第10話 御子神の事情

「はぁ、だめだな僕は」


 お昼休みの時間。僕は人気のない一階のろうかの窓際を力なく拭きながらため息をつく。

 給食を食べ終えた後はいつもぞうきん片手にひどく汚れた場所を掃除するのだけど、今朝がたの騒動で御子神を怒らせてしまい力が入らない。

 止めにきょうはく状。たぶん筆箱を落としたのはこれを書いた本人だ。実力行使されて怯えているものあるが。それ以上に『調子に乗るな』というのがひどく自分に当てはまっているので、力が入らない。

 力が入っていないぞうきんからは、水のあとが残っている。

 こんなのおじいちゃんが見たらお説教ものだけど、今回だけは見逃してほしい。


「霊和落ち込んでいるけど大丈夫?」

「うぁあ!」


 ひょっこりと窓から大山が飛び出した。驚いた拍子でぞうきんが弧を描いて窓の外へ飛んでいく。僕だったら頭の上にべちゃだったろうが、大山はみごとにキャッチした。


「もうおどかさないでよ」

「ごめんね。今朝、私の勘違いで困らせたことを謝ろうと思って探し回っていたらここに着いて」

「いいよ。僕がちゃんと親戚だって言っていれば済んだんだから」


 大山が投げたぞうきんを受け取ると、近くの手洗い場で汚れを落とす。砂とほこりが混じったヘドロが水に流れて落ちていく。


「みみみも同じこと言ってたよ。霊和と違ってちょっと怒っていたけど、まあこの機械だから美少女探偵は廃業だよ」


 口ではそう言うが、廃業にがっかりしている様子。お騒がせ美少女探偵大山の察知能力はもしかしたらつくも神のことまで見破られるぐらいに鋭いから、廃業してよかったと思う。


「みみみも大変だからね。去年家の手伝いしないといけなくなったから」


 ……え!? 大山の口から出た言葉に衝撃が走った。

 思い返してみれば、御子神のお父さんと話をした時、家に上がったときもお昼だというのにお母さんの姿はなかった。

 それでも落ち込むようなそぶりは全く見せない。昨日食べたあのにものも、たまたま作ったものでなく、普段家族のため作っているものなんだ。


「家事とかもしているんだよね。料理とかも」

「そうそう、みみみは立派だよ。家の手伝いに家事と家のこと全部やっているんだ。この前の家庭科実習でもみみみが上手くて、やり慣れている感がすごくて私お手上げだよ。私の親なんか勉強一本できればいいと思っているみたいでさ。勉強だけできてなんだいとみみみの姿を見せてやりたいほどだよ」


 大山が御子神を誇らしく言うごとに、心がハンマーでズンズン打たれるように恥ずかしくなってきた。掃除一本だけできる僕と違い、御子神はそれをふくめて家事をしている。宝物殿を勝手に掃除したのも、僕が自慢していると見られているにちがいない。


「その代わり四方八方忙しいみたいで遊ぶ機会もなくて、今日も給食食べ終わったら、すぐいなくなって。あちこち探し回ったら家庭科室にいてさ」

「家庭科室に?」

「うん。ぬいぐるみの直し方でわからないところがあったから先生に聞いていたらしいの」


 ふと、今朝のきょうはく状の内容を思い出した。大変だ! きょうはく状を書いたやつが、僕の筆箱を落としたみたいに御子神に何かされるかもしれない。


「ねえ、他に家庭科室に誰かいなかった?」

「いや、先生以外いなかったけど」


 ということは、教室で御子神の持ち物がやられるかもしれない。御子神が持っていたぞうきんを思わず水がもう出ないほど固く絞りあげてしまう。

 床をけって、教室に戻るとする。けどその前を大山が遮った。


「何かみみみのことで隠し事しているでしょ。言ったでしょ霊和はわかりやすいからわかるよ。素直に白状して。親戚が一大事な大切なことを友達に共有しないと。今朝のみみみの言葉覚えているでしょ」


 そうだ、大山の友達である御子神の身に危険が及ぶ一大事じゃないか。ここは言わなきゃダメな時だ。すると、大山がにまっと笑みを浮かべた。


「今自白したら、カツ丼一杯だよ。自白と言ったらカツ丼は定番ね。でもそんなお金ないけど」


 探偵の次は刑事ものか。こんな時でもひょうきんさを忘れない大山にヘドロのようにこびりついていた心の汚れが取れていく。


***


 先生に怒られないよう、走らずゆっくりにならず、早歩きで教室に戻っていく。

 その間に昨日机の中にあったきょうはく状やぬいぐるみのことを(つくも神のことは伏せて)話した。


「きょうはく状か。昨日と同じ時間に机の中に入れられていたんだね」

「うん。入れた犯人はウチのクラスのだれかだと思うんだ」

「これは、持ち主がそうとうぬいぐるみが返ってきてほしくないみたいだね」

「持ち主自ら? だって勝手に捨てられたんだよ。本人なら取り返したいと思うはず」

「高学年にもなってお人形やぬいぐるみは子供っぽいからもういらないって、親に頼んで捨てた線もあるからね。どっちにしても自分のぬいぐるみが拾われて、学校中に聞きこみされたら本人からしたらたまったものじゃないのよね。恥ずかしいからとかの理由で」


 少しだけわかる。僕も掃除大臣なんてあだ名が学校中に知られ渡ったら恥ずかしい。僕らは早く戻ってきてほしいと善意の、やっていたことは逆効果だったのかと耳が痛くなる。

 教室に戻ると、御子神は教室の一番後ろの自分の席に戻っていた。


「幸、どうしたの血相変えて。深山君も一緒になって」

「みみみの持ち物、壊されたりとかしていなかった?」

「ううん普段ランドセルの中に必要なものとか入れてるから」


 大丈夫とはいうけどうちのロッカーは蓋も鍵もついていないからランドセルの外についている袋とかやられやすい。

 「ちょっと見せてね」と大山が御子神のランドセルを取り出す。すると、御子神のランドセルから目が開き、僕らと同い年の女の声がした。


「美羽のランドセルにいたずらする輩はいなかったから大丈夫よ」

「御子神のランドセルにつくも神がいる!」

「神社の敷地内にいると中には短い年月でなるつくも神様もいるの。ランドセルは去年ぐらいに降りて、私の持ち物を守ってくれてる」


 ランドセルがつくも神なら、中身をいじくられることもないわけだ。けど、その事情を知らない大山は中を開けて御子神に一つも欠けていないか確かめた。


「うん、大丈夫問題ない。二人とも、どうして私の心配を」

「御子神、実は――」


 きょうはく状を送ったのがクラスにいることを案じて、人通りの少ない階段下で昨日来たきょうはく状のことを包み隠さず話した。話を終えると、御子神はどうして黙っていたのかと怒らず神妙な顔をする。


「……持ち主を怒らせてしまったみたい。深山君のが被害にあったとこだし、聞きまわるのはやめておこう」

「聞くのをやめるとしたら、持ち主が現れるのを待つの?」


 姿を見せないということは、持ってきたとしても人前に現れたくないことも考えられる。あとは、持ち主からまたメッセージが届くのを待つしか方法がない。


「ねえ、そのぬいぐるみの写真とかある? どんなものか私にも見せてほしいんだけど」

「うん。昨日御子神の家で撮った物があるよ」


 ポケットからユサの写真を取り出して大山に見せる。


「みみみ、今日そのぬいぐるみ見に行ってもいい? 今日塾休みだから」

「何か知っているの?」

「他の子には秘密にしてね。このぬいぐるみ、私の友達が昔持っていたのと同じものに似ているの」

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