第三皇女の事情

 隣に座る第三皇女はそれはもう甘いパンを口に運び、でも少し荒んだ様子だった。されど隠し切れない品により、それすらも絵になって仕方ない。

 俺はと言えば、同じく取り出した軽食を口に運んで咀嚼する。



 …………美味い。

 このような状況下でありながら、素直に味を楽しめている自分に苦笑した。



「ねぇ」



 ふと、彼女が俺の方を見ないで口を開く。



「その髪、地毛なの?」


「……はい?」


「だから地毛なのかって聞いてるの」


「染める理由もありませんし、生まれてこの方この色合いですが」


「ふぅん……そう」



 脈絡も何もあったもんじゃない。どういう意図の質問だ。

 しかし彼女の気分は少しずつ落ち着いて来たらしく、パンを持つてから力が抜けているように見えた。



「この前はごめんなさい」


「気にしてませんよ」



 独特の空気感に。

 俺は即答する。



「今日はどうしてここに来たの?」


「ここにって言うのがこのベンチなら偶然です。学園にって意味なら、父上と魔物の搬入に来ていたからですよ」


「ハミルトン子爵とは別行動なのね」


「父上は学園長に挨拶をしてくるとか。俺は手伝いで来ただけなので同席していません」



 で、昼食でもと思って食堂に足を運び、学生がやってきたからそこを立ち去った。

 何処か外で食事でも思って静かな場所を探していたら、偶然にも貴女と出会ったのです。こう告げると、彼女は微かに頬を緩ませた。



「てっきり、第三皇女殿下はアリスと食事をしているもんだと思ってました」


「…………昼食は別々よ。組も違うんだもの」


「でも合流すれば――――って、もしかして……」



 俺は思わず彼女の手元にあるパンを見た。

 もしかしたらアリスにも内緒なのかもしれない。



「ッ~~ち、違うの! これはその、甘いものは疲れた頭に良いから……っ!」



 以外と年相応と言うか、彼女の反応は感情が分かりやすい。

 今のように頬を赤らめるのも、言い訳をしながら焦る様子だって。

 皇族らしく、堅苦しい一面は当然ある。

 けれど、思っていたよりは話しやすいなという印象であった。



「それにアリスは私より友達が多いし、常に一緒なのも悪いじゃない」


「……なるほど」



 気にし過ぎではなかろうか。



「異性からの手紙をメモ用紙に使うような令嬢ですし、男女ともに人気は高そうですね」


「ふふっ、それは禁句だと思うけど」


「本人が居ませんし、第三皇女殿下ならアリスの本性も知ってるので大丈夫かと思ったんです」


「はいはい、この前は悪いことをしたから、今回だけは秘密にしてあげる」



 さて、本格的に色々と意味が解らなくなってきた。

 仲が良くなったという感覚はないが、先日のような敵視されていた関係性はとうにない。冗談交じりに、しかも軽くではあるが笑ってくれていたし、幾分か砕けた態度ではあろうが。

