第七話 三人揃えば
つつがなく授業も終わり、その日の帰り道。
「……ちょっと離れてよ、美孝」
「べ、別に近くなんてないだろ。そういうの、自意識過剰ってんだぜ、ばーか」
中間試験まで一週間。
それまで部活は休みなので、何となく美孝と二人で下校することになってしまった。ちなみに美孝は野球部で、あたしは美術部。あたしの方はほぼ幽霊部員だけど。
「あ、あのさ――」
突然、美孝が言いづらそうに切り出した。
「……何?」
「い、いや。何でもない」
変な奴。
あたしが、ぎろり、と睨み返したら、少し嬉しそうな顔してにやにやしている。キモい。
「ご機嫌よう、麻央さんに美孝さん」
「あ、麗だ」
「うーっす」
この変なお嬢様言葉の挨拶を聴くのもひさしぶりな気がする。知らない人はいまだに驚いた顔をしたりするけれど、あたしたちはすっかり慣れっこである。
この子の名前は、
あたしたち三人は、保育園からずっと一緒の腐れ縁だ。
そんな訳で突如三人揃って下校ということになってしまい、あたしは少しユーウツになってしまった。
別に……迷惑じゃない。
ただ、まだ少し、そういう気分じゃなかっただけ。
「そういえば……もう大丈夫ですの?」
しばし取り留めもない話をしつつ歩いていると、少し言いづらそうに尋ねてきたのは麗だった。
「何の話?」
「あ、あの……。麻央のお爺様が亡くなられて、まだ日が浅いものだから心配で」
「大丈夫だって」
少し嘘を吐くあたし。
「わたくし、その日はどうしても
「許すも何も。あたしだって分かってる。麗だって、銀じいのこととっても好きだったって」
「それは本当に……。やっぱり行くべきでしたわ」
「今度、線香でもあげに来てよ。それでいいから」
こんないかにもご立派な苗字でお嬢様っぽい口調で話す麗だけれど、特別お上品な上流家庭で育った訳でもなくって、小学校に上がる直前から突然こんなキャラになってしまった。確かにこの
しばらく麗は肩までのロールのかかった髪を指先でくるくると
「ね? ひさしぶりに遊びませんこと?」
「別にいいけどさ。何すんだよ?」
「ちょうどお話も出ましたことですし……もちろんアレですわよ!」
美孝が困ったように笑って問い返すと、しゃきーん!とお嬢様らしからぬポーズを取って、麗がいきなり大声を張り上げた。
「超国際救助戦隊ユニソルジャー! 世界の何処までも、南極点から即到着!ですわ!」
ずきり。
胸の奥で息を潜めていた
「……ばっかじゃない? 中学生だよ、あたしたち。それに女の子だもん、もう嫌いだし」
「お、俺はまだ見てるけどな、別の奴!」
あたしの顔色をそっと
「銀次郎お爺様も大好きでしたわよね、あれ! もちろん、わたくしだって大好きでしたわ! 子供ながらにわくわくしましたもの!」
今だって十分子供じゃん、そう言いたいのを
ぱん!
「そうそう!」
麗が突然、興奮を抑えきれずに小気味良い音を立てて手を叩いたので、本当に突き破られて弾けたのかと思っちゃったくらいだ。
「銀次郎お爺様ったら、あたしたちに
ちら、と視線を向けると、美孝は複雑そうな笑みを口元に浮かべながら応えた。
「セキノ・ミタカだから、《正義の味方》だっけ? 銀じいってさ、そういう駄洒落みたいなの好きだったよなぁ」
「で――?」
あーあ。
ホント、麗って余計なことを思い出させる。
むっつりと黙ったままそっぽを向いてたけれど、すぐ隣にある期待の込められた眼差しに負けてぼそぼそと
「……あたしが《真の魔王》ってんでしょ? あたしの苗字は『まの』だし、名前だって『まお』よ。大体『麻央』って名付けたの、銀じい本人なのに。おかげで学校でもしばらくその渾名で呼ばれることになっちゃって、マジで大変だったんだから……」
学校、行きたくない、とさえ思ったのは事実だ。
「ま――まだマシじゃありませんか!」
いきなり麗は声を荒げ、まくし立てるように不満を溢し始めた。
「わ、わたくしなんて《戦闘員》ですわよ!? わたくしの苗字! これは『ちどういん』と読みますの! 大体、名前の『うらら』の方は一切無視だなんてあんまりですわ! おあつらえ向きなことに、変身前のユニピンクの役名は、花崎麗、という素敵な名前でしたと言うのに!!」
確かにあんまりと言えばあんまりだよね。
ユニピンクの方は『うらら』じゃなくって『れい』って読みだったけど、少なくとも漢字は一緒だったのだ。大体、怪人とか悪の組織の幹部ならまだしも、付いた渾名はただの『戦闘員』。『A』とかすらつかないんじゃ、麗でなくても文句の一つや二つは言いたくもなる。
だが、次に続いた麗の憎まれ口で状況は変わった。
「どうせでしたら、正義側が良かったですわ! 悪でも構いませんけれど……で、でもっ! やっぱり正義の味方が好き! あ、あたしは正義の味方が好きなのですわ!!」
顔を真っ赤に染め上げて言い放たれた麗の科白に、妙にあたしは
「……何よそれ? どっちだって大して変わんないじゃない。ただのごっこでしょ、ごっこ」
「そういうことを言ってるのではありませんの!」
「じゃあ、何だってのさ?」
「悪は悪ですわ! だって、悪だと名乗っているのだもの、悪いことをする人たちでしょう?
「じゃあ、何? 正義って付いてれば何でも良いって訳?」
何だろう。凄くいらいらする。
「『ユニソルジャー』の中でも、悪の大幹部ヘル・マスカレードが言ってたじゃない。――お前たちが出撃するたび広がりゆく南極上空のオゾンホールの面積を数えているのか?って台詞を」
「あったなあ、そんな設定」
美孝は苦い笑いを浮かべる。
そう。
当時小さかったあたしたちはちっとも疑問なんて抱いてなかったのだけれど、いろんな意味で『超国際救助戦隊ユニソルジャー』という特撮番組は少し風変わりだったのだ。
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