第4話 チュートリアルミッション その1
俺の予想は当たった。
俺が走って行くと馬車が見えた。
農民の荷馬車ではないだろう。
なにせ馬車には屋根……幌がついていたのだ。
少なくとも商人、かなりの金持ちじゃないかな。
その横に剣を持った男が立っている。
やばい! 見つかる!
俺は特殊部隊の隊員のようにその場で草むらに飛び込む。
よし、異世界転移初心者へ向けたチュートリアルの締めくくり。
チートを使って盗賊退治である。
俺はこのとき冷静ではなかった。
だって自分の異変にも気づかなかったのだ。
よく考えればわかることだった。
だって草むらに飛び込んで華麗に受け身を取ったのだ。しかも音も立てずに。
どこのスーパーコマンドーだ、俺は!
40手前のおっさんの動きじゃねえっての!
それがわからないほどに俺は興奮していたのだ。
ほら、物語の主人公になるのって……正直憧れるよね。
俺はそのまま無音でスルスルと匍匐前進をする。
この動きに疑問など持たなかった。
気分はもはやテロリストに占拠されたビルで孤軍奮闘する刑事よ。
テンション上がりまくりである。
見張りはいるだろうか?
俺は神経を集中する。
すると視界が変化した。
それは荷馬車などの障害物を透過して人の姿が見えるものだった。
人の姿がオレンジ色に見える。
あ、これ知ってる。
赤外線サーモグラフィカメラだ。……たぶん。
はじめて実用的な能力が顕現した。
やっぱすげえぜチート!
周囲に見張りは……いた!
見張りはやる気なさそうにアクビをしていた。
なるほど。
馬車を襲う際の一番のリスクは別の通行人。
通行人さえいなければ、殺して遠くに捨てればわからない。
完全犯罪だ。
だってDNA鑑定どころか指紋もルミノールもないもん。
そういうのを防ぐには番所を各地に配備するのがベターだろう。
交番っていう制度……凄かったのな。
考えたこともなかったわ。
俺は匍匐前進で見張りを避けて大回りすると馬車の裏手に回った。
もう馬車は制圧されていたのでこちら側には見張りはいない。
俺は聞き耳を立てる。
問答無用で襲いかかってもいいが、盗賊っぽい連中が実は官憲だったら面倒だ。
犯罪者デビューである。
それは避けたい。
「貴様ら! なにが望みだ!」
若い男の声が聞こえた。
「げひゃひゃ! お前ら全員の命だよ!」
ガッという音が聞こえる。
男を盗賊が蹴飛ばしたらしい。
使命や大義名分を得た態度ではない。
官憲じゃなさそうだな。
「か、金なら渡す! 頼む命だけは!」
今度は中年の男の声が聞こえた。
生活に疲れた声だ。
同志よ。
「うるせえッ! 死ね!」
ドスっという音が聞こえた。
何かで殴った音のように聞こえたが、それは違っていた。
女性の悲鳴が響く。
殴ったのではなく斬ったり刺したりしたのだ。
いきなり殺しやがった!
貴様ら! よくもおっさん殺しやがったな!
俺はまるで自分が殺されたような気がした。
許さん!
おっさんは末代まで祟るのだ。
俺はそのままゆっくりとその場で赤外線サーモグラフィ視点で見る。
見張っていたり、何か武器を持っていそう……つまり盗賊っぽいのは全部で7人いた。
すぐ近くの男が何度も剣で何かに斬りつけているのが見えた。
おっさんへ斬りつけているのだ。
人質の近くにはもう一人いた。
「おい、殺すな!」
甲高い声だ。
一人はガキか。
「うるせえ! ぶっ殺すぞ!」
二人の仲は険悪そうだ。
俺は最初の目標を考えた。
一人を瞬時に抹殺、もしくは二人を同時に無力化すること。
それがミッションだ。
よし、魔法を試してみよう。
あの大量破壊兵器は大きなイメージでやったからダメだったんだ。
そうじゃなくて非殺傷兵器で考えて見よう。
えーっと、なんだっけ……?
アメリカ軍が暴動鎮圧用に研究しているやつ。
マイクロ波を当てて体の温度を上げて動けなくするやつ。
まあいいや。やってみよう。
まずは槍の男。
俺は原理を思い出す。水の分子を回転させて温めるんだよな。
よし、バーニンファイア! (今適当に名前をつけた)
パンッという音がした。
うん?
思ったのと違う。
次の瞬間、びちゃっという湿った音がした。
数秒の間を開けて、女性の本気の悲鳴が響く。
俺は人質の方へ隠れながら移動する。
すると悲鳴の意味がわかった。
あー……俺は冷や汗を流した。
男は破裂していた。
血液を熱しすぎたせいで体の内側から爆発したのだ。……たぶん。
あれだ。電子レンジに入れたゆで卵。
盗賊の男はミンチになっていた。
破片がそこらじゅうに落ちている。
殺っちまった!
