激昂

カフェオレ

第1話

「そこの人間、我らに力を貸せ、さもなくば殺す。」


 喋った?鹿が喋った!?


「おい人間聞いているのか?」

「あの……あなたは?」

「私は角聖かくせい、かつての、この森の神の遣いだ。」


 未だに目の前で起きている現実を受け止められない自分がいる。


 京一は憎しみを連れ、この森にやって来た。職を失い、借金の保証人をしてやっていた友人は消え、家族にも捨てられた。

 ふざけるな、誰のために今まで身も心も犠牲にして働いたと思ってるんだあいつらめ、クソ!


 酒に溺れ、行く当てもなく辿り着いた夜の森で彼は今、脅迫されている。鹿から。


「これは夢だよな?だって鹿が喋るはずねーよ、そーだよな!?」


 自分の頬を力一杯つねる


 痛いっ!これって現実なのか?


 話しかけた人間を間違えたか……


 鹿は目の前の男が明らかにマトモではないことに気づいた。


 これでは話が出来ない。殺すか?


 そう考えていると京一が口を開いた。


「あ、あの……」

「なんだ?」

「なんか、すみません。勝手に森にお邪魔しちゃって。あの〜……怒ってます?」

「……いや、怒ってないけど」


「で、力を貸せとは?」

 京一は自分がマトモではないと分かっていたが頰の痛みは本物だったため現実であると受け入れることにした。


「あぁ、それについてだが、京一、お前にはこの町の人間を消してもらう。」


 は?この町の人間を消すだと……


「あの〜全然分んないです。町の人たちを消すってそんなぁ。」

「京一、かつてこの土地は我らが遣える神が作りだしたものだ。しかし、貴様ら人間が入って来たことにより森はこの様に小さくなり、穢れてしまったのだ。」

「人間への報復ってことですか?」

「まぁ、そんなものだ。」


 いやいや、この町の人たちを消すって


「角聖さん、それってちょっと俺には無理な気が……あ、神様にお願いしたら」

「京一、こんなチンケな森にまだ神がいると思うか?」

「え?いや、そんなこと知りませんけど」

「神は人間が信仰するからこそ存在するのだ。だが、この町もかつての神への畏れを忘れ、今やこの森に神などいない。」


 やべぇ、何言ってんだこの鹿。


「神様はいないんですね、だから俺だと?」

「そうだ、我らに力を貸して欲しい。」

「断ったら、俺殺されるんですよね?」

「そうだ、この世からお前の一切を消し去る。」


 どうやってこの小さな角を持つ鹿が俺を殺すかは分からんがとにかく出来るらしい。


「俺はもう死んでるようなもんなんですよ。思い残すことなんて無いし、ここでくたばってもいいかなぁって。」

「京一、お前はそんな潔い人間か?」


 その言葉が妙に胸に刺さった。そうだ俺は死にたいなんて思ってない。いや、そうだとしてもこのまま死ぬような人間じゃない。


 俺は昔から損な役回りばかりだったじゃないか!学生時代、職場、結婚生活、見返りがあった記憶が無い。


 思い残すことなんて無い?いいや、この世に苦しみと憎しみをぶつけないことには俺は死ねない


「俺には見えるぞ京一、お前の醜い心が、苦しみを与えられ、多くの人間を道連れにしたい、そう思っているな?」


 その瞬間、心の中に熱い炎の様なものが生まれた。


「角聖、消そう全て。」

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