STAND BY ME(9)
薄暗い路地裏。晴れているのに少しじめっとした空気が肌を撫でる。嫌な感じだ。
死角から気配のする方向に目を向ける。
「––––––ガ、––––血カ」
薄金色の髪の後ろ姿の向こう側、膝まである黒い外套とフードに隠れて顔はおろか性別さえわからない。
(なんだ...?何を話してる?血?血がどうとか。くそっ聞こえない)
「そう。確かめて」
彼女は言葉少なにレッグホルスターから何かを取り出した。
(試験管...?)
中身は赤い液体が試験管の中ほどまで入っている。
まさか血を渡そうとしてる?いったい誰のって、彼女のものだろう。何の為に......
もう少し近づかないと......
––––––ジャリッ
(......しまった!)
前のめりになって態勢を崩したせいで足が出てしまった。
「––––––誰ダッ?!」
声を上げたのは黒の外套。男とも女ともとれる中性的な声だ。
もう場所もバレてしまっている。これ以上隠れても意味はないだろう。
「な、なぜ貴方がここにいるんですか......」
振り返った薄金色の髪、目深に被ったワークキャップの奥から海と同じ蒼い瞳が動揺の色を見せている。
「どうやラ、ここまでのようだナ。取引は中止ダ」
有無を言わせない高圧的な声色に背筋が震える。
正体の分からない恐怖が体に充満する。
「あ、あんたはなんだよ?!一体何を......」
「......」
黒の外套は何も言わないまま影に溶けるように姿を消していった。
普通の人間の動きじゃない!
今のはまるで魔法みたいだ。黒の外套が去った後には僅かな沈黙だけが残った。
視線をエルフさんに切り替えて問い掛ける。
「い、今のは一体なんなんですか?」
「......貴方に話すことは何もありません」
動揺から一変、無表情に変えて横を通り抜けようとするエルフさんの腕を掴んで引き止める。
「––––––待ってよ!」
「っ!私に触るなっ!!!」
バッ!と掴んだ手を勢いよく振り払われる。振り払っておきながら動揺していたのは彼女のほうだった。
「そ、そんなふうに拒絶されて黙ってやると思うなよ!もう決めたんだ。アンタに関わるって!」
「なっ......私はそんなこと頼んでない!言ったはずだ、私はお前が嫌いだ!」
敬語も何もあったもんじゃない。この頑固者。
振り払われた手。それは完全な拒絶。部室での色香さんとのやり取りが脳内再生されて二の足を踏ませる。
『貴方には何も出来ない』
それと同時に魅夜の言葉を思い出す。
『それは、きっと、寂しい......です』
関わると決めたのだ。何も出来ないかもしれない。彼女を助けたいなんて思い上がりだ。きっと僕は傷つけられるし傷つけるだけ。
これは僕のエゴだ。もう嫌われるとか好かれるとかそういう話しではないのだ。
ただ自分から孤独を選んでいく彼女を見るのが嫌なだけ。
知ってるのに聞かないフリを見ないフリをするのが嫌なだけの僕のワガママ。
足に力を入れて、目の前の少女を見据える。肺いっぱいに息を吸うと一思いに言葉を吐き出した。
「頼んでないってなんだよ!頼まれなきゃ心配するのもダメなのかよ?!今の光景を見て、何も言うななんてふざけんなよっ!!」
「......っ」
気持ちが体の奥から溢れて、勝手に口が動いて止まってくれない。
「放っておけるわけないだろっ?!ちゃんと話してくれよ!
なんで僕が嫌いなのかも、なんでそんなに他人と距離をとるのかも、なんで苦しいのかも言ってくれねえと分かんねえんだよ!
孤独になりたいならあんな顔すんなよ!!ちゃんと嘘ついて突き放せよ!そんな中途半端だから気になって気になってここまで来ちまったんだろ?!
嫌いだなんだってそんな簡単に僕が離れるなんて思うなよ?!」
叫んで途中何度も言葉が裏返った。格好悪い。息が切れて、酸欠でクラクラする。
さっきから彼女は何も言わない。下げた視界を徐々に上げていくと、胸をぎゅっと握って困ったように視線をさまよわせているエルフさんがいた。
「......怒鳴んないでよ......怖い、から。話す......から」
「えっ、ちょっ......?!」
強い言葉が返ってくると思っていたのにその声は震えていた。
噂されるような『冷血』『人嫌い』『女王様』とはかけ離れた1人の女の子がそこにいた。
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