第三章 修正された世界②
人一人居ないだけで、喪失感というか、かなり寂しくなる事がある。特に今回は後ろの友人の不在だ。授業中などは背後が見えるわけではないのに、中々の空虚感に襲われた。
しかしそんな授業も終わり、やがて放課後になった。さり気なく俺は瑞葉のいるという隣のクラスを覗いてみたのだが、もうとっくに彼女は教室を後にしているようだった。
高校生になった瑞葉、何か部活に入ってるのだろうか。それとも、やはり稽古などだろうか。彼女の行方は分からなかったが、あまり詮索し過ぎると変な噂が立つかもしれないので、取り敢えず俺は一旦帰る事にした。
なに、携帯なりなんなりで後から連絡を取ってみればいい。
いつものように電車に乗って最寄り駅で降り立ち、自宅に向かって歩き出した。そうして、自宅近くの川辺まで来た時だった。
「あ」
目の前に立っていたのは瑞葉であった。彼女の方も間もなく俺に気付き、「やっほー」と手を振った。
「真琴も帰り?」
「ああ。瑞葉もか」
「うん。今日は稽古も休み。自由な日ばい」
そう言って瑞葉は背伸びをした。なんとも晴れがましい顔だ。稽古とは恐らく舞や琴の稽古の事だと思うが、やはり厳しいのかもしれない。
「なあ、瑞葉」
「ん?」
「えっとな、その、少しあっちの方で話さないか」
そう言って、俺は川辺のベンチを指差した。
「いいけど、どしたの突然?」
「特に何かって事はないんだけど、なんか話したくなったんだよ」
本当のところを言えば、今日の朝からずっと話がしたかった。だけど話す機会が無かっただけだ。そんな事は照れ臭くて言えるわけはないが。
「ふーん。ま、いっか」
そう言うと、瑞葉は軽やかな足取りでベンチまで歩いていった。
「ほら、話すんでしょ。座りんしゃいよ」
「あ、ああ」
俺は瑞葉に促されるままにベンチに座った。いや、そもそも話をしようと言ったのは俺ではあるが。
「久しぶりだね。こうやって話をするのって」
「ああ。中学三年ぶり? くらいか」
「そうそう。真琴にしては覚えてるじゃん」
「馬鹿にするなよ。流石にそれくらいは覚えてる」
といっても、俺にとってはつい最近の出来事だから当然の事ではあるのだが。
「一応先に言っておくとな、話って言っても特にこれについて話しておきたい、ってのがあるわけじゃないんだ」
「そんな事はお見通しだって。何年来の付き合いよ」
「そういやそうだな」
確かに、瑞葉とは幼稚園時代からの長い付き合いだ。今更遠慮するような関係でもないとは思うのだが、色々あったせいなのか、どうにも多少の遠慮をしてしまうのだ。
ベンチに座った俺は瑞葉と他愛のない話をした。その中で、瑞葉が居なくなったあの日からの空白期間の話も出てきた。恐らくは過去の改変の結果であろう、本来瑞葉の居なくなった去年の十一月末から今日までの期間、瑞葉は存在したという事になっていたし、俺自身、その期間で瑞葉と過ごした記憶もあった。もう少し正確に言うと瑞葉と話している内に「ああ、そんな事もあったな」などという感じで思い出すのだ。そして一つ、俺と彼女との関係性で気付いた事があった。
俺が瑞葉に思いを告げていたという事実はなくなっていたのだ。
「そろそろ暗くなってきたし、帰るとしますか」
不意に瑞葉が言ったので空を見上げると、空はすっかり暗くなっていた。本当に、忌々しい程に晩秋の夜は夕暮れから夜に移り変わる速度が速いと思う。
「気をつけてな」
「ほんとに心配性ね。家すぐそこなんだし、大丈夫って。それに」
瑞葉は微笑した。
「いざって時は守ってくれるんでしょ」
「そりゃ、まあ、な」
「へへ、自分で言ってた癖に照れてやんの」
「う、うるさい。余計なお世話だ」
「ま、頼りにしてますよ。じゃあまた明日ね」
瑞葉は俺に手を振り、自宅へと歩き出した。
瑞葉と自分との距離が段々と遠くなっていく。俺はそれを只々ぼんやりと眺めていた。少しだけ焦りを感じながら。
多分、瑞葉との関係もいずれは幼馴染や友人なんてものではなくなり、大人になったら知人、知り合いみたいなものになってしまうのだろう。何故だか一昔か二昔前の漫画というのは幼馴染がまるで運命の相手みたいに描かれているが、現実問題、そんな事は一割にも満たないのだと思う。いや、だからこそ漫画というファンタジーの中でそんな風に描かれているのだろう。
前は受け入れてくれたが、今回も受け入れてくれるという保証はない。当たり前だ。パッと見は目に見えないけれど、以前告白した時とは関係性に変化が生じているのだから。
だけど、このまま何も動かなければいつかきっと……
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