婚約破棄はダイエット達成後でお願いします~他の令嬢に申し訳がたちません~

綾織 茅

プロローグ

1



 ――私、ヴィオレット・ド・フーリエには果たさなければならない役目がある。



 物心つく前から、異世界で料理人をしていた女性の記憶――自覚が芽生えていた私は、その知識を今の生活の中で存分に活かそうと決めていた。

 その一環で、我がフーリエ公爵家の優秀な料理人達にあれやこれやとお願いして、食べたいものを食べたい時に作ってもらっている。

 本当は調理も自分の手でやりたいところだけど、それだけは駄目だと両親だけでなく料理人達にも止められてしまった。火を使わなければいいでしょう?と、ごねてみても、息子が三人続いた上での初めての娘ということでいつもは私にすこぶる甘い両親でさえも結局許してはくれなかった。

 だけど、よくよく考えれば、それを言いだしたのが五つか六つになる頃。厨房にいるだけでも危ないと思われる歳だ。許可を出さないというのも当然の対応だったと言えるだろう。



 そして、それからまた六年が経った。


 数日前、私は十二歳の誕生日の日を迎えた。

 その日も両親がお茶会を開いてくれて、招待客からひっきりなしにお祝いの言葉を贈られた。



『ヴィオレット嬢、お誕生日おめでとうございます』

『お可愛らしいご令嬢になられて……』

『肌も白くていらっしゃるし、将来がとても楽しみですね』


『こんなご令嬢を婚約者に持てるなんて、あの・・王太子殿下がうらやましい限りだ』



 招待客の一人が何の気なしに口にしたであろう言葉は、数日経った今でも私の心にしこりを残している。

 庭師が丁寧に手入れをしてくれている大好きな庭を散歩している最中だというのに、気分は曇天の日のソレだ。


 くだんの王太子殿下――ベルナールとは、いわゆる幼馴染の間柄にある。

 お父様が近衛師団長の職務をたまわっていることもあり、私が正式な婚約者に決まった時も、お互い不満も特になかった。なにより、他でもない国王陛下御自身が直々に取りまとめた婚約なのだから、否というわけにもいかない。


 大陸一の美男美女とうたわれる両親から生を受けた彼は、それはもう天使だった。透き通るような金髪は一度風が吹けばそよそよとなびき、形の良い眉に大きな二重の碧眼、ほんのりと色づいた頬に小ぶりの口。北方の国出身の王妃様から受け継いだ白い肌。どんな時にもニコニコと笑って同い年の私の背を追いかけてくる。背中に羽根をつければ、今にも天上に上っていけそうな天使だった。


 だった・・・のだ。


 今の彼は、そんな天使だった五年前の姿は見る影もない。身長も伸びたけれど、同じだけ横にも伸びたのだ。つまり、端的に言うと、だ。太った。ものすごく。周囲が驚くのではなく、引くほどに。


 元々、ベルナールには偏食のきらいがあったけれど、公爵家で作られた料理は余すことなく食べきっていた。たまたまだろうが、そのほとんどが私が考案したメニューだったのだ。それを耳にした王妃様にとても感謝され、できる限りでいいから王宮の料理人達にも伝授してほしいと頼みこまれてしまった。我が家の料理人達を引き抜くわけじゃないのならと、王宮の料理人達にも教えたが最後。今までの偏食っぷりはどこへやらと思うくらい食が進み始めた。

 最初のうちは手を取り合って喜んでいた国王夫妻だったけれど、徐々に身長と体重の比がおかしくなっていることに気づき始めた頃には時すでに遅し。

 異世界でいう、見事な相撲取り体型となった王太子のできあがりだった。


 とはいえ、悪いのは国王夫妻ばかりではない。


 ベルナールが太り始めていると気づいた時、やめてもらえば良かったのだ。王宮に行く度に持たされる手土産を。それらも皆、私が考案して料理人達に作ってもらったお菓子や軽食。そして、その中にベルナールがいらないと突き返すようなものは一つもなかった。もうここまでくると本当に偏食家だったのかと疑いたくもなる。

 それでも、私は持って行くのをやめなかった。


 つまり、私自身も同罪。国王夫妻と変わらず、砂が吐けるほど彼に甘かった。

 でも、ヴィー、ヴィーと愛称で呼ばれ、次、次とねだってくる元・天使の笑顔にはとてもじゃないが抗えない。抗えるわけがない。


 元料理人の魂がそうさせるのか、誰かが何かを食べている時の笑顔が一番好き。それが自分が考えたり作ったりしたものならなおさら。


 けれど、その喜びももうお終いにしなければ。

 


 ――せているとまではいかなくても、ベルナールを健康的な体型に戻すのだ。私が、どんな手を使っても。





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