Night of slaves(7)

 廃ビルの中、一階で戦闘は行われていた。


 飛び散った破片と古いコンクリートの匂い。高い天井からは戦闘による衝撃でパラパラと粉が舞う。


 視線の先、霧状の赤いオーラを放つ楠 アメリと事前に聞いていた血鬼術で形成された腕甲がぶつかり合って火花を散らしている。


「魅夜っ!」


「お兄、ちゃん!?」


 既に魅夜は満身創痍。腕甲は崩れかけ辛うじて機能している。


 近づくとアメリのマーキス型の瞳が僕を射抜く。


「ルァアアアアアアッおまエ、も、殺ス」


 な、なんだこいつ。これまでの印象と違いすぎる。確かに戦闘狂みたいなとこはあったかもしれないが、今は完全に狂っているようにしか見えない。


 圧倒的な強者、今この空間を支配しているのは楠 アメリだった。


 転がっている鉄パイプを握りしめて特攻をかける。


「おらぁああああああっ!!!」


 ––––––バギンッ


 殴った鉄パイプはアメリの頭に直撃した。手にはとてつもなく固いものに当たった衝撃で思わず手を離してしまう。


 折れていたのは鉄パイプのほうだった。


「ま、マジか......」


「ルゥァアアアアアア!!!」


 咆哮する方向に顔を向けた瞬間、体がくの字に曲がる。めり込む拳。体の奥からメキメキと骨が折れる音が響く。


「––––––がはっ」


 ズシャアアアアッと床を転がり、体を壁に打ち付ける。軽く50mは吹き飛ばされた。


「ごほっ、ごほっ、ぐっ......」


 耐えきれず血を吐き出し床を汚す。


 痛い。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 早くも激痛記録更新。よく意識があるものだ。むしろ、意識なんて飛ばしてしまったほうが楽だ。


「こっち、です、っ!!!」


 腕甲を振り上げ、振り下ろす。


 ––––––ガキィッ


 金属が触れあうような音。


 なんで鋼鉄より固い腕甲と皮膚がぶつかってそんな音がすんだよ!!


「お兄、ちゃん、あれ、やり、ます」


 ほんとはやりたくないし、やらせたくない。危険度が高すぎる。


 でも、悩んでいられるほど、優しい相手じゃない!


 唇を噛んで覚悟を決める。


 フラつく足に喝を入れて立ち上がる。


「魅夜っ!!」


「はい、です」


 魅夜が右手を僕は左手を重ねる。


「死ネェ...ぐちャぐちャにィイイイイイ!!!」


 両腕を振り上げ急接近してくる。


 ––––––ドクン


 自分の心臓の音が聞こえてくる。


 ––––––ドクン


 魅夜の心臓の音が聞こえてくる。


「––––––【血界ルーム】」


 魅夜の声が廃ビルに響く。2人分の血を使用する【血界ルーム】。血鬼術の奥義の1つ。


 魅夜の左手から凄まじい速度で周囲を血で覆っていく。そして、迫る両腕に硬化した血棘が突き刺さる。


「グギャアアアアアアアッ––––––ィッテェエエエエエエエ!!!」


 アメリの両腕は痙攣、攻めあぐねている。


 その間に【血界ルーム】は完成した。この中では血を壊されようが何しようが復活し、自由に操ることができる。


 壁の生成もさっきのような棘を発生させることが出来る。


 ただし、使用には大量の血液を必要とする。


「グ......ガァアアアアアアッ!!!」


 ––––––バギッバギバキバキバキ


 アメリは強引に体を前進させる。血を吹き出し破片を無理矢理体から引き抜くと、声もなく獰猛に笑う。


「おいおい、これで止まらないとかヤバすぎ......」


 血棘、血棘、血棘、血棘、血棘ぇええええ!!


 何度も動きを止めようと攻め立てるが、突き刺さるどころか避けられ叩き折られる。


 ––––––旗色が悪い


血界ルーム】は血液量もそうだが、魔力の消費も激しいと言っていた。魅夜を見やると息が荒い。限界が近い。


「お兄、ちゃん、もう......!」


 魅夜には伝えていた。これでも、ダメだった場合とれる作戦はしかない。


 魅夜にエルフさんに言ったときは完全否定された。僕もやりたくはない、けどこれをやるなら僕しかいない。


 空いた手でポケットのカプセルを握る。


「魅夜、もう【血界ルーム】はいい」


 魅夜は何かに気づいたかのように瞠目する。


「だ、だめっ、いや、だ。いや......」


 息を荒げ、額には大粒の汗をかいている。深紅の双眸からは涙が溢れる。


「魅夜止めるんだ」


 ––––––覚悟を見せてやる。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る