第31話 家族
あれから俺たちは一緒に飯を食べ、今後を話し合った。
俺は正式に獣人族の長になった。
正確に言うと、獣人族とその仲間たちの長だ。
戦闘力と魔王の肩書、それに人種に無頓着なところが評価された。
これにより俺には残った民を食わせる責任ができた。
民たちの方も俺の庇護下に入って運命を共にすることを望んだ。
俺は各種族に代表者を出してもらって会議を開くことにした。
地元民の意見大事。
中央集権やるにも官僚いないしね。
というわけで、俺自身は獅子族の代表として同輩でありながら首長という立場で会議に参加した。
日本だと県知事くらいになったのかな。
民に対してこんなに下手に出る魔王は過去に存在しなかったらしい。
合議制は絶対者による圧政と比べて意思決定こそ遅いが、俺が全ての事柄においての専門家になる必要はないし、仮に俺がボケたときでもストッパーが利く。
俺のようなド素人でも失敗しないメリットが大きい。
会議の議題は親を失った子どもたちの処遇。
まー、おじさんの子どもにするって言ってあるから承認受けるだけ。
総勢200人の子どもたち。
どうやらこの世界は親のない子は群れで育てるらしい。
俺は子育て経験ないけど、獣人族全体でバックアップしてくれるってさ。
会議を開くと会場に珍しい人物が紛れ込んでいた。
武器屋のオヤジだ。
カサンドラが剣を抜こうとしたが俺はそれを手で制した。
「兜おかわり」
俺は言った。
すると武器屋のオヤジは間抜け面をさらした。
「開口一番がそれですかい?
魔王様になってもお茶目ですねえ」
俺は武器屋の言葉など聞かずにひしゃげた兜を押しつける。
どちらが自分のわがままを通すか、という低レベルでありながら高度な心理戦が繰り広げられたのだ。
「はいはい、わかりました。
修理しますよ。頼みますんでアッシの話も聞いてくだせえ」
「ほいほい。兜さえ直してくれたらなんにも文句ないよ」
武器屋は深くため息をつくと話を続けた。
「まず……他の魔王さんたちから連盟で和平協定の提案がありました。
ジャギーの旦那、あんた『子どもをオトリにしたのが気にくわないなんてクソみたいな理由で魔王の命を奪いに来る狂犬』って言われてますぜ。
他の魔王はみんなビビってやがります」
うわ、なにその島津扱い!
だがチャンスである。
「和平に関しては異論はありませんよ。
仲良くしましょう。子どもを不幸にさえしなければね……」
俺はわざと血走った目で言った。
ロリ死ぬダメ絶対。ショタも。
ちなみに俺が性的な意味で言ってないことは、今まで培った信用から明らかだろう。
子孫のために死ぬのは、汚いおっさんの役目なのだ。
「……ったく、地母神の眷属じゃあるめえし。
いえ失言でした。伝えておきます」
どうやら地母神の眷属とやらは価値観的にわかりあえそうだ。
今度味方に取り込もう。
「次に光の眷属ですが……」
レミリアがぴくりと反応した。
「今すぐ殺しなせえ。あんたの敵だ」
バカが。
「たしかに俺は魔王で彼女は勇者だ。
レミリアはいつか俺を殺しに来るかもしれない……だが断る!」
レミリアの顔がぱあっと輝いたものに変わった。
わかってるって。俺は味方には便宜を図る男なのだ。
なにせ彼女の戦闘力と現場指揮力のおかげで部下に死人が出なかったからな。
「理由はいくつかある。まず私は味方を殺す気はない。
次に彼女にはヴァレンティーノ討伐に手を貸してもらった借りがある。そして……」
こういうときは嘘も方便だろう。
俺はレミリアに『これから嘘つくよーん』とウインクをした。
これでわかってくれるだろう。
「レミリアは私の女だ。腹には私の子どもがいます。
ゆえに彼女を殺そうとするものは私が抹殺します」
さてこれで借りは返したことになるだろう。
一応言っておくが手なんか出してないからな。
レミリアは勇者でありながら、俺の庇護下にもある。
なにかの間違いで俺を殺すことになるまではレミリアは安全だろう。
俺はレミリアやカサンドラたちを見た。
レミリアは口を押さえて顔を真っ赤にし、カサンドラは親指を立てている。
なんなのお前ら。なにその態度。
そして武器屋は青ざめた顔で言った。
「ジャギーの旦那……あんた……世界を征服するおつもりですかい?」
まったくそんな気はない。
だが脅しておく必要はある。
ああ……国家の運営って面倒くさい。
「必要とあれば」
武器屋はガタガタと震えた。
「つ、伝えます……」
「そうしてくれ。兜は大急ぎで頼むよ」
「へ、へい」
返事をすると武器屋は逃げ去った。
はいはい、外交終わり。
外交とは笑顔のままで机の下で蹴り合うゲームとはよく言ったのものである。
俺は伸びをした。いやあ、交渉って疲れるわー。
と気を抜いた瞬間、俺はレミリアと目が合った。
顔が真っ赤である。
「ジャギー様の女……子どもまで」
「あ、あのレミリアさん……嘘ですからね。ねえ、ちょっと聞いてください」
ダメだこの娘……性的知識が皆無だわ……。
誰だ。純粋培養で育てたの! 性教育はちゃんとしなさい!
