Night of slaves(8)

「やだあ...いや......っ」


 魅夜の手は震えていた。そっと繋いだ手を解く。【血界ルーム】が消えて、血溜まりが残った。


 限界を超えた魔法の行使で体が痙攣し、座り込んでいる。


「っしゃ!まあ、ちゃちゃっと済ませてくるわ」


 こんなの空元気だってわかってる。これから自分の身に起こることであろうことを想像すると鳥肌が止まらない。


「待っ、て、おね、がい......っ」


「ごめんな」


 そう告げて、カプセルを飲み込む。


「楠 アメリ。まだ僕の言葉は聞こえているか?」


「どういウつもりダ?」


 もう完全に狂ってるかと思ってたけど、どうやらまだ賭けをする価値はあるらしい。


「くっくはははははははっ!!いやいやさっき土手っ腹に一発もらったけど、お前そんな状態にまでなった割に大したことねえなあ?」


 大仰に笑ってみせる。こんな挑発、普通なら効き目もないだろうが、今なら。


「お前に【血界ルーム】は勿体なかったぜ!お前なんてワンパンだよ!ワンパン!悔しかったらもう一発ここに食らわしてみろや!姉妹のブスの方!!!」


 さっき一撃もらった箇所を指差す。


 姉妹っていっても見た目からして双子っぽいから容姿は変わらないのだが......


「グガァアアアアアア!!こ、ろ、スゥウウウ!アタシはブスじゃなィイイイイイッ!!!」


 き、気にしてたのか?ワンパンより効き目あったぞ。


 両手を広げる。


「こいやぁああああああああっ!!!」


 アメリの右手に赤いオーラが纏っていく。圧倒的な存在感。純粋な力の収束。


 震える体を支える足に力を入れて、逃げ出そうとする弱い心を踏みとどませる。


「死ねェエエエエエエエエッ!!!」


 ––––––ズパンッ


 鋭い拳が土手っ腹を貫く。


 もっとすげー音すると思ってた、なんて場違いな感想だろうか。


「––––––ごはっ」


 大量に吐血した血の味を確かめて手放す寸前の意識を手繰り寄せる。


 引き抜こうとする右腕を両手で押さえつける。


「ア"ッ......?」


「がっ––––––逃がさねえよ。これからがいいとこだろ?」


 ブレる視界の中、啖呵を切る。


「......取引だ。僕と魅夜を諦めろ」


「おまエ、なにヲ––––––」


「僕はさっき薬を飲んだんだ。強力な毒だ。肌から体内に侵入して、細胞を壊す」


「は、ハッタリダ!」


 そう言いながら、抵抗は弱まっている。


「解毒薬は残念ながらここにはない。協力者の人に持ってもらってんだ。......ごほっ」


「ありえなイッ!どうかしてルッ!」


 アメリはもう一度引き抜こうと腕に力を入れる。


 もうアドレナリンドバドバ。なのにしっかり腕の押し引きで痛い。顔が引きつるのが自分でもわかる。


 右がダメなら左と言わんばかりに腕を振り上げる。


「させ、ない......っ!!!」


 振り上げた左腕に食らいついたのは魅夜だ。


 腕にしがみついてアメリの動きを阻害する。


「離せェエエエエエエエエッ!!」


 頭突きで何度も振り落とそうとするが、魅夜はしがみつく。


「カッ––––––」


 犬歯が見えた瞬間、嫌な予感が頭を過る。


「魅夜っ!やめ––––––」


 言葉を言い終わる前に魅夜はアメリの左腕に牙を立てる。瞳の色は深紅から変わらない。食らいつくだけの目的で牙を立てたのだ。


 魅夜と目が合う。有無を言わさぬ力強い瞳。双眸から涙を流しながら頭突きに耐えている。そのくせ、アメリの額からは傷1つついていない。


「もう一度言う。僕と魅夜を諦めろ!!!」


「く、クソガァアアアアアア!!!」


 僕はこの賭けは可能性が高いと思っている。


 一見プライドが高く、御し辛いように見えるが、妹が拷問を始めると言ったとき明らかに動揺し、止めようとさえしていた。


 殺す殺すと言いながら決めきらない。これだけの力があるのに殺戮者にはなりきれない。


「......ごはっ、どうだ。毒いい感じに回ってきてんだろ?」


「クソォォォ......」


 痛いのも苦しいのもお互い様。吐血し放題出血大サービスだ。


「諦めろ!!!」


「......ぐっ」


「諦めろぉおおおおおおおおおおお!!!」


「く、クソォオオオオオオオオッ!!!」


 咆哮する。残った全ての力を振り絞る。


 頼む。頼むよ。諦めてくれよ。死にたくないだろ?僕も死にたくない。


 頼む。頼むから僕に君を殺させないでくれ。





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