第二十九話 思いどおりにはいかない

 一週間が過ぎた。




 そして、町が少しずつ活気を取り戻し始めた。




 さすがに、いきなり大繁盛!だなんて都合の良いことはなかったけれど、シャッターを閉め切ってたいろいろなお店が息を吹き返し、この界隈に住んでいる皆もわざわざ駅の方まで出かけなくてもほとんどの買い物が済むようになった。鉛筆と消しゴムを買うだけでデパートまで行かなくてもいいなんて、なんて便利なんだろう!


 いつもは通り過ぎるだけだった観光の人たちもあちこち立ち寄ってくれるようになったので、町の通りの隅々まで新鮮な空気が流れ込み、淀んだ雰囲気をかき回して吹き飛ばしてくれるように感じる。


 おじいちゃん、おばあちゃんたちにも喜んでもらえているみたい。

 それが一番の目的だったんだから大成功!


 跡継ぎ、後継者なんてのは半分嘘みたいなもので、皆銀じいみたいに最期の最期まで、にこにこ楽しく過ごせたらな、って思ったからだ。




 そりゃあ、正体を隠してお金まで取るってことには、ちょっぴり罪悪感もあるけど……。




 ウチの怪人さんたちは良い人たちばかりだって、悪の首領二代目を引き継いだあたしなら胸を張って言える。それに何処かのおじいちゃんが言ってた――どうせ年金貰ったって、パチンコやら酒やら、ロクな使い道なんかありゃしないって。だったらお互いを必要として、お互いが必要な物を分かち合うこの関係は良いことの筈だ。




 本当に何もかも思いどおり!

 何だか夢みたいだ!


 全てがうまく進んでいる。




 その瞬間まであたしはそう思って――いや、思い込んでいたのだった。






『七時のニュースです――』


 時報と共に男性アナウンサーがお辞儀をする。


『この時間は、昨日発生したテロ騒動についてお伝えします。警察からの発表によると、犯行に及んだ容疑者集団からの声明文が届き、彼らは自らを悪の組織《悪の掟ヴィラン・ルールズ》と名乗っているとのことで、関係者の間には当惑が広がっています。さらに――』


 唐突に、ぷつん、と画面が切り替わった。


 思わず箸の止まったあたしの目の前のスクリーンには、チャンネルは切り替わったというのに、まだ似たような特別番組が映し出されていた。


「あら? ごめん、もしかしてさっきの観てた?」


 いつかと同じように和子おばさんが尋ねる。


「う、ううん……。ま、この時間、何処も同じのやってるみたいだし、大丈夫……」




 全っ然、大丈夫じゃない。




 嘘、嘘だ。

 大嘘の嘘っぱち。


 あたしはちっとも大丈夫なんかじゃなかった。




 お茶碗を持つ左手が小刻みに震えているのが自分でも分かる。それを悟られまいとご飯を夢中で掻き込み、まだ熱いお味噌汁を一気に流し込んだものだから、ごふっ、とあたしは盛大にむせた。途端に泡を喰った和子おばさんが腰を浮かせてあたしの背中をぱんぱんと叩き始めたが、それを押し退けるようにして息も絶え絶えに台詞を絞り出した。


「だ、大丈夫! やること思い出しちゃったから、真野の家に戻るね! お風呂はいいや!」

「本当に大丈――風呂はいいや、って良かないよ!」

「良いって! 今日はパス! ご馳走様でしたぁ!」


 あたしは、どんどん、と胸を叩きながら、一目散に真野の家に逃げるように走っていく。



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