殺っちまった!
殺っちまった!
殺っちまった!
俺は本気で焦った。
やはりだ!
JRPGのチュートリアルかと思っていたら、洋ゲーのチュートリアルでござった。
容赦のないグロだ。
だがこれはチャンスだった。
男と一緒にいた盗賊がその場にへたり込んだ。
俺は一気に前に出てへたり込んだガキを押し倒す。
「おい、声をあげるなよ。ああはなりたくないだろ?」
俺はガキの口を手で塞いだ。
ガキは恐怖のあまり涙目になってうなずいた。
よし、言葉は通じるようだ。
そして俺は気づいた。
先ほどからもう片方の手に当たる物体を。
オウシット。メスガキだった。
殺さなくて良かった。
俺はガキの腕をねじりあげて連行、人質の前に出る。
人質は声をあげそうになっていたが、すんでで飲み込んだ。
俺は小声で言った。
「今から全員倒します。この子を押さえてください。証人にするので殺さないでくださいね」
人質たちは無言でうなずき、ガキの手を掴んだ。
よしやるか。
俺は先ほどの『ロケットランチャー』の魔法を撃った。
ヒャッハー!
もう一人殺すのも二人殺すのも……六人殺すのも同じだ!
……人間ってこんなに簡単にモラルのタガが外れるもんなんですね。
知りませんでした。
まずは先ほどスルーした見張りの男にぶち当てた。
魔法が炸裂し、男の破片がどこかに飛んでいく。
うわ、グロい!
電子レンジもアレだけど、こっちもグロい!
「な、なにがあった……」
不用意に俺から見える位置に出てきた男にロケットランチャー発射。
手足ばいーん。びちゃびちゃ。
男も同じように跡形もなくなる。
あと三人。
俺は赤外線サーモグラフィモードで見る。
いた!
二人はとりあえず岩の陰に隠れやがった!
逃がさん!
でも岩にロケットランチャーを撃って破片がこちらに飛んでくるのは嫌だ。
だから俺は氷魔法。さきほどの液体窒素を放つ。
魔法は周囲を凍らせた。
悲鳴も上がらなかった。
近づくと俺の予想通り二人は凍っていた。
即死だろうな。
一人は逃げたようだ。
生まれて初めての殺人にしては、やけにクールだったような気がする。
俺は赤外線サーモグラフィで辺りを確認する。
爆破や冷却で多少精度は落としたが、それでも確認した。
……なるほどね。
偉い偉い。
「死ねぇッ!」
男が斧を投げてきた。
ホント、エライわ。
殺されに来てくれるなんて。
俺はさもそれが自然かのように手を真っ直ぐ突き出した。
そしてつかむ。
俺の手に斧が握られていた。
俺は転回しながらごく自然に斧を投げ返す。
斧は最初に投げられた勢いの数倍の速さで飛んでいく。
斧を投げてきた盗賊の頭に斧が刺さり、バットで殴ったスイカのように弾けた。
やだ世紀末救世主みたい!
結果はホラー映画の殺人鬼だけど。
「ぐ、ぐは!」
脳みそがこぼれた頭部で悲鳴を上げると盗賊は倒れた。
はい。六人。
よし人殺しにもなれた!
人のミスを土下座謝罪するよりは精神的に楽だ。
がんばった俺! 偉い!
がんばれ俺!
人殺しがんばれ!
俺は人質の方へ行く。
女性は俺を見てガタガタと震えている。
メスガキは人質にされていた青年に取り押さえられていた。
「無事でしたか?」
俺はいけしゃあしゃあとまだ話になりそうな青年に言った。
一人死んでいるのはわかっているのに。
「お、おかげさまで……ご、護衛の剣士様が……うげえええええええッ!」
安心した男が吐いた。
女性もげえげえ吐いている。
うん……ちょっとグロかったね。
ごめんね。
いいのよ吐いて。
俺も吐きそうだから。
おっさんは護衛だったのか。
きっと日雇いだろう。
なんか同情心が起こった。
救えなくてすまない。
「人質は二人だけですか?」
全部で三人ってことはおっさんは護衛も御者もやっていたのか。
かわいそうに……。
「え、ええ。私は商人のアレックス……魔道士様のお名前は……うげえええええッ!」
「無理をするな。俺、いや私は……」
そこで俺は重大な事に気づいた。
「俺は……誰だ……?」
もうね。
おっさんね。
自分の名前だけわからないのよ。
今朝の血糖値はわかるのに。
ちなみに164。
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