第11話
押し入れは一つしかなく、ガムテープで目張りがされていた。俺はテープを剥がし、引き戸に手をかけた。その時、部屋に誰かが立っているのに気が付いた。振り返ると、通路で待っていたはずの、あの少女がいた。
「……どうしたの? 君はここに来なくてもよかったんだよ」
「そこに、誰かいるの?」
少女の勘は恐ろしく冴えていた。赤ん坊が何もいない空間を見て笑っている時、そこには霊がいるとも言われるが、やはり子供の直感は、霊的な何かを見通す力を持っているのだろうか。
「いるよ」
俺はゆっくり頷いた。嘘をついたところで、どうしようもない。
「誰がいるの?」
「『かみさま』だ」
「かみさまって?」
「とても優しくて、優しすぎた神様だ。それなのにこの世の楽しいことも、素敵なことも、何一つ知らないまま死んでしまった。そんな俺たちの神様を、俺は迎えに来たんだよ」
「……」
少女は黙って聞いていた。俺は項垂れた。やり切れなさに押しつぶされそうだった。この押し入れを開けても、きっと世界は変わらない。全ては永遠に廻り、終わり続けるだけだ。でもそれも良い気もした。結局のところ、何も救われていない。けれどそれが、救いだった。俺たちにとっては。
「神様。どうか、安らかに眠ってください」
少女の声に、ふと顔を上げた。
押し入れの前には、あのペーパークラフトの花束が置かれていた。
「でもそれは……君の大事な作品じゃないのか?」
「いいの」
少女は首を振り、少し微笑んだ。
「いいんだ。だから早く、神様を見つけてあげて」
俺は少しだけ微笑み返した。そして「ありがとう」と言うことしかできなかった。きっと俺はこの押し入れを開けるだろう。でもそれは、人類の救いのためでも、この異常事態を収めるためでもない。ただ単に、誰かがとっくにそうするべきだったことをするだけだ。
この誰もが自分を見せつけたがる世界で、ついに誰にも見つけてもらえなかった、小さな小さな哀れな子供。
「ごめんね、かみさま」
押し入れに手をかける。
永久に枯れない紙の花が、風もないのに揺らめいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます