第三十五話 セイギノミカタ

「ああ……ひどい。ひどいよ……大変なことに……」


 すでにあたしはあたしで、アーク・ダイオーンではなく、お嬢と呼ばれる女子中学生に戻っていた。


 涙でゆがんだ視界のあちこちになかば倒壊しかかった木造の家々が飛び込んで来ると、途端にあたしの心臓は早鐘を打ち始めた。比較的新しい建物もガラスが割れ、壁に亀裂が走っている。通りには行き場を失った人々が自分の身体をひしと抱き締めるようにして覚束ない足取りで彷徨い歩いており、そのうちの幾人かがちょこりと小さなあたしの姿を見つけて、泣き笑いのような表情を見せて駆け寄ってきた。


「ご無事でしたか! お嬢!」

「良かった……心配してたんですよ!」

「あたしもだよ! 皆無事? 怪我はしてない?」


 集まった数名は互いの顔を見合わせから、不安そうに表情をくもらせた。


「ここにいるのが全員じゃないんです。まだ、家の中に残っているのかもしれなくって……」

「じゃあ、探しに行こう! 急がないと!」


 数名の構成員には災害時の緊急避難所に指定されている小学校へ無事だった皆を誘導するように伝え、あたしとルュカさんを筆頭にした残りのメンバーで一軒一軒見回ることにした。


「おーい! 大丈夫ですかー!」

「助けにきました! 返事をしてください!」


 沈黙と静けさが、じわりじわり、とあたしの心を侵食してくる。他の皆も同じような表情を浮かべつつも、必死に喉を枯らして呼びかけていく。


「人化を解かずに能力が使える人たちはやって!」


 もう、なりふり構っていられない。

 できることは全部やらないと!


 あたしは声をひそめることも忘れてお願いする。


「じ、自分は透視ができます!」

「お、俺は小さな物音を拾いますよ!」


 そうして、町の端から一軒ずつ逃げ遅れた人が残されていないかを確かめていく。


「……います! いました! この家の奥の台所に二人!」

「けど、この瓦礫の量……人間の姿のままじゃ無理です! 重機でもなけりゃあ!」


 分かってる。

 分かってるけど――!


「良い! あたしが許可する! 人化を解いて!」

「――!? しかし!」


 ルュカさんが仰天して止めようとしたが、あたしの決意は揺るがなかった。


「解いて良い! 後のことは全部責任を取るから! まずは助けてあげることを優先して!」

「承知――っ!」


 轟!と吼え、本来の姿に変じた鬼人武者さんが迷うことなく瓦礫の山に手をかけた。もう一人、そしてもう一人と加わり、めきめきと潰れた屋根が徐々に持ち上がっていく。


「これだけ隙間があれば! 俺、行きます!」


 さらに蛇のような光沢とぬめりを帯びた姿に変じたバイパーさんが素早く中へと潜り込む。ほどなく遠くから、ひいっ!と弱々しい悲鳴が上がったが、バイパーさんは大事そうに二人の老夫婦を抱えて無事脱出した。


「ま、麻央ちゃん……この人たちは……!」

「あとできちんと説明するから。今は聞かないで、お願い。でも……無事で良かった!」

「もうおしまいかと思ってたよ……ありがとね」

「うん。あたしも嬉しい! 小学校まで行ける?」


 老夫婦はあたしの周りに立つ面々をこわごわ眺めつつ、何とかうなずいた。

 その両肩が震えているのは、きっと地震のせいだけじゃないのだろう。




 それでも――いや、今は考えるのはよそう。




「次に行くよ! 皆、ついてきて!」




 今は一人でも多く助けること。

 あたしは間違ってなんかない。




 ◆◆◆




 やっと全ての家を確認し終えたあたしたちは、避難した人たちを集めた小学校へ向かった。


 だが、そこには――。






「どうなってんだ、こいつらは! 化物なんて!」

「あ、あたしたちをどうする気なんだい……?」


 足を踏み入れた途端、雀蜂の巣を突いたように、うわん、とした怒号と悲鳴に包まれた。


「ま、麻央ちゃん! あんた……!」

「銀次郎さんとこの孫だろ? 説明しとくれ!」


 いきり立って足を踏み出しかけた構成員たちを制して、あたしはゆっくりと体育館の舞台へと進んで行く。その間も人々の口からさまざまな言葉が投げつけられる。


 壇上に立ったあたしは声を張り上げた。


「皆さんに聞いてもらいたいことが――」




 しかし、たちまち掻き消されてしまう。

 それを一瞬で沈めたのは、別の叫び声だった。




「いい加減にしろ! いいから麻央の話を聞け!」




 声の主は――《セイギノミカタ》こと瀬木乃美孝だった。



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