第3話 着手。
「おえええ」
橋本がまた吐き気を催している。朝から何度目だろう。ぎりぎり吐いてはいないようだがそれも時間の問題だ。
今日から業者を導入してゴミ屋敷の清掃に着手する。今は業者の到着を待っているところだ。
それにしても見れば見るほど壮大でしかもワケの分からない塊だなと優馬は思う。とにかく絶大な存在感があり周りの景観はぶち壊しだ。元は見事な洋館らしい(と報道されていた)がその影形すらない。唯一見えている二階の窓という窓からはどうやって担ぎ上げたのだろう、自転車の車輪が整列したように飛び出し、二階の窓の下側からはまさにゴミの山の斜面を大量の白いゴミ袋が形成している。透けて見えるゴミ袋の中身は細かく分別されていてアルミ缶がぎゅうぎゅうに詰められているものやゲームセンターのぬいぐるみばかりが詰まったもの、衣類ばかりのもの、牛乳パックばかりのもの等こと細かに小分けされている。これだけを取ってみても住民の老女は几帳面だったらしい。そして、白いゴミ袋を堰止めるように鍋やらお玉やらの金属類が入った段ボールが道路との境目に何段にも何重にも重ねられてゴミは崩れずかろうじて止まっている。積み上げられた段ボールはさながら要塞を守る障壁の様であった。
ゴミの山はまるで白いマッターホルンの崖のように切り立ち悠然と優馬たちを見下ろす。
「さて、どうするかな」
仙道は煙草を吸いながらマッターホルンを見上げて呟いた。
「仙道さん掃除が始まったら止めてくださいね。ゴミの山に引火して焼死何てありえないっすから」
橋本がしかめ面で言う。
「ああ、はいはい分かってる」
仙道は生返事をして吸いかけの煙草を地面に落とし右足で揉み消した。
「ポイ捨てはだめっすよポイ捨ては」
橋本が仙道に聞こえるか聞こえないかくらいの声で注意をした。
「ポイ捨ても何もこんだけゴミが有れば関係ないだろうよ」
仙道がうんざりした様子で呟く。
産廃業者が現場に到着したのはそれからわずか五分後のことだった。
◇
「ゴミをまず可燃ゴミとそうで無い物に分けてください。可燃ゴミは南のパッカー車に、不燃ゴミは東のトラックに」
業者が土地にV字に付ける様にして停めたパッカー車と二tトラックにそれぞれゴミを載せるように指示を出す。業者は五人で、パッカー車に三人と二tトラックに二人乗ってやって来た。業者もこちらも含め、暑がりの橋本を除くと全員が長袖に軍手、帽子にマスクという重装備だ。橋本は一人半袖だが吐き気を抑えるためかマスクを二重につけるという警戒ぶりである。
手始めに道路にはみ出したゴミの撤去に着手した。優馬は鍋ばかり入った段ボールを持ち上げる。持ち上げてすぐ、白いゴミ袋の統制が崩れて斜面が崩壊した。優馬はゴミに埋もれ、仙道がそれを見て「おいっ、山村」と顔面蒼白で駆けてきた。
「大丈夫か」
「へへ、大丈夫です」
仙道は息をなでおろした様子でため息を吐き、前途多難だなと呟いた。
優馬の崩した壁面の周辺から手を付けて、金属類の入った段ボールを丸ごと運び、トラックの前で二人が待機して分別しながら積載するという流れ作業を行った。老女が几帳面だったおかげで分別は早かった。しかし、量が量だけに作業ははかどっているようではかどらない。まだ段ボールは数えきれないほどいくつもある。そこら中からぼやく声、みなうんざりしているのだろうが優馬だけは満悦だった。
「何かこう、仙道さん。燃えますよね、分別するものがいっぱいあると」
「俺は燃えない」
仙道がうんざりした口調で返す。
「掃除って楽しいですね」
「限度があるけどな」
「あっ、これなんかまだ使えそうですよ」
優馬は黄金に光るヤカンをダンボールから取り出した。
「おっ、綺麗なヤカンだな」
