第14話

愛知県の南部にあるその町は、古くからの交通の要衝で宿場町として発展してきた。

近年になってからは、工業団地を多数抱える愛知のなかでも有数の規模を誇っていた。

盛り場も大いに発展し、多くの飲食店や風俗店があった。

盛り場が大きいということは、やくざも多い。

この町には、関東系の組、名古屋が本部の全国規模の組の系列などが割拠しており、名古屋のマル暴の刑事たちも情報源として接触のある組員が多数いるほどだった。

紹介してもらったやくざと会うために、往古は名古屋市内から車で2時間かけてやって来ていた。

その男は、名古屋に本部のある組の系列ではあるが、関東系や関西系の組の幹部とも親しくしているという情報を得ていた。

有力な組の系列が存在するこの町では、共存することで何とか力の均衡を図り、無駄な抗争によって警察に介入されて組織が弱体化するのを防ぐといった土地の事情があったのだ。

その男は、往古を自宅に招いていた。非公然で会うわけだから、組事務所で会うわけにはいかないし、町中で会うと誰の目があるか分からないということもあるからだった。

町中から住宅街を抜け、田んぼが点在するのどかな風景の中にその男の家はあった。

白くて高い塀に囲まれた豪邸だった。

男は組の若頭補佐という要職だったが、往古は慄然とした。

名古屋に本部のある大規模な組なら、若頭補佐といえば、全国でも名の知れた大やくざであるから、それなりの実入りもあるだろう。

だが、いくら大きな町とはいえ、地方の中規模な町だ。

そこに複数ある組のひとつに過ぎない組の若頭補佐がこのような豪邸に住めるとは、どれだけの稼ぎがあるのだろうかと驚いていた。

門は鉄製で、インターホンを鳴らして許可が出れば電動式に門が開く仕掛けになっていた。

玄関の前には若い男が立っていて、その男が案内するままに応接間に通された。

しばらくして、和服の五十がらみの男が登場した。

「白地です。よう来てくれましたな」

「愛知県警の往古です」

男は気が許せない目をしていたが、印象としては柔和な感じのする男だった。自己紹介的に自分のことをしゃべった。

男が極道の世界に入ったのは、地元の不良グループの喧嘩で相手を殺してしまい、少年院を出てすぐにやくざからスカウトされて極道の世界に入ったそうだった。

それ以降、今の組で実績を上げてナンバー3の地位についたのだという。

複数の組が存在するこの町では、全方位で付き合うことのできるものだけが組織の幹部になれる。

いくら稼ぎが良くても、すぐに額に青筋を立てるような人間ではこの町では若いものを抱えられないということだった。付き合いは、やくざ同士だけではない、警察とも仲良くやっていくことや、政治家とも深い関係ができる人間でもなければならないという。

だから、名古屋に本部のある組の系列ではあっても、今回のように関西系との抗争に積極的に参加することはしないそうだ。

もちろん助っ人として若い者は送るが、相手に手を出すような仕事はさせないというのがその組の方針になっているという。

「はっきり言えば、名古屋が誰と揉めようが、うちには関係ないということです。逆にうちらのシマを荒らしに来る余所者がいれば、たとえ名古屋の系列であっても容赦しないということです」

「それで名古屋は納得しているのですか」

「それが古くからのこの町のルールだということを分かっているんですよ。

その代わり、上納金は他の組より払っていると思います」

往古も自分の経歴と、本来は自動車警ら隊にいること、マル暴には応援で来ていること。

マル暴の課長は自分を引き抜こうとしていること、それに今回の事件についてありのままを説明した。

「面白いことを教えましょう。名古屋は組長と若頭が揉めてるということで、今回の殺しは若頭と繋がりのある北陸の組の幹部が殺し屋を連れてきた。その情報を掴んだ組長が先回りしてふたりを消したという噂があるんです」

往古は驚いた。

やくざ同士の紹介であるとはいえ、その日初めて会った刑事にやくざがこんなに矜持を開いていいものだろうかと。

「おれらは、どんな相手でも、自分の味方になってくれそうな人には協力をするのですよ」

白地は不敵な笑みを浮かべて往古の顔を覗き込んだ。




⑮に続く。




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