守護・術護

第1話 その時

「おい、カノン！起きろよ！」

「……ん」

聞き慣れた声で目を覚ました。

肩にかかるくらいの金髪で、青い目……これも見慣れた顔。

俺の兄、レイン=アークだ。

「早寝早起きは大切だぞ、カノン。そんなんだから身長が伸びないんだ」

「これから伸びるよ……身長もそう言ってる」

適当にあしらって、布団から出る。

改めてレインを見ると、俺たちは本当に兄弟なのだろうかと疑ってしまう。

俺は黒髪だし、目も黒いし、身長も低い……まあ、これから伸びるだろう。

「何ボーッとしてんだよ、水汲み。行くぞ」

「あ、ああ……」

「シャキッとしろよ……そんなんだと俺のようにモテな……うわあああああああああ！！！」

「え！？ 何だよ！？」

突然レインが指を指しながら大声を上げた。

驚いてその方向を見ると、

「ただの蜘蛛じゃん……めっちゃ小さいし」

「いや、俺は苦手なんだよ、虫」

「男が虫で叫ぶなよ……そんなんだとモテないぞ」

俺は心の中で「言ってやったぜ！」と叫びながら、蜘蛛を掴み、ドアを開けて放り投げる。

「いつか引っ越したいな……」

そうレインが呟いた。

街の隅にあるこの木造の家は、今にも崩れそうなほどボロい。

雨漏りもしてるし、何よりも隙間風がひどい。

この家は大工である父が作ったものだが、その父は一年ほど前に死んでしまったし、母は物心がついたころからいない。

だから、俺たちには金はないし、余裕もない。

だけど、俺はこの生活が不思議と嫌いじゃなかった。

◆◆◆◆◆

家を出て少し歩くと、煉瓦や石でできた家が所狭しと立ち並んでいる通りに出る。

着ている服だったり、品がある立ち振舞いだったり……そういうのを見ると同じ街なのに別世界が広がっているような気がした。

「よっしゃ、水汲むぞ」

「あっ、着いたか」

そんなことを考えていると、いつの間にか街の広場の真ん中にある井戸の前に着いていたようだ。

毎朝全く同じ道を通っているからか、無意識のうちにここへ足が運ばれていた。

「よいしょ」

レインが慣れた手つきで水を汲み始める。

俺は持ってきていてた容器から水が溢れないように支えるだけ。

割りと暇な時間でもある。

「父さん父さん、見てよ！」

「お、なんだ？」

すると、少し遠くの方より、こんな朝早くから広場ではしゃいでいる親子の声が聞こえてくる。

「行くよ！術式・単召喚・『ゴーレム』！」

男の子がそう叫ぶと、青い魔方陣が男の子が手をついている地面上に現れ、白っぽい光とともに岩や土でできた巨大な人形……ゴーレムが雄叫びを出しながら現れた。

「お、おい、近所迷惑だぞ……」

「あ、ごめんなさい」

父親が慌てた様子で言うと、少年はショボくれ、それと共にゴーレムは薄い光と共に消えた。

「……だけど、すごいな！さすがは私の息子だ！」

「わーい！」

男の子を抱き抱えられ、嬉しそうだった。

「なんか……良いな」

「……俺には、父親も『適性』も無いからな」

「……カノン」

「でも……大丈夫だよ。別に守護も術護も召喚できなくても、生きることはできる。戦争が有る訳じゃない今の時代には、喧嘩の道具か見栄にしかならないしな」

そう言うと、レインは俺の方ををじっと見つめた。

哀れんでいるような、悲しんでいるような……。

「もし『その時』が来たら、カノン……お前に全てを託すから……それまでは……」

「？」

「いや、何でもない」

何か言おうとしていたのは分かったが、特に追及はしなかった。

◆◆◆◆◆

そう、この世界には『守護』と『術護』というものが存在している。

守護とは、生まれつき備わっている召喚能力のことであり、またそれにより召喚されるもののことを意味する。

全人類の98%が持っているものだ。

地面や壁であったり、身体以外の物体に自らの手で衝撃を与え、詠唱をすると緑色の魔方陣が出現し、そこから守護が召喚される。

そして、術護とは、生まれつきでなく、「術式」という普遍なものを介して行われる召喚術のことであり、またそれにより召喚されるものも同様に意味にする。

これは、全人類の99.9999999……%の人が使うことができる。

つまり、基本誰にでも使えるということだ。

召喚方法は守護とほとんど変わらず、魔方陣の色が青くなるだけである。

……俺は2%で、基本から外れていた。

守護も術護も使うことができない人間だった。

生まれたときから数ヶ月、長くても2年ほどで自らの守護の名・存在を悟るときが来る……と言われているが、俺には来なかった。

「そうか、俺は2%だったのか」と落胆しながらも今度は術護の召喚を試みた。

ある程度練習すれば簡単な術式・術護であればすぐに召喚できるようになる……と言われているが、俺にはできなかった。

だからこそ、俺は他の皆……いや、レインが羨ましかった。

守護を直接見たことはないが、もちろん能力はあるらしい。

また、術護は完璧に操ることができ、ほとんどの術式をマスターしている。

守護・術護に限らず、俺ができないことを平然とやってのける。

それがただ羨ましく、妬ましく、そして憧れているのだ。

「……もう12時か」

考えすぎるのも良くないな。

時計の針は深夜の11時59分を指していた。

レインは一日中働いているためか、夜の9時には寝てしまう。

俺がこうやって生きていけるのは、レインのおかげだ。

もし、レインがいなくなったら……

その時だった。

ドォォォン！と聞いたことのないほどの激しい爆発音が家に響いた。

「うお、何だ！？爆発か！？」

レインは飛び上がって、辺りを見渡している。

「……分からない。外で何かあったのか？」

靴も履かずに家を出ると、街の人たちは皆一様に空を見上げていた。

すると、巨大な龍……いや、何だ、あれは？

上空で何かが飛んでいるのが分かった。

そして、次の瞬間だった。

雷が、数メートル先に落ちた。

ドォォォン！と音を立てて、落ちた。

……空を見上げる人でギッチリだった、その場所に。

その衝撃でそこにいた全ての人がふっ飛ばされ、そして焼身となった。

「うわあああああああああ！！」

「何だよあれは！逃げろ！！」

「死にたくない！！」

俺の周りにいた人たちは大パニックとなり、一目散に散っていった。

何なんだよ……これ。

「カノン、何があった！？」

「あれ……空に……龍……雷……」

上手く言葉にすることができなかった。

レインはそれを聞いて上を見ると、力が抜けたのか、持っきてくれたであろう俺の靴を、その場に落としてしまった。

「まさか……青龍……」

そう呟き、レインは唖然としながらも上空をただ見上げていた。