「朝食」

ゴジラ

「朝食」

「朝食」


 熱々のホットコーヒーをマグカップに。小皿には一口チョコを三つ置いた。その隣には焼きたてのトースト。休日の朝はこれで始まる。トーストにはバターをたっぷり塗りつけて、こぼれ落ちそうなくらいハチミツをかけた。

 ハチミツの甘い香りと、ホットコーヒーから立ち上る豆の香りが入り混じって、朝の手始めに私の嗅覚を満たしてくれた。それを鼻いっぱいになるまで存分に吸い込んで、未だ眠気を含む私の肉体へ食事開始の合図を送ってやった。

「いただきます」

 そう言って、目下にある食事に手をつけた。

 まずはコーヒーだ。熱々のコーヒーが入ったカップの淵に唇を添え、舌が火傷しないように慎重にコーヒーを啜ってやった。

「美味い」

 熱湯ほどの液体を体内に取り入れる瞬間は、食道から胃に落ちて通過する様を肉体が身を持って教えてくれる。その瞬間が私は大好きだった。

 今日のコーヒーはマンデリンコーヒー。酸味が少なく、コクが強い。マグマのように煮えたぎった熱さを求める私にとって、その趣向に合うコーヒーはある程度の苦味があれば更に良い。冷め切る前に一気に方を付けたいところだ。

 今から、トーストに手をつけようと思う。塗りつけたバターがいい具合に溶けて、2センチほど厚みのある6枚切りのトーストの表面から、パン生地の底まで染み渡らせているようだった。

 それがトーストを美しい黄金色にコーティングして、その上から覆い被さるようにかけられたハチミツが黄金色のトーストを四角い金塊のように輝かせていた。

 両手を優しく使って金塊を皿から数センチ持ち上げた。上半身だけを前屈みにして、皿の上空へと持って行った。そして、両の手先に神経を集中させて、トーストの表面に発生しているバターとハチミツの湖から一滴も液体が零れ落ちないように、水平を保ちながら口元へと運んでやった。カリカリに焼けたトーストの耳は、食い込ませた歯の破壊行為が成功したと言わんばかりの乾いた炸裂音を鳴らしながら私の口内へと吸い込まれていった。

「うん。美味い」

 トーストの「耳」。これが財宝の眠る金庫の重厚な扉であれば、トーストの白い部分、「身」と呼ばれる箇所はその財宝と言えるのだろうか。しかし、この場合は金庫の扉も財宝とは違った同等の魅力を持っているに違いない。

 まずい。悦に浸っている暇はなかった。

 目の前では、今にも破水を許してしまいそうな金塊の湖が、私を待てないと言わんばかりの様子で崩壊寸前であった。即座に口を空にして黄金色に輝く「身」に取り掛かる覚悟を決めた。 

 今までと同じやり方ではいけない。扉の一角を失ったこの大きな金庫はすでに脆く、少しでも安定を欠けば今にも崩壊しそうだった。そうはさせまいと私は首を伸ばすように、下顎から「身」に齧り付いた。 じゅわ。

 骨振動を伝って、私の耳奥に休日の朝には相応しくないほどのジューシーな音色が響いていた。味覚を感じる前に聴覚が味の知らせを配達してくれたようだった。

「うん。甘い」

 この甘さは別格だった。ハチミツが。バターが。食パン本来の旨味が。

 そこに存在する全ての要因が「甘み」となり、それが「旨さ」へと一直線に、他の回答を寄せ付けないくらいのバカ正直な答えを導き出した。

 そして一度「身」を口に含んだ私は取り憑かれたように、一枚のトーストを平らげていた。

「美味かった」

 満足の視線の先には、先ほどまで黄金色のトーストが鎮座していた純白の平皿だけだった。その白さにはまるで「今だけは余計な思考をしなくても良いよ」と私を労ってくれているように感じた。

 一息ついて、まだ湯気を発したままのコーヒーを手に取った。先ほどまでの熱さではなかったが、これでも十分だった。甘みを取り込んだ後のこのコクと渋み。そしてほのかな酸味。ここまでがトーストの続きなのだと確信した。

 コーヒーで口を満たしながら、チョコを一つずつ口に含んだ。コーヒーの熱でチョコを溶かしながら飲む。コーヒーの残量を確認しながら、三つのチョコを投入するタイミングを見計う技術も必須である。

 もしペース配分を間違えてしまってコーヒーが大幅に残っているにも関わらず、チョコレートが小皿から一つもなくなろうともこれ以上増やすことは許されない。

 三つだけ許されている。その規制こそが旨味をより深みのあるものへと進化させるのだ。

 そうして完璧で無駄のない配分で私は全てのコーヒーを飲み終えた。空になった皿やマグカップが知らせてくれたのは満腹感より小さな達成感だった。

 これが私の朝食の全てだ。


                          2018年12月7日

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