業者の一人がひと際大きな声で反応した。
「持って帰ります?」
仙道が作業の手を止めずに冗談を飛ばす。
「そうだな、持って帰って嫁に茶でも入れてやることにするか」
既婚者ならではの皮肉たっぷりの言葉にどっと笑いが起きた。
「あいつ今月小遣い三千円減らしやがったからな。丁度いいだろ」
優馬は皆の軽い反応を見てなんだ冗談なのかと息を吐く。
ゴミは状態の良いものも多かった。リサイクルショップに持って行けば幾らかにはなるだろうが、仙道が今回は屋敷の規模がデカすぎるし住人も亡くなっているからそれはやらないといっていた。勿体ないなとも思うが責任者の判断だから仕方がない。
目を引くものはまだまだあった。箱に入ったホットプレートセットがあり業者の一人が本気で欲しがっていた。箱こそボロボロなものの中身は比較的きれい、タコ焼き器付きで丁度良いと話したが有無を言わさず仕分けの係が手から持ち去った。
「ホットプレートくらい自分で買え」
彼は先輩に言われ渋々諦めたようだった。
それにしてもゴミ屋敷の住人はどこからこういったものを見つけてくるのだろう。近所のゴミ捨て場は当然近隣住民もゴミ屋敷の主の事を警戒して散策させないだろう。とすれば、遠くのゴミ捨て場からかもしれない。遠くのゴミ捨て場からわざわざゴミを運んで来るそのバイタリティはどこにあるのだろうと考え込む。優馬は目の前にある黒いコウモリ傘を手に取った。左手で柄を持ち右手でハジキを押しながら傘をぐっと開く。傘はカチッと音を立てバラバラと開く。思わずへへっと笑ってしまった。骨が五本も六本も折れていて使い物にならない。仙道に遊んでないで仕事しろと小突かれた。
昼休憩を挟み、その後も黙々と作業を続けていると近隣住民がわらわらと集まってきた。自治会長もいる。騒動を見てどうやら手伝いに来たらしい。軽装備で軍手だけはめている。ペコリと「手伝います」と声を軽くかけたあと、仙道の「すみません」という返事を聞いてそのまま作業に加わった。住民はいつの間にか増えて、バケツリレーでどんどんと段ボールを運び出していく。作業は格段にはかどった。分別が追い付かないのでそちらの人員を増やしてみんなで手分けしてゴミを分けた。
その日は障壁であるダンボール入りのゴミと斜面の白いゴミ袋を少し回収することで一日が暮れた。この調子だとあと何日かかるのだろう。未だゴミ屋敷は本当の姿を現さず、毅然としている。近頃、日の暮れるのも遅くなり、五時だというのにまだ夕陽もささない。業者が汗を拭って吸い付くようにペットボトルの水を飲んでいる。
疲れましたねと談笑していると婦人がお茶の入ったお盆を持ってきた。お疲れさまと言いながらあちこちに配っている。配っているのはどうやら自治会長の奥さんらしい。お茶は冷たくてからからに乾いた喉に染みわたる。熱に浮かされそうな頭をしっかり冷やしてくれた。休んでいると作業の時にはいなかったゴミ屋敷の向かいの家の住人が、ホースを伸ばしてきてゴミの下から露わになったアスファルトをデッキブラシで洗い流している。清潔になったのは一体何年振りなのだろう。
「ああ、皆さんお疲れさまでした。明日はいよいよ本格的にゴミ屋敷の敷地に切り込んでいくことになると思います。今日は帰ってゆっくり休んで下さい。住民の皆様もありがとうございました」
仙道の挨拶にあちこちから何故か拍手が起こり、仙道はぺこぺこと頭を下げた。
優馬たちは業者と現地で別れて市役所へと帰所する。助手席で眠りこける橋本と運転している仙道、二人とも疲れているらしく口も利かない。優馬は色々と掘り出し物の話をしたかったがその様子をみて遠慮した。
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