第6話


12月8日午後2時12分



川戸は血相を変えていた。まだ付近に逃亡者がいるのではないかという脅迫観念に支配されていた。

無線からは往古たちが報告に帰るように隊長からやんやの声が鳴り響いていた。

「了解、すぐ帰ります」

往古は無線にそう答えたものの、血相を変えている川戸の横顔を見ていると彼の神経をどう収めようかと暗澹たる思いになる。

だが、まだ逃走者がこのあたりに居そうな勘も働いていて迷っていた。

10分も近辺を流した。

だが、それらしい人物も、怪しい車両も見つからなかった。

「署へ戻ろう」

「まだいそうな気がします」

「他の連中が捜索しているから、俺たちは隊長に報告しにいったんは署に戻ったほうがいい」

川戸は唇を噛み締めた。

いたしかたなかったとはいえ、逃走した車両を運転していたもしかすると殺し屋かも知れない重大犯人かも知れない者を取り逃がしたことは事実だ。

警察官としてこれほどの恥辱はないと思っていた。

「くやしいです」

「俺だって同じだ。だが、長い間警察をやっていると、こういうことから逃げるわけにはいかないこともある」

往古たちは署に戻って、隊長に起きたことをこと細かく報告した。

「今日は巡回パトロールは他の班にした。お前たちは定時までデスクで待機していろ」

そう隊長から命令され、川戸は悔しさ満点の顔でデスクに座っていた。


そのころ、鑑識課に回された逃走車両に残されていた拳銃の部品から、当該拳銃の型が割り出されていた。

南米産のもので、最近国内の暴力団関係者に多く入っているものであることが判明した。

愛知県警組織犯罪対策課では、県内の暴力団に対する捜査を強化するために人員の補強を急いでいた。

銃器を携帯する組員が県内に存在することは、大掛かりな抗争の端緒を感じさせる事案であったからだった。

補強要因として本部が候補に上げたのが、名古屋市港北署の自動車警ら隊に所属する往古巡査長だった。

関西からの刺客が来る恐れがあることから、県内の国道などに詳しい自動車警ら隊のベテランからひとり助っ人を要請することになったのである。

往古は、ノートパソコンに向かっていた。その日の業務日誌を書き込んでいた。

「往古巡査長、いいかな」

警ら隊の隊長の益田から声がかかった。

「君は明日から県警本部の応援にまわってもらう。

今回のことでマル暴から要請があった。道に詳しいベテランが欲しいということだ」

往古は身震いがした。県警本部などは研修以外に立ち寄ったこともない。

高卒で警察官に採用され、地域課や警備、生活安全課など所轄内での異動しか経験のなかった自分が制服を脱いで本部勤務になろうとは想像もしていなかった。

「川戸、後は頼むぞ」

「頑張ってください」

笑顔で川戸を往古を見送った。




⑦へ続く。




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