第十四話 清聴!清聴!

 ご飯、うまー。

 お風呂、癒されるー。


 そんな訳でほっこり安らかな気分になったあたしは、よせばいいのにまたもやVRゴーグルと指輪を装着し、ごん……ごん、と重い響きを立てるエレベーターに乗り込んでいた。どうせアバター姿なんだもん。パジャマでオッケーだよね。早くも慣れたもので気楽なあたし。




 扉が開く――。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ひ――ひいっ!?」


 何これ何これ何これえええっ!

 最初より人数が多くなってるんですけどっ!


 耳をろうする大歓声に迎えられ、思わず腰が引けていかにも女子っぽいくねっとした仕草をしてしまった悪の組織の大首領、アーク・ダイオーンの登場シーンに、詰めかけた面々が喉を震わせ発していた歓声の語尾に『?』が追加されたのが分かってしまった。


「あー……おほん」


 何事もなかったですよーとすぐさま背筋を伸ばし、なるべく威厳ある態度に見えるように姿勢を正した。


「……み、皆よ、驚かすものではない。危うく禁断の必殺技をこの場で披露してしまうところだったではないか」

「申し訳ございません、アーク・ダイオーン様」


 脇から進み出てうやうやしく頭を垂れたのはもちろん頼りになる参謀、ルュカさん。


「あ……うん。も、問題ない。気にせずとも良い」


 とりあえず促されるままに玉座に腰を降ろす。


「で……これは一体何の騒ぎだ、ルュカ?」

「騒ぎと言うほどではございません」


 あたしの科白が叱責しっせきではなく、単なる質問だとちゃんと伝わったようだ。ルュカさんは相好を崩して微笑みを浮かべると、左目にめた片眼鏡モノクルを支えるように指を添えて応じた。


「先程、アーク・ダイオーン様より賜った御意思を基に、新たなる使命とそれぞれに合った任務を皆に伝えていたところでございます。ですが――」

「……ですが?」

「いたく皆の心の奥底に響いてしまったようでして、いやおうにも士気が高まり、このようなお見苦しい状況と相成あいなってしまいました……。やはり、このルュカントゥスのごとき弁の足りぬ者では、アーク・ダイオーン様の崇高すうこうなる御意思を伝えるには力不足であったと言わざるを得ません。申し訳――」

「そうやってすぐびるのは良くないぞ。良いではないか。大いに結構。うむ。とても良い」

「う――っ。か、感激の極みでございます!」


 ルュカさんは声を詰まらせ胸ポケットから取り出した白いスカーフで目元を押さえている。そんな大袈裟おおげさな、と内心あたしはあわあわしていたが、こうでも言っておかないと、やっぱりアーク・ダイオーン様自らお言葉を!などと言われかねない。




 ――という計画通りの筈だったんだけれど。




「一同! 拝聴!」


 うわうわやめてやめて!




 が、時すでに遅し。

 止める間もなく、ルュカさんは高らかに宣言した。


「アーク・ダイオーン様よりお言葉である!」




 し……ん。

 あれほどざわついていた大広間に静寂が訪れた。




 さまざまな姿形すがたかたちをした怪人たちは一糸乱れぬ統率力を発揮して姿勢を正し整列すると、悪の大首領、アーク・ダイオーンからの言葉を待っていた。その表情は、爬虫類型や昆虫型や不定形などそれぞれベースの差異はあるものの、ひたすら真摯しんしで純粋だった。


 ごくり。


 あたしは乾いた喉で唾を呑み下し、震える指先で肘掛を押さえつつ、ゆっくりと玉座から立ち上がる。




 本音を言えば――すぐにも逃げ出したかった。


 でも、彼らの熱い気持ちに応えないと、という気持ちの方がはるかに強かったんだ。




「ここに集いし誇りある《悪の掟ヴィラン・ルールズ》の諸君!」


 あたしはあらん限りに声を張り上げた。


「私は常に思うのだ。悪とは何か?と――」


 大広間の隅々までその問いが沁みわたる。


「それは行為や行動か? いや、違う。それは醜悪な見た目やうわべだけの恐ろしさか? いいや、断じて違う。……いいか、皆よ? 悪とは意志であり、志だ。それを見失ったり、見誤ってはならぬ」


 そうじゃないんだ!と感情のおもむくままに訴えた。


「――高潔なる悪と成れ! 偽りの正義や非道なる悪を正し、我らの前に悪は無しとこの世界に知らしめるのだ! そして、我らの覇道の前に立ちはだかる真の正義が現れたその時こそ、《悪の掟》は全力をもってそれを叩き伏せ、捻じ伏せようぞ!」




 一拍の後。




 大広間は割れんばかりの大歓声に包まれたのだった。



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