新人魔術教師が落ちこぼれの皆さんに人の殺し方を教えます。
ろぐ。
新人戦編
第1話 魔術の使い方。
魔術。
それは奇跡の業。叡智の結晶。神の御業。
人為的に行えるわけがない、そう言われていたのは遥か昔のことだった。
昔の昔、遥か昔。まだ人類が科学の力しか知らない頃。道具を使わなければ火や水を生成できなかった頃。そして…
そして、人類がまだ、争いに銃火器を使っていた頃。
「はーい入学式お疲れさん、各々前の紙に貼ってある席についてくれ。」
術歴3800年を迎えた4月、俺は教卓に立ち入学式を終えた生徒達を席へつかせる。と言っても俺も生徒達と同じ、私立第1魔術高等学校での初めての職務だ。
そう、俺も教師という仕事は初めてである。前までは生徒達に教えるどころか、言えば真反対の仕事をしていたのだが、その仕事も辞め、大学で教員資格を取っていたのを理由に教職に就いた。俺の入学式でもあったわけだ。そう考えると、あの退屈な校長等の話なども多少は眠気を抑えることができた。
まだ魔術がなかった時代の日本…たしか今の教科書には『科学歴』と書いてあったが、その時代からこの入学式やら高校やら大学というシステムはできていたらしい。昔の人達はすごいな。
ともかく俺は全員が席に着いたのを確認し、自分の名前を後ろにあるマジックボードに書いた。
書いたと言っても、指に魔力を少し込めてなぞるだけで文字が浮かび上がるシステムなので、正確には書いていない。
「…っと。はじめまして、新入生の皆さん。俺はこの1-E組を担当する形無千、担当は魔術学実戦特講だ。今年から、この第1魔術高校に新任として入ったまだまだひよっこ先生だ。お互いわからないことだらけだろうが…まぁ青春の3年間、楽しんでいこーか。」
テキトーに挨拶を済ませ俺は魔力を指先に込め、教卓に内蔵されているマジックボードを起動し名簿を開いた。そして俺から見て右前の席の生徒から簡単に自己紹介をさせた。
あぁ。なんか教師らしいことしてんなぁ。俺も高校1年の頃、こいつらみたいに緊張して自己紹介したっけ。
そうそう、ここで笑いを取ろうとすると返ってスベりまくるんだよなぁ。
とか思っていると全員の自己紹介が終わり、俺の指示待ち状態だった。
「おし、全員終わったな。第1に入学したお前らだ、魔術成績は優秀だと思う。だから基礎的なことは多分教えなくても大丈夫だろう。その努力か才能だか知らん魔術を是非この高校で磨いてくれ。以上、HR終わり!テキトーに友達でも作っててくれ。明日から授業始めっからなー。」
そう言うと俺は教室を後にし、職員室へ向かった。
私立第1魔術高等学校。
日本でもトップクラスの名門魔術学校だ。
中学で優秀な魔術成績を残した者だけがその門をくぐることを許される、とてもとてもお偉い高校なのだ。
魔術が生活の軸となっている現代、誰しもが魔術を勉強し、魔術を使用している。
魔術が義務教育化されているくらいだ。
教師になるにあたって色々勉強し直した俺だが、日本は昔は戦争がなかったらしい。もっと昔に遡ればあったらしいのだが、そこまで遡る教科書は最近見ないし、そもそも魔術学を専門としている俺はそこまで深く勉強しない。
そう、今の日本とは違い、内乱や戦争がなかった時代もあるのだ。
ちなみに俺が専門としている魔術学実戦特講というのは、名前の通り、魔術を使用した護身術…いや、主に戦闘を教える。
今は魔術を使用できる体一つあれば、それだけで十分な凶器なのだ。自分の身は自分で守る。それが今の時代を生きる術だ。
…まぁ俺が教えるものなど、使う機会がなければいいのだがな。
と考えているうちに職員室につく。無駄にだだっ広い校舎内なので教室から職員室が遠い遠い。
さすが私立名門ってとこだ。金余ってんなー。
「こんにちはー。形無でーす。今日からお世話になりまーす。」
入り口のところで職員室にいる教師達に挨拶をする。
「君が新人教師の形無君か!いやー魔術学の実戦を専門とする先生が少なくてねぇ。今年は!と校長が力を入れていたんだよー!いやー期待してるぞ!」
見た目的に教頭っぽいおじさんが俺の肩をバシバシ叩きながら笑顔で接してきた。
「あ、そーだ。実戦を生業としてるなら、魔術演算はいくらまで組めるのかね?」
でた、その魔術演算くだり。
