第三十七話 一難去って

「皆に立ち替わり感謝の意を表させていただきます、アーク・ダイオーン様」

「な、何の話だ、ルュカ」


 こほん、とわざとらしい咳払いをして続ける。


「私は、悪の首領としての務めを果たし、当たり前のことを当たり前に言っただけの話。わざわざ礼を言われるようなことはしていない。何一つ、な?」

「それでも、ですよ。私は嬉しかったのです」


 そううなずいたルュカさんは、玉座の上で居心地悪げにお尻をもぞもぞさせているあたしを見つめたまま微笑んだ。こちらもこちらで随分と気まずい状況である。だがしかし、有難いことにルュカさん自ら話題を他へと変えてくれた。


「抜丸たち隠密潜入班が、ようやく《改革派》のアジトらしき場所を特定しました。ただ……すでに別の場所に移ってしまった後で、なおも追跡中です」

「承知の上、ということか」

「それとは別に《正義の刃ジャスティス・エッジ》についてですが――」


 途端にあたしを苛立ちが包んだ。


「やはり取るに足らない存在だった、それだけのことだ。今回の地震騒ぎでも奴らは行動を起こそうともしなかった。何が正義だ、笑わせる……」




 結局、被災地の救助を行ったのはあたしたち《悪の掟ヴィラン・ルールズ》だ。


 遅ればせながら自衛隊も派遣されたようだったが、最後まで《正義の刃》は姿すら見せず、お悔やみのコメントすら発信しなかった。




 いや。




 むしろ、今回の地震騒動を《悪の掟》によるテロ行為だと決めつけ――あながちそれは間違いでもなかったが――マスコミを無闇に煽るだけ煽り、世間の非難の目をあたしたちに集中させることに終始していた。下町の人たちは頑としてそれを信じようとせず唾を飛ばして怒っていたが、繰り返しあたしたち《悪の掟》の事については秘密にしてください、と頼み込んでいたので、テレビの取材には苦い顔をしてそっぽを向くくらいしかできなかったようだ。




「実に不愉快極まる。やはり、近々直接ケリをつけてやらねばなるまい」

「仰せの通りです、アーク・ダイオーン様。彼らを野放しにしておくのはあまりに危険です」

「うむ」


 今や彼ら《正義の刃》はマスコミというとりわけ厄介な武器を得た。ペンは剣より強し――そんな常套句が咄嗟に浮かんだが、それは本来の言葉の意味とは別の物だ。ようやくこの小さな町一つを味方につけたといっても、世間という大局を前にすればあたしたちはあまりに無力だった。何一つ解決していない状況に頭が痛い。


「ただでさえ、この町の復興に力を注がねばならんという最中に……面倒事はもうごめんだ。これ以上、厄介な事が起きなければいいのだが……」


 世の中ではこれを、フラグ、と言う。


 ま、アニメとか漫画の話だけど、あながち間違ってもいないのだから困ったものだ。ある意味、世の常、究極の真理というべきか。




 そして――。




 みーっ!

 みーっ!


「……今度は何だ」

「これは……基地内の緊急信号ではありません!」


 ルュカさんは手元の通信機を使って情報処理班が得た情報の報告を受けていた。


「え……そんな馬鹿な!?」


 あの冷静沈着なルュカさんが真っ青になっていた。


「宇宙空間からの隕石の飛来? ではこれは国家ぐるみで発信されている緊急警報ですか!」

「嘘……嘘でしょ!?」


 アーク・ダイオーンを演じることすら忘れたあたしは悲鳴を上げた口元を震える手で覆う。


 そういえば美孝と麗が、一九〇年に一度の巨大彗星が間近で見られる、そんな話を口にしていた気がする。だからと言って、地球に直撃する軌道を取っているだなんて危機的状況なんかじゃなかった筈だ。少なくともそんなわずかな懸念でもあれば、それこそ世界的な対応策が早急に取られていた筈だ。




 そこからはぐれた隕石が……落ちてくる!?




「ならば、日本目がけて落ちてくるということか!? で、予想地点は何処だ、ルュカ!?」

「……」

「――ル・ュ・カ・!!」


 あたしの一喝でルュカさんは、はっ、と我に返る。


「それが……この下町周辺だと……思われます」

「え………………!」




 その瞬間、あたしの頭は真っ白になった。




 もう、全てが終わり。

 何もかも。






 ◆◆◆






 ――でぇじょうぶ、何とかならぁ。


 何処かで、誰かが言った――気がした。





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