カサンドラは親指を立て続けている。
「さすがダーリン! 勇者をこますなんて……ビースト! でもそこが好き!」
「風評被害だー!」
誰も俺の話を聞いていない。
しかも獣人族にビーストって言われた!
「じゃ、ジャギー様……す、末永く……よろしくお願いします」
レミリアはもじもじしてる。
誰か! 誰か! この事態を収拾してくれ!
俺はその後言い訳しまくった。
だが誰も聞いてくれなかったのである……悲しい。
こうして俺は七人目の魔王になったのだ。
後日つけられた名前は『厄災の拳王ジャギー』だってさ。
不沈艦とか燃える闘魂とか四次元殺法とかがよかったのに。
そしてその日俺が眠りにつくと、夢の中で誰かが語りかけてきた。
最近エンドレスでサファリパークのCMが流れ続けていたのでちょうどいい。
「暗黒神の眷属よ……よくぞ正義を貫き、世界の調和を壊す存在を討ち果たした」
今までの展開のどこに正義があったのだろうか?
60分一本勝負で聞き出したい。
ひたすらバイオレンスの嵐じゃねえか!
「俺帰らないよ」
俺は相手のペースに巻き込まれはしない!
絶対にだ!
それに宣言しておく。
就職氷河期世代を親の敵のように迫害してくる社会に未練はない。
多少不便だけど家族がいる世界と、孤独死確定世界。
どっちがいいよ?
俺絶対帰らないよ。
「帰れとは言っておらぬ……ただ、名前を返しに来たのだ……」
もうだいたい声の主が誰かわかった。
暗黒神だ。
「名前……さぞかしかっこいい名前なんでしょうね」
「ふむ……それは価値観によるだろう。では返そう、
筋袋玉三郎よ!」
「ジャギー・アミーバでいいです!」
いるかボケ!
名前だけでいじめの対象じゃい!
なんだか自分の性格が歪んでいる原因がわかったような気がした。
全部名前のせいじゃい!
「お、おう……そうか。これでお前は自由だ。
これからは好きに生きるがよい」
縛られていた記憶はない。
ひたすら説明不足だっただけ……って説明するのがいやだったんですね。
よくわかります。
「とりあえず家族と細々と生きますよ」
「細々か……世界は貴様を放って置かぬだろう」
そして世界がって、俺がそんな偉人に見えるか?
どう見ても汚いおっさんだぜ〜。
「ヴァレンティーノみたいにはならないですよ」
そのなんだ……あそこまで頭悪くないし、野望もないし。
今のところ他の魔王に喧嘩売る気もないし。
「そう……かもな。
やっぱり次も使う気じゃねえか!
憤慨する俺を放って暗黒神は消えた。
これは……プロレスを普及しろという意味に違いない。
俺は曲解に曲解を重ねるのだった。
おじさんは、はっきり言わないと自分の都合のいいように記憶を捏造する生き物なのです。
さて、それから数ヶ月後、ティアがネクロパレスにやって来た。
半年も会わなかったせいか成長しまくっている。
小学生かと思っていたが、今や女子高生でも通用する姿だ。
「……おっさん、浮気したってな」
ナイフしゃきーん!
「ティアちゃんは娘ってことになってますよね!
つか誰かナイフ取り上げてー!」
「きーッ!
私のケツも触らないのにハーレムなんて作りやがってー!」
「ちょっ、やめ! やめてー!
あー! 刃を上に向けた!
それはヤクザ持ちって言って情状酌量されなぎゃああああああッ!」
ぎゃあぎゃあと大騒ぎになるが、こういうのは信頼関係があるに違いない。
良い傾向である。
ツッコミはあると思うけどそういうことにして……お願い。
しばらくするとティアも落ち着いた。
「まあいいや。それで次はどこを征服する?」
「しません!」
もうね! なんでどいつもこいつも俺に覇王道を歩ませようとするの!
「そっか。じゃあなにをするの?」
「とりあえずは運送業をしようかと。魔王領と人間の街の貿易をしますよ!」
目指すは異世界のなんとかゾンだ。
なんとかネコも込みで。
なあに俺は物流が異様に発達した世界から来たのだ。
ノウハウは大量にある。
革命を起こすぞー!
「それとプロレスの素晴らしさも広めねばなりませんねえ」
さて、やることはたくさんある。
俺たちの心には希望ってのがあった。
だが……少しだけ不安があった。
そういやモンゴル軍って当時の世界人口の一割を殺したんだよな。
いや……まさか……まっさかー、あははははは。
俺は違うよ。
「難しい顔をしてんなよ、おっさん」
ティアが俺の背中に飛びつく。
あら軽い。
「あ、ずっるーい!」
カサンドラも俺に抱きつく。
レミリアは近くまで来て顔を真っ赤にした。
「まおーさまー!」
ドタドタと音がする。
獅子族の女の子たちだ。
サファリパークの肉の予感。
でもそれでも俺は幸せだった。
家族ができたのだから。
孤独なおっさんには一番の幸せなのだ。
……この後十年かけてマジで世界征服するハメになったとしても。
この物語は汚いおっさんのセカンドライフの物語である。
なんか人が死にまくって暴力の嵐が吹き荒れてるけど、そうなのだ。
そしてここからが重要だ。
もうちょっとだけ続くんじゃぞ。
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