第十五話 しばしの日常

 朝起きても、まだあたしの胸はどきどきしていた。


 同時に。


(何であんなこと、言っちゃったかなー……)


 ちょっと後悔。

 ちょっと恥ずかしい。


 おでこや頬を触ると妙に熱っぽい。

 多分、風邪ではないと思う。風邪なんか引いてる場合じゃない。




 いつものように瀬木乃家で朝食を済ませると、学校へと向かう。


 今日は美孝も一緒の日だ。

 その理由は分かりきっていた。


「うへぇ、期末試験か。部活も休みだし」

「ユーウツ……」


 揃って朝から肩を落としてしょんぼりと登校する。


「そういやあ、麗と仲直りしたのかよ?」

「仲直りって……大袈裟だし」

「じゃ、登下校の時、一緒だったりするんだろ?」


 痛いところを突かれたが、素知らぬ振りで歩く。そう言えばこのところ麗の姿を見かけない。言われるまで気付かなかったと言いたいところだけど、それは嘘だ。お互いがお互いに気付くと、何となく避けてしまっているように思う。


「麗は生徒会の仕事もあるもん。忙しいんじゃない? テニス部だってレギュラーだしさ」

「だったらいいけどな」




 美孝のこういうところ、好きだし嫌いだ。


 銀じいが《正義の味方》って呼んでたのも、ある意味当たってると思う。お節介だし、心配性。人が踏み込んで欲しくない部分にまで平気でずかずか入って行ける度胸と言うかヘンな勇気がある。




「人のことより、自分の心配したら? また酷い点取ったら、和子おばさんに殺されるよ?」

「それな」


 お道化てポーズをとってみせるも、今一つ決まらない。それこそ魂が洩れ出してるんじゃないかってくらいの溜息を吐いて美孝はぼやいてみせた。


「お前はいいよなぁ。中間だって点数良かったし。三〇〇人中五〇番以内だっけ?」

「ちゃんと勉強してますしー」


 努力は報われるのです。

 あたし、頑張ったもん。


「ちぇ」


 ちゃんと勉強していない美孝はむくれた。


「俺だって勉強しようとはしてるんだぜ? でもさ、部活の連中と勉強会すると、いつの間にかゲーム大会になっててさー。マジカーとかスメブラとか」

「あたしんち、ゲームなんてないもん」

「だっけか」


 途端、美孝が、あっ、と声を上げた。


「じゃあ、じゃあ! 麻央んちで勉強会やれば良いんじゃね!? 昔、良く集まったじゃん? 麗も呼んで三人でさ――」

「………………やだ」


 へったくそ。

 そんな見え透いた手になんて、乗ってやるもんか。


 ぎろり、とあたしに睨み付けられた美孝は、吹けもしない口笛を吹きつつ、頭の後ろで腕を組んで独り言のように呟いてみせた。


「じ、じゃ、別の方法、考えるかなー」


 やっぱり――。

 美孝のこういうところ、好きだし嫌い。




 ◆◆◆




 期末試験前の一週間、あたしはひたすら勉強した。

 麗とはずっと口をきいてないまま。




 そして、VRルームのことも忘れかけていたのだ。




 ◆◆◆




『七時のニュースです――』


 時報と共に男性アナウンサーがお辞儀をする。


『この時間は、昨日発生した越後官房長官宅襲撃事件の続報をお伝えします。いまだ犯行に及んだ容疑者は特定されておりませんが、その後の警察の調べにより、事件には別の側面があることが明るみになりました。現場検証の際、越後官房長官による関連企業との収賄の証拠と目される書類が見つか――』


 唐突に、ぷつん、と画面が切り替わった。今は今人気のアイドルが子犬を抱きかかえているシーンがスクリーンに映し出されている。


「あら、ごめん。もしかして、観てたかい?」

「え……?」


 リモコンを片手で構えたままの姿勢で和子おばさんが困ったような笑みを浮かべてあたしを見つめている。その顔をじっと見つめたまま、あたしは口の中で噛みかけになっていたご飯を、ごくり、と音を立てて飲み下してから答えた。


「んな訳ないじゃん。ニュースなんてつまんないしこっちの方が良い。わんこ、可愛い」

「だよねぇ」

「お、俺、野球が――!」


 ぎろり。

 和子おばさんの鋭い視線を受けて美孝は言い直した。


「な、何でもないです。良いですね、わんこ」

「だろ? 悪い頭も癒されるといいんだけどねぇ」

「くっそ……いつからウチは能力至上主義になったんだよ。ヤマさえ外れなければ……」

「何か言ったかい?」


 ぶるぶるぶるっ!と美孝は水浴び後の犬みたいに首を振った。

 一夜漬けでヤマを張るからそうなんの。




 それにしても――。

 あたしはお茶碗の中に残ったご飯を睨み付けながらしばし思いを巡らせた。




 さっきのニュースといい、このところ妙な事件が多くなった気がする。


 共通するのは、被害者はいない、ということ。

 いや、正確に言えば、被害者イコール加害者だ、ってことだろう。


 さっきの官房長官だってそうだ。自宅を襲撃された、という一報がすぐに塗り替えられ、被害者だった筈の人の犯していた悪事が暴かれて、一転、加害者になってしまっている。死亡者どころか怪我人はいない。盗まれた物も何もないらしい。これも共通点。ただ、もしかするとそれは、盗まれたと世間に知られると逆に困るような物が盗られたのかも知れない、とも思う。だから、何も盗られてないと言うしかなかったのかも、と。


 この前は大物俳優の薬物所持だった。


 さらにその前は、ブレイク中のアイドルの過去の喫煙歴が暴露された。


 いずれも自宅や事務所を何者かによって襲撃されて発覚、というのも奇妙な共通点だ。そこまで大きな事件でなくても、地方政治家の業者との癒着や、クイズ番組でお馴染の知的を売りにする作家の経歴詐称なんていうのもあった。これも事が明るみになった経緯はほぼ同じだ。




 そして、最大の共通点は――。




(んな訳ないじゃん。あれはゲームの世界での話なんだし……)


 でも、確認しなきゃ。

 あたしは残ったご飯を一気に掻き込んだ。



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