 どうしてこんなことになったのか、すべては偶然なのだが不思議でたまらない。



「あの子は正式な求婚の手紙も同じく適当に扱ってたから」



 記憶に新しい、帝都にある彼女の部屋の件が思い出される。



「あの子は数えきれないほど求婚されてたから、気持ちはわかるけどね」


「おや、沢山というのは第三皇女殿下もそうでは?」


「…………いいえ、私は違うわ」



 嘘を言うなと声高らかに告げたかったが、第三皇女の横顔には冗談らしさが感じられない。

 何やら気に入らない話だったかと思った俺は咳払いをして、口を閉じた。



 ――――すると。



「その理由を知りたいか?」



 生垣の方から、俺が来た時のように音が鳴った。

 現れたのは茶髪の美男子で、俺には面識のない相手だ。

 いや、良く見れば遠目に見たことはある。



「どうしてここに来たの」


「そこにいる男を付けていたら、偶然にな。気にするなよ、今はミスティアに用事があるんじゃない。あるのは言った通り、そこの男にだ」



 彼の第三皇女への態度と記憶に照らし合わせると、やはり間違いではないらしい。

 ……第五皇子、以前俺が参加したパーティで主役だった男に他ならない。



「ほんと小物ね、立ち聞きしていたなんて」


「気になる会話だったからな。ミスティアがその男にどう対応するのかも気になったから、少し様子を見ていただけだ」


「…………くだらない」


「私にとってはそうでもないがな。まぁいい――――グレン・ハミルトンと言ったか」



 無視するわけにもいかず、ベンチを立った俺は彼の前に進み傅いた。



「私がどうかなさいましたか?」


「ああ、私のものになれ」



 それが性愛的な意味ではないことは重々承知しているも、前置きが一切ないことに俺は呆気に取られた。

 いきなりどうして、初対面の俺を欲したのか。

 差し出された手を握ることは出来ない。



「何故私を?」


「クライトと会ったのだろう、あいつから素晴らしい振る舞いだったと聞いているぞ」


「……それは光栄です」


「そしてお前はあのアルバートの子だ。その容姿は滅ぼされたガルディア人の特徴に他ならんが、私は人種により差別はしない」



 またか、またガルディアと言う名が出たことで俺は軽く眉を吊り上げる。



「たとえかような容姿であろうとも、変な噂があろうと関係ない。私はお前の素養を買い、共にシエスタのために力を貸してくれることを願っている」


「私を騎士団に勧誘なさっておいでなのですね」


「ああそうさ。……しかし乗り気でなさそうなのが残念だ」



 すると彼は踵を返し、あっさりと離れて行く。

 今日はこの辺りでと言わんばかりに、冷静にだ。



「また話でもしようじゃないか、その時に気持ちを聞かせてくれ。――――おっと、忘れていたがさっきの件、ミスティアが求婚されにくい理由も教えてやろうか」



 傅いたままの俺に振り向いて、端正な顔に笑みを浮かべて言う。



「ミスティアは厄を運ぶ、、、、と言われている。だが見ての通り、ミスティアは容貌も肢体も宝石と見まがう美しさだ。更には生娘なのに忌避されてしまうなんて、訳が分からないだろ? しかしその理由こそが、厄を運ぶと言われていることに起因する」


「――――やめて」


「故に妻に欲しいという話は滅多になく、見て愛でたいという男たちばかりなわけだ」



 ふと、冷気が周囲を囲む。

 肌を刺す冷たさが第五皇子を中心に生じて、俺の足元まで漂ってきた。



「第五皇子殿下」



 俺は気圧されず、間に挟まるように口を開いた。



「私は第三皇女殿下の件について尋ねるつもりはございません。この度はお誘いいただき光栄に存じますが、父上にも相談する時間を頂戴したく思います」


「お前は優しい男だな、まぁ好きにするといいさ」



 優しい、というのは俺がこの場を改めようと口にしたことか。

 第三皇女殿下の心境を鑑みたことを悟られ、肩をすくめたままに彼を見る。俺は彼の気配が消え去るその後まで、ベンチに座る第三皇女を守るように、膝をついたまま生垣の方を見ていた。



 冷気は一秒、また一秒と時間が過ぎて鳴りを潜め。

 俺が立ち上がってベンチに戻ったのは、その十数秒後のことだった。



「異性に守られたのなんて、生まれてはじめてだわ」



 そう言った第三皇女の雰囲気はまだ少し硬くも、機嫌が悪そうには見えない。



「守っただなんて、とんでもない。第三皇女殿下だって寒かったら風邪を引いちゃうと思っただけですよ」



 先ほどの冷気のことである。

 我ながら良く分からない言い逃れだったと思うが、今日は昨日に引きつづき色々なことがあったせいだと思いたい。

 頭がいつもより働かなかった。



「ふふっ、変なの。私が風邪を引くと思った?」


「可能性は捨てきれません」


「変な人ね、余計な心配をしちゃって」



 彼女は歩いてくる俺の方を向いて微笑みかけた。

 今の笑みに関しては、少しだけアリスに似て明るい気がする。



「クライトと話したんですって?」


「偶然ですけどね。具合の悪そうな女性に手を貸している彼を見かけたので、どうしたのかと思って話しかけただけです」


「で、目を付けられたのね」


「残念な――――いえ、光栄なことに」


「別に気を使わなくていいわよ。私もあの兄周りは好きじゃないから」



 傍から見るだけでも分かる感情でも、ただの子爵家の俺からすれば素直には頷きにくい。



「クライトがアリスに言い寄ってた理由は簡単よ。面白くもない話だけど」


「聞かせてくれるのですか?」


「守ってくれたお礼に、少しだけね」



 今度の俺は第三皇女に伺いを立てることもなく、さっきのように隣に腰を下ろした。

 彼女もまたそれが当然と言わんばかりに、足を組み替えてから髪の毛をそっと手櫛で描き分け、木漏れ日を見上げて口を開き。



「あの男がアリスに近づいていたのは、兄がそうするようにって命じていたからよ」



 と、半ば想像出来ていた話を口にしたのだ。

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