あさっての怪談

@isako

1.いとこの話

 いとこが死んだ。自殺だった。僕と両親はその葬式に出ることになったので、車で三時間の、彼女が両親と過ごしていた港町に行く。その町のいいところは、魚がおいしいことくらいだ。一般的な港町にほかのなにかを求めるひとがいたとしたら、そのひとは少し人生に疲れている。


 おじさんとおばさんは僕らを快く――もちろん、娘を亡くしたばかりの親としてまったく当然らしい喪の態度を失わないで、それでも歓待の心持を見せようとしているという意味で――受け入れてくれた。ただ、二人の家で過ごしているだけでも見えてくるものがあった。おじさんは僕が知るかぎり、たばこを吸う数が増えているように思えたし、おばさんはあきらかに死んだいとこについて語ることを避けていた。


 人間が一人いなくなるということの、現実的な波紋を僕は見ていた。僕の両親はそんな二人を気遣うようにせわしく働いていた。親戚はどんどん集まってきていた。葬儀は翌日に行われることになっている。僕らはその夜、おばさんの家に泊まった。




「あすかちゃんはなんで死んじゃったの」僕は彼女に聞いてみた。


 彼女はくすっと笑ってから、言った。

「もういらないっていわれたから……」


 彼女は僕の枕元に現れた。夜、トイレに起きたときに彼女は静かに僕を見下ろしてそこに立っていた。それを無視して用を済ませたあとも彼女はそこにいたので、僕は彼女の手を取ってみた。その手は死んでいるひとのもののように冷たかった。ほかの家族を起こしては悪いので、僕は彼女を連れて港のほうまで歩いていった。彼女はついてきた。表情はものうげ、という感じだった。実に幽霊的だった。


 その夜はよく晴れていて、星や月の光がきれいに浮かび上がっていた。深夜の散歩にしては、そんなに悪くない空模様だと僕は思う。


 これ、と彼女が堤防のコンクリートを指さした。白いペンキみたいなもので書かれた落書きが青白く照らされている。いとこと、だれか男のひとの名前が相合傘の中に収まっている。そういう縁がかつてここにあったらしい。


 僕は彼女をここに連れてきてしまったことを少し後悔した。知らなかったとはいえ、いい場所ではない。


「どうして僕のところにきたの? たぶんおじさんとおばさんが、いちばんあすかちゃんに会いたがってると思うよ」


「さぁ……。なんかコウちゃんがいちばんいけそうだったんだよね。霊感とか、あるんじゃない……。パパとママに気づいてもらおうともしてるんだけど、うまくいかないんだよね」


「霊感……」


 僕がまごまごしていると、彼女は乾いた笑い方で言った。


「大丈夫。悪いおばけにはならないから……。いま、私の中で気持ちがどんどん減ってるんだ。捨てられた悲しさとか、あのこへの申し訳なさとか……。たぶんそういうのがいまここに私がいることの理由なんだろうね。これがなくなったとき、消えてなくなるんだと思うよ」


 僕はなんだかやりきれなくなった。彼女がいる意味がないように思えたからだと思う。


「ねぇ。なにか僕にできることがあるんじゃないかな。手伝うよ」


 ――だったら、あいつを殺すのを手伝ってよ。


 声そのものが冷たさをもって、僕の体を駆け抜けるような感触がした。僕がびっくりして彼女を見たときには、もう彼女はいなかった。


 次に彼女を見たのは、翌日の葬式の途中のことだった。お経の最中にふらりと現れた彼女はどうやらほかの誰にも見えていないようだった。むにゃむにゃぼうぼうと呪文を唱えている禿頭のお坊さんを珍しそうに見つめたあと、彼女は僕に小さく手を振って微笑む。それで部屋から出て行った。僕は、もう彼女に会うことはないだろうな、と思った。そして小さいころからたまに遊んでくれたいとこのお姉さんが死んだことに、僕は初めて気が付いた。それはあまりにも愚かな気づきだったと思う。彼女との少ない思い出がたくさん僕の中にあふれ出してきて、最後に、昨日の夜の散歩のことが静かに降りてきた。


 ようやくやってきたその感情にあてられて、僕は少しだけ涙を流した。自分がこんなふうに泣くだなんて思いもしなかったので、驚いた。それでも、僕は泣いたのだ。


 それから僕らは、おいしい魚を食べて帰った。おじさんもおばさんも、まだぜんぜん復帰している様子ではなかった。おばさんの妹にあたる、僕の母さんが、しばらくそばにいてやることになった。僕もそれがいいと思った。


 一週間ほど経って、母さんが帰ってきた。もうおばさんたちは大丈夫だと判断したらしい。


 僕が帰ったあとくらいから、毎日おばさんたちの家にやってきてあすかちゃんに線香あげてくれる男の子が来るようになったそうだ。いつもすごく神妙そうな顔つきをしていて、静かにじっと手を合わせてから、すぐ出ていくらしい。そういう子がいてくれたおかげか、おばさんたちも少しずつ気が楽になっていったみたいだと、母さんは語った。


 それを聞いて、僕は言った。――それはよかった。

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