魔術演算とは魔術を構成する術式のことで、演算8式から1式まである。8式に近づけば近づくほど難しくなっていくのだが、威力や精密度等が上がる。だが8式の魔術演算を組めるものはほぼおらず、この世界では5人ほどだと言う。まぁ現実的だと、6式まで組めたらいい方だ。というか上等、すごい。戦闘では周囲を圧倒するレベルだろう。
「あー…。4式ぐらいですかね。」
「あ…そなの…。」
明らかに落胆した様子の教頭。
聞いといてなんなんだ。いいじゃねぇか4式でも。教師になれたんだから。
「フンッ…。4式しか組めない分際でよく第1の教師になれたな。まぁしかしE組担当はこれで納得がつく。平凡は平凡を教えるに限るからな。」
奥の方の席で俺を罵倒する声が聞こえた。
俺のことはいいが、生徒達をバカにするのは少し気分が悪い。…自己紹介誰も覚えてねぇけど。
この学校はAからE組に分けられていてAに近づくほど成績優秀者、Eは…簡単に言えば入学者の中の落ちこぼれみたいなものだった。
「こらこら、そう意地悪言わないの、雀須先生。…ごめんなさいね、形無先生。…あ、私は那珂です、よろしくね」
罵倒した雀…須先生の隣にいたグラマラスボディに胸元が開いていかにも挑発しているような服装の女性が話しかけてきた。誘ってるんですか誘ってるんですかそうですか。
「はぁ…まぁぼちぼち頑張ってくんでよろしくです。」
その日は那珂先生に校内を案内してもらい帰宅した。
「ただいまー…って誰もいないよな。」
俺は鍵を開け家に入った。鍵がある家など今の時代ほぼ存在しないのだが、俺が住んでいるアパートは鍵を使っている。魔術にかかればこの原始的なセキュリティなど簡単に突破できるが、俺の鍵にはトラップを仕掛けてあるので、鍵に魔術を行使すれば爆発するような仕掛けにしてある。
爆発。そう、アパートごと。他に住民はいないので心置きなく仕掛けさせてもらった。誰か一回来てくんねぇかな。ちょっと見てみたい。
俺はすぐシャワーを浴び、湯船に浸かった。
「ただいま…か。」
湯船に浸かりながら、そんなことを口にした。
ただいま…か。
ただいまなんて言う相手、とうの昔に居ないというのに。
「おっす、おはようございますー。さて、出席確認もそうそうにして、俺の初授業、始めたいと思いますー」
今日の授業は1限から魔術実戦。1限というか1限から4限の午前中は全てだ。最近世界情勢が不安定になってきたからか、日本政府が若者の魔術教育に力を入れているらしい。
そんな若者が戦場に立つ日なんて、来なければいいのだがな。
「先生、今日は何からするのですか。基本的な実戦勉強は中学の時に教えてもらったのですが。」
小生意気なことを言う女子生徒は…と教卓のマジックボードで名前を確認する。
「えーっと、小嶋美南ちゃんかな?合ってる?」
「合ってるも何も、昨日最初に自己紹介したばかりじゃないですか。覚えていないんですか?」
「いや、めちゃ覚えてる。可愛い子は忘れない主義でね。」
「…最低。」
黒髪のロングヘアに青い瞳の女の子。がキツい目つきで俺を睨む。
俺の軽口か名前を覚えていなかったことかその両方か知らないが一回り下の女子に罵倒されるのも案外悪くないとか思いつつ、質問に答えてやることにした。
「お前らが中学で何を学んできたかは知らんが、俺は俺のやり方でいく。よし、動きやすい格好に着替えてって…もう着替えてるか。第5演習場に集合だ!」
校内もだだっ広いが外もだだっ広い。というかこの敷地がだだっ広い。魔術結界を施してある演習場が計15個もあり、グラウンドやプールもある。演習場は各学年の全クラスが一斉に使用できるよう15個あるらしい。魔術を行使するため破壊されないよう強固な魔術結界が張ってある。いかんせんその結界の費用がバカにならないので、大抵の学校は3個ほどである。
さすが名門といったところだ。
第5演習場に全員が集まったのを確認し指示をする。
「おーし、全員いるな。俺がまず最初に教えるのは魔術演算1式と2式だ!」
そう言うと生徒達はザワザワし始めた。
それもそのはず、魔術演算1式や2式は小学校で習うレベルの魔術だ。E組とはいえ、小中とエリートで上がってきたであろう人間が1式2式を高校になって学ぶとは思わないからな。
「せ、先生!それは…本気で言ってるのですか…?」
美南ちゃんではない女子生徒が言う。
待て、名前わからんから発言する前には名前を言ってから言うシステムにしよう。
