転校生と文芸部(5)

 にじり寄ってきた色香さんはそっと添えるように僕の手に自分の手を重ねてきた。


 柔らかくてあったかい。


 たまに気まぐれで色香さんはこういうイタズラを仕掛けてくる。だからきっと今回もそうなのだ。


「ハセガワくん......」


「い、色香さ......ん......?」


 ち、近い。近い近い近い近い。


 僕がもし、気の迷いでも起こしてしまえばキス出来てしまう。避けようもない距離。


 キス......しちゃう?いやいやいやしちゃったらきっと戻れない。結婚するしかない。むしろできるなら土下座してお願いするレベルではあるわけだが、僕はこの人がちゃんと好きなのだろうか?


 というか色香さんは僕が好きなんだろうか?いたずら?本気?


 クエスチョンマークが頭でいっぱいになる。


 ......やっぱりダメだ!なんかこういう勢いでみたいなのは良くない!不健全だ!これじゃあのクソオヤジと同じクソ野郎になってしまう。


「んふっ」


「んぅ?」


「んふふふふふふふふふ」


 パッと体を離して口元を隠しながら微笑む色香さん。もう凄い嬉しそう。


 人が葛藤していたというのにこれである。つまり今回も例に漏れず遊ばれていたのだ。


「ぅ......ぅゎああああああああああああん!!色香さんの痴女!巨乳!人でなし!」


「あら、褒めてくれてありがとう。ところで巨乳は褒め言葉?」


「褒め言葉だよこんちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 どうやらこの人の中では巨乳以外は確定で褒め言葉だったらしい。酷くゆがんでいらっしゃる。


「ハセガワくんも可愛かったわよ?煩悩と戦いながらちょっと唇を突き出してたあたりとてもキュートでしたわ」


「やぁああああめぇええええてぇええええ」


 僕は辱めを受けている。


 それから数分の間いじられ続けた。正直たまりませんでした。


 少し落ちついて、飲み物を買いに行こうと立ち上がる。


「あら、どこに行くの?」


 さっきのSっぽい笑みはなりを潜めている。通常モードだ。


「ジュース買いに行くよ。色香さんも何かいる?」


「あっ、ちょっとだけ待って下さる?そろそろいらっしゃるわ」


 いらっしゃる、というのは誰か来るのだろう。背後のドアに向かいかけた足を戻してもう一度椅子に腰かけた瞬間だった。


 ガチャ、とドアの開いた音に振り返る。


「失礼します。ここは文芸部で良かったでしょうか?」


 感情の無い平坦な声の持ち主は真顔でこちらを見据えている。

 日光に照らされた胸元まである薄金色の髪と海の様に深みのある蒼い瞳。スラリとした体躯。


 そして、全男子生徒の憧れ。


 森野エルフがそこにいた––––––。

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