JCでもできる!はじめての悪の首領【VR版】
虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
第一話 はじまりとおわり
がら。
「おい、真野――
「あ、はい」
唐突に開け放たれた教室のドアにクラス中の視線が集まり、すぐそれがぼんやりと返事をしたあたしに向かってブーメランのように殺到した。
「あ……あのだな。ち、ちょっと来てくれ」
「……はあ」
学年主任の金井センセイ。
悪い人じゃない、ってことは知ってるけどちょっと苦手。人は見た目じゃない。でも生理的に顔が受け付けない。いつも鋭い目つきで――そこが良いんじゃんって言う子もいるけど――あたしは怖い。けどいつもと違って、あたしをじっと見つめたままの金井センセイは困ったように口を尖らせたオモシロ顔のまま固まっていた。
「あの……何ですか?」
金井センセイは答えなかった。
すぐにもう一人の姿を探して視線を
「お。あと、瀬木乃! お前もだ、来い!」
「お、俺っスか!?」
がたっ!とけたたましく机と椅子をかち鳴らし、弾かれたように美孝が飛び上がった。たちまちクラスにくすくすと忍び笑いが広がる。
こいつ――
保育園時代からの幼馴染であり、お隣さんであり、一応、あたしの親友の一人。クラスのムードメーカーで、いつも馬鹿なことをやっては皆を笑わせるのが生き甲斐、そんな奴。
そして、もう一つ――。
「笑い事じゃないっ!!」
びっくりして、思わず亀のように首を
恐る恐る見上げてみると、金井センセイがいつも以上に怖い顔をして笑い声を上げたクラスの皆を叱り飛ばしたのだ。ジャージのポケットの脇に添えられた拳は、関節が白く浮き出るほど握り締められ細かく震えている。授業を担当していた佐江田センセイですら、よろけた身体を支えるように黒板の
それを見て、うろたえたように金井センセイは、
「す、済みません、先生。大声を出すつもりじゃ……。皆も悪かった。授業続けてください」
今まで聞いたこともないようなか細い声で言うと、金井センセイは哀しそうな顔をして頭を下げた。ようやくあたしの隣まで辿り着いた美孝はたったそれだけで何かを悟ったようで、怒ったようなふくれっ面をして金井センセイに向かって尋ねた。
「鞄、持ってきた方がいいですよね?」
「あ――ああ、そうしてくれ。真野もだ」
あたしだけが、きょとん、としている。
「聞いたろ、麻央? ほら、早く」
「う、うん」
急に足が重くなってきた。
やだな。
一体何が――。
がしゃん!
「ああ! ご、ごめん! 拾うね?」
ふらふら歩いていたせいで、スカートの裾が亜梨子の筆箱に当たって落ちてしまった。慌てて床に散らばったシャーペンや消しゴムを急いで掻き集めようとする。
「いいから! 拾うな!」
けれど、拾ったばかりのそれを美孝があたしの手もろとも、ぱしり、と跳ね退けたので、あたしも亜梨子も怒るより怖くて涙が出そうになった。こんな乱暴なことする奴じゃないのに。
「で、でも……」
「いいから来いって!!」
力任せにぐいぐいと引っ張られ、中途半端に肩にかけた鞄がゆらゆら揺れて、あたしの通った道に沿って次々と被害が広がっていく。ああ、大変。
がたん!
がしゃん!
いい加減頭にきて腹立ち紛れに思いっきり手を振り払うと、美孝はそれよりもっと素早くあたしの手を掴まえて二度と振り払えないほど力一杯握り締めてから、クラス中にわんわんと響くほどの大声で叫んだ。
「皆、ごめんな! でも、今は急がなきゃなんだ! あとで謝る! 全部、俺が悪いから!」
「み、美孝!? あ、ちょっとっ!」
金井センセイは教室の外の寒々しい廊下でじっと待っていた。
あたしと美孝が出てくると先頭に立って、誰もいない廊下をぺたぺたとスポーツサンダルを鳴らしながら、職員室の方へ、そして、そこを通り過ぎて昇降口のある方へと進んで行く。
「俺、学校には車で来てるから。それに乗せていくぞ。瀬木乃のお母さんにも連絡済みだ」
(何よ? 何かやったの、美孝?)
こっそり耳打ちしてみたが答えはない。代わりに美孝は金井センセイに向かって尋ねた。
「これから行くのは病院ですか?」
「ああ。そうだ。二人とも落ち着いて聞いてくれ」
金井センセイは言い難そうに言葉を濁し、小さく小さく呟いた。
「真野のおじいさんが……亡くなった。今さっき」
その瞬間、あたしが思ったこと――。
皆勤賞、逃しちゃった。
それだけ。
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