「えーっと。…ぅゃぁみぁちゃん!本気も本気だ。マジと書いて本気と読むぐらい本気だ。」
「あの…千佳です。」
あ、テキトーに言ったのバレた。
「そうそう千佳ちゃんだ千佳ちゃん。」
今度家帰ったら名前覚えよう。
「ふざけんな!!今更になって1式なんてバカらしいマネできっかよ!!」
「そーだそーだ!!教師やめろ!!!」
固まって俺の話を聞いていた生徒達の後ろの方から怒声が聞こえた。男子生徒の声だ。それにのっかりほぼ生徒全員が怒りの声を上げた。
まぁこれぐらいの批判は想定内だ。しょうがない。俺が逆の立場でもそう言うだろう。
「クソ童貞が!!!!!!」
「誰だ童貞っつったのブッ殺すぞこの野郎ッッ!!!」
童貞だけは許せん。
「はぁ…わかってねぇなぁお前ら。おい千佳、1式魔法の攻撃系雷魔法はなんだ。」
俺はため息をつき、名前を教えてもらった千佳に問う。ちなみに俺がちゃんをつけるのは最初だけ。2回目からは呼び捨てにする。ずっとちゃん付けをするのは媚びているみたいで嫌だからだ。
「えっと…〈スパーク〉です。」
「そうだ。〈スパーク〉だ。じゃあ…よっと。」
俺は魔力を地面に流してターゲットがついたマネキンを、俺達がいる場所から30mほど離れた場所に出現させた。というか地面から出てきた。怖い。
仕組みは那珂先生に教えてもらったがいざ目の当たりにすると…な。
「あれに〈スパーク〉当ててみろ。」
「え?…は、はぁ。」
千佳は利き手であろう右手を前に出し、魔力を込め、術式を展開する。
手のひらの前には術式の円が1つ。
これが魔術演算1式の形だ。式が増えていくごとに円が増えていく。
頭の大きさぐらいまで術式が展開されると
「〈スパーク〉!」
と唱え標的のマネキンに向かって紫の雷が放たれた。
30mのマネキンに2秒ほどで雷が到達し、マネキンが少し焦げているのが確認できた。
「これで…いいですか?」
「あぁ。十分だ。術式の展開の的確さ、ターゲットに当てる正確さ。パーフェクトだな。」
「だったらなんで今更1式なんか!」
美南がこの無意味とも思えるやりとりに我慢できず口を挟んだ。
「パーフェクトだ。……演習ならな。」
「な、…どういう意味!?」
美南がいいリアクションを取ってくれる。誰かに教えるというのは気持ちがいいな。教師という職が安月給にも関わらず無くならない理由が、不純な動機としてわかった気がする。
「これがもし戦闘だったとして。これがもし戦禍の真っ只中として。……殺し合いだったとして。」
俺は話しながらもう1体マネキンを出した。
「あんな焦げ目をつける程度の威力、誰が死ぬ?」
生徒達は黙った。
そうだ、お前達は小中で受けた生温い授業を受けているのではない。俺から相手を殺す術を学んでいるのだ。
「で、でも…」
美南が反論する。
「でも、実戦では2式や3式魔術を使えば…」
「敵が大勢いた場合、2式の範囲魔術を行使するのもいい。3式の威力が高い魔術を行使するのもいい。…だが展開する時間、浪費する魔力等を考えると1式が一番効率よく……相手を殺すことができる。」
美南も黙り、青い瞳を下に向ける。
魔術というのはなにも無限に発動できるわけではない。スタミナと同じ、限界がある。個人差はあるが、体内にある魔力が尽きると魔術を使えなくなるのだ。
今の戦場において魔術が使用できないことは、イコール死に繋がる。
「大体机上でしか戦場を知らない最近のセンセーどもは知らないんだよなぁ。戦場では1式がセオリーなんだよ。」
「その口ぶりからして、戦場を経験したことがあるみたいじゃない。」
違う女の子が青ざめた顔で聞いてくる。名前はー…後で名簿見よう。顔は覚えたし。
「……まぁ見てろ。これが〈スパーク〉だ。」
俺は誤魔化すように遮り、マネキンの方へ体を向けた。右手を前に突き出し、標的であるマネキンに狙いを定めた。
〈スパーク〉。
術式は直径5cmほどの大きさで展開し、雷はマネキンの頭部を貫き、その先の結界が張られている壁に衝突し、消滅した。
発動してから消滅まで、1秒とかからなかった。
「は、速すぎて見えなかった…。」
千佳がその場に座り込んだ。美南が目を見開き信じられないという表情をしていた。生徒全員が驚愕し誰一人として喋ることはなかった。
「これが、人を殺すということだ。」
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