにしてくれないかなって頼んでたんだ。頼みごとについてこっそり教えようと思っててね。けどね、お話が楽しくてつい言いそびれちゃったんだ」
つい、じゃない。
父上とアリスへ文句を言うことは取りやめるが、隣を歩く男への文句は一切収まることはなく、逆に高まるばかりであった。
夜の潮風を身に浴びながら、まだ少し肌寒さを感じつつため息を漏らす。
空を見上げれば満天の空が広がって、俺の心と対照的に晴れやかだ。
「ここ最近、帝都に届く荷物におかしな点があるんだ」
ラドラムが不意に声色を変えて語りだした。
いつもながらの軽さは残ったままでも、少し硬い。
「異物というには普通で、それでも疑問点が残る代物でね」
「勿体ぶらず教えてください」
「ああ、これ以上引き延ばすのも趣味が悪いからね」
すると俺たちは大通りを進み終え、桟橋が並ぶ区画への道に差し掛かる。
「届く品々の質が著しく低下しているんだ」
「間に挟まった商人の問題では?」
「僕もそう思ったさ。けどね、届く荷物はすべて同じ場所から届く品々だ。結局はその場所そのものに問題があるんじゃないかと踏んでいるわけだよ。当然、取次をしている商人を調べたりもしたが、怪しい点はないってことさ」
「それで、届く品々というのは?」
「――――織物、後は彫金が施されたバッヂとかだね」
思いのほか普通の品々ばかりで面食らう。
俺はてっきり、何か密輸や面倒な犯罪が関わっているのかと思ったのだが……。
この考えはすぐに改めることになる。
「これらは港町フォリナーを経由して帝都に届くんだが、すべてはシエスタ南方にある島からなんだ。そこは皇家直轄領でね、何故かというと鉱山やら、織物に必要な素材を生み出す魔物が住む地域だからなんだ。僕らシエスタにとって、輸出にも大きな影響を与える町があるんだよ」
まとめると、それはもう利権が関わる町なのだ。
皇家直轄領と言えば、相応の理由が存在するのが常であるが、ラドラムが言う言葉なら納得だ。
そこからの品々に問題があるとすれば、皇家としても体面が悪い。
何故なら、その町で生産された品々はシエスタ帝国の名を冠する品で、その質が疑われるならば国そのものへ泥を塗ることになろう。
――――島の名はエルタリアと言い、町の規模は中程度であるそうだ。
「シエスタ魔法学園の制服なんかもそうさ。質が低下してる主な品が織物で、最近、ちょっと困ってるんだ」
エルタリアで作られる織物は質が良く、名門・シエスタ魔法学園の制服にも使われているという。
胸元に付けられたバッヂも同じく、エルタリア産であるとラドラムは言った。
「とりあえず、問題は理解できました」
「理解が早くて助かるよ」
「で、俺に何をしてほしいんですか? まさか、そのエルタリアまで足を運んで調査しろとは言いませんよね?」
「さすがの僕も、そんな面倒なことはいわないさ」
左右に出店が立ち並ぶ道を進みながら尋ねた。
こうしていると、辺りから漂う魚醤が焦げる香りに鼻孔をくすぐられる。
船乗りが、そして町で働く者が酒を片手に新鮮な海産物を頬張る。
彼らが今日の疲れを癒しながらも、豪快な声で語り合う音を耳にした。
コツン、コツン、と俺たちが石畳の上を進む音が響く。
隣を歩く彼の足音なんかより、フォリナーの民による音の方が遥かに大きな音のはずなのに、どうしてか足音の方が鮮明に聞こえていた。
「この一件には皇家も頭を抱えているよ」
「でしょうね、察しがつきます」
「ということで、既に皇家も原因究明に動いている。グレン君にはその手伝いをしてほしいってわけさ」
「今の今まで……ここに来るまで教えてくれなかった理由が気になります」
「いやさ、ほら、あれだよ。グレン君に断られたくないなって」
嫌な予感しかしてこない。
俺をわざわざ屋敷から連れだしてまでという理由があるのだろう。
