第二十八話 交渉はタイヘン

「あー。もっかい聞くんだけどね? その人はヘルパーさんなのかい、麻央ちゃん?」

「ち、違うってば山辺のおばあちゃん! バイト! アルバイトの人だって!」


 そろそろ喉が枯れ始めてきたんですけど……。

 あたしの隣にいる田中一郎さん(仮名)もぽりぽりと頭を掻くばかりで苦笑いをしている。


「ああ、アルバイトね! 分かった分かった」

「そうそう!」

「で、何処でアルバイトしてるんだい?」

「あ、あのね、おばあちゃん? もっかい言うよ?」


 もう一度、腹の底から声を出して説明を始めた。


「この、おばあちゃんのお店! 山辺文房具店! ずっとお休みしてるでしょ? あたしたち近所の子たちは困ってるんだ。だって、町に一軒しかない文房具屋さんがお休みなんだもん。何か欲しい物があっても、バスに乗ってデパートまで行かないといけないじゃない。で、ちょうどこの人がアルバイト先を探してるって言うの。そしたら、お店開けられると思ったから連れてきたんだよ。分かった?」

「じ、自分! 田中一郎と言います!」

「ああ、そういうことかい。成程ねえ」


 山辺のおばあちゃんは何度も頷いて、田中一郎さん(仮名)に無邪気な笑顔を振りまいた。


「そうかいそうかい。助かるねえ。麻央ちゃんの知ってる人ならお願いしてもいいかねえ」

「よ、よろしくお願いします!」

「でもねえ……お給金はどうしたらいいんだい?」

「時給六〇〇円……で、どう?」

「あたしゃ構わないけど安すぎやしないかい? 逆にお上に怒られちまうよ。……そうだ!」


 そこで山辺のおばあちゃんは悪戯っ子のようににんまりと微笑んだ。


「どうせ孫も寄り付きゃしないしねえ。この婆さんの話し相手と、ちょっとした家の中の仕事を手伝ってくれるならもうちょっと出してあげるよ。時給七〇〇円、それでもいいかい?」


 あたしは田中一郎さんと目くばせをして、彼の意志を確認してから頷いた。


「よし! 決まり!」




 すでに何件も周り、事前にルュカさんと調査もしているからあたしは知っている。


 東京都の最低賃金は九八〇円くらい。

 安売りは端から承知の上だ。




 それでも、今までは一日足を棒にして、空き缶や屑鉄を拾い集めて六〇〇円だったのだ。この町のおじいちゃん、おばあちゃんなら履歴書だ身元が何だとうるさいことを言わない。それを考えたら破格の条件だ。


「では、明日から、お願いします!」

「はい。楽しみに待ってるよ。何だか嬉しいねえ」


 ぺこぺこと何度も丁寧にお辞儀をする田中一郎さんと共に引き上げつつ、あたしは辺りに人影がないことを確かめてから囁いた。


「良かったね、デス・トータスさん」

「お嬢にこの姿でそう呼ばれると何だか恥ずかしいな……。でも、自分、最後だったんで凄く嬉しいです」

「うんうん。あたしも嬉しいよ。頑張ってね!」




 これで、丸一週間かかった就活も終わりだ。


 体力班は、鬼人武者さんの口利きで無事に建設現場での仕事にありつけた。器用さがウリの面々は、畳屋さんや和菓子屋さん、革細工の職人さんのところで半分弟子入りの形で働かせてもらうことにした。頭脳班は基本的にレジ打ちや接客業。


 このデス・トータスさんみたいな平均的な能力の人たちの場合はちょっぴり苦労したけれど、それもこれで完了だ。ついでに一人、ちゃっかり真野煙草店のお店番も確保したあたしってば賢い。


 元々、近くに由緒正しきお寺や神社、植物園だってあるんだから、ちゃんとお店が開けばそこそこお店は繁盛してくれる筈だ。おじいちゃんおばあちゃんたちも、どうせ年金暮らしだから、と、さっきの山辺のおばあちゃんみたいに、話相手込みで家の中の手伝いもしてくれるならアルバイト代なんて安いもんだ、と言ってくれたのも大きかった。




「これで、この町も生き返るといいんだけど……」

「町おこしでしたよね。きっとうまくいきますよ」


 ああ!

 明日からが楽しみだ!



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