そして、その先には俺が嫌がる訳が存在する。
考える間にも足を進め、道を抜けた先の港には船が並ぶ。
いつもであれば、夜の海原に反射するのは街灯と、空に輝く月明かりのみだ。
だが今は、いつもと違う。
松明を手にした何人もの騎士たちが、とある一隻の船を囲んでいた。
降ろされたばかりの木箱を剣で開けた騎士たちは中身を検め、文官らしき者に手渡して確認する。やがて、品物の質がやはり芳しくない事実に目を伏せた。
「彼らは第五皇子殿下が組織した調査団さ」
「その手伝いをしろとか言われたら、断りますよ」
「まさか、いくら僕でもそんなことは言わないって。グレン君に頼みたいのは別の人の手伝いさ」
この辺りで妙な予感がこみ上げてきたのだ。
とは言え、とは言えだ。皇族自ら調査に来るなんてとんでもない。だからこそ第五皇子も調査団を組織しており、自らの足で調査をしているわけじゃない。
だったら大丈夫……間違いなく……。
この時の俺は、そうあってほしいと言う願いに駆られていた。
「俺が手伝う方は何処に? 騎士ですか? 文官ですか?」
「ううん、残念だけどそのどちらでもないんだ」
「では貴族ですね、きっと」
「それも違うんだよね、残念なことに」
もう次の句はいらないから、家に帰ってもいいだろうか。
聞いてから帰るならいざ知らず、ここで帰るなら不敬にもあたらないだろう?
思わず一歩下がった俺へと……ラドラムは意図を察してか肩を掴んできた。
「あ、ほらほら! あっちの方を見てご覧!」
次からは絶対に、この男の頼み事を聞くことはしないと心に決めた。
が、どうせ何かを餌に頼まれるに違いない。
そうだとしても断れる、そんな強い男になれるようにと俺は切に成長を誓い、ラドラムが口にした方角を見た。
『――――駄目です、今回も同じでした』
先ほどの文官が遠慮がちな声で、船の方へ声を掛けた。
すると、船から……。
『――――そう、またなのね』
俺が聞いたことのある声が聞こえてくる。
もう関わることもないだろう、そう思っていた女性の声であった。
「あのお方は第五皇子殿下と違って、お一人でお調べなさっているんだよ。理由はまぁ、彼女自身がそれを好んでいたというのもあるけど、今回ばかりは、さすがに切羽詰まったんだろうね。この前、僕のことを頼って来てくれたってわけさ」
「ラドラム様、それってもしかしてッ」
「ちょっと待っててくれるかな、僕が少し話してくるからさ!」
今後の展開を予想していた俺を放置したラドラムは、爺やさんと騎士に俺の警護を命じると、一人でさっさと進んでいってしまう。
不意に訪れた
中でも一人だけ、彼女だけが落ち着いていたのが印象的だった。
「ご機嫌麗しゅうございます、第三皇女殿下!」
「あ、貴方……! 急にどうしてここへ……!?」
「ええ! 先日、ご相談されていた件で参ったのですよ! やはり、第三皇女殿下のお傍で手伝うには相応の人材をと考えまして、そこでですね、早速ではありますが――――」
ラドラムはタラップの手前で彼女に声を掛けてから、俺の方へ振り向いた。
「彼ならば、どうかなと思った次第です」
「彼って……まさか……」
俺はこの感情をどう言葉で表現するのか、その言葉が見つからなかった。
分かっていたのは、俺は彼女の手伝いをするということ。
ついでに別件であるが、彼女が向けて来る「まさか」という目線へと、俺も似たような目線を返してしまったことが不敬にあたらないかと、少しばかり心配した。
「彼が私の……?」
第三皇女、ミスティア・エル・シエスタが戸惑う声を耳にして。
無視するわけにもいかない、と決心をした俺は、彼女の近くへと足を運ぶのだった。
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