ある日ゴミ屋敷の住人が死んだ。

奥森 ゆうや

第1話 ある日ゴミ屋敷の住人が死んだ。

「ええ、ちょうど犬の散歩してる時でした。いえいえ、いつもの散歩コースです。見かけない黒の塊で何だろうと思ったらカラスたちでした。近寄って見るとスーパーの袋が食い破られておばあさんが倒れていました。それで慌てて119番したんです」


「あなたが見つけた時女性は息がありましたか?」

「いえ、それは分かりません。ただ呼びかけにも応じないしピクリとも動きませんでした」

「なるほど」


「あの、刑事さん。おばあさんは殺されたんでしょうか?」

「それを捜査しているところです」

「時々、見かける優しいおばあさんだったんですよ。動物が好きでうちの犬なんかにもすごく優しかった」


「女性を見かけたのは初めてというわけではないのですね」

「ええ、たぶん猫にエサやるために毎日来てたんじゃないかな」

「大体いつも何時ごろです?」

「さあ、6時半から7時ごろ時々遅い時もあったようです」

「なるほど女性は6時半から7時にはこの場所に来ていた可能性がある、と」


 そう呟きながら森川は手帳にメモした。科学捜査官の所見によると死亡時刻は6時半から7時の間、この場に来てすぐ死んだ可能性がある。もしくは別の場所で息を引き取るか殺されて運ばれてきた。しかし、ごく短時間のうちにそれが可能か?


「警部」


 現場検証をしていた一人の科学捜査官が森川にそっと近寄る。


「あとは一度帰って司法解剖してみないと分かりません」

「そうか。進展したら教えてくれ」


 遺体と回収した一部の証拠と共に数名の捜査官が去り、森川は依然物々しい現場を眺めまわす。見晴らしの良い河川敷。時間が時間だがこのような場所で堂々と人を殺して去るだろうか。ジョギングしている人もいるだろうに。現場に残れていた物証。カラスに食い破られたジャムパンと未開封のネコの餌のパウチが数点それに牛乳。発見者のいう事が本当であれば老婆はここへは猫にエサをやるために来たのだろう。もしくはそれに見せかけた殺人。


 聞き込みを始めて重要な情報を得た。老女の身元が分かった。老女はここから10分程度の閑静な住宅街の一角の洋館の住人だった。名前はハナムラエツコ。取り立てて言うべきは彼女の住まう洋館がゴミ屋敷であったことだろう。


 聞き込みの場所を彼女の住居、ゴミ屋敷周辺に移し森川は近所の住民に聞き込みを始めた。住民は相当不満が溜まっていたらしく少し訊ねるだけで洪水のように不満を垂れ流した。出てくるのはトラブルばかり。老女は疎ましく思われていた。近所の住民に愛想をつかされ、それでも一人黙々と毎日ゴミを集め続けた。巨大に膨れ上がったゴミ屋敷は鬱屈した空気を醸しだし巨大な塊として他を圧倒している。


「私どもも困り果てていたんですよ。ずっと何とかしてくれって言ってたんですけど注意すると怒り出す始末でしょ。そのうちだれも注意する者がいなくなって。私もこんな立場だし無視するわけにもいかずでして。嫌いとまではいかなくても好きじゃないって人は多いと思いますよ」


 そう言ったあと自治会長が「他にも何か?」と問うので「いえ結構です」と告げる。自治会長が去り、森川はゴミ屋敷を見上げた。仕事柄このような場所を見かけることも多いがこのゴミ屋敷は他の同種のものと決定的に違う点があった。それは品である。このゴミ屋敷には品があった。見る物を威圧する気高さと存在感。ほとんど芸術のように美しくそびえ立つゴミ屋敷。その姿をしっかり目に焼き付けて森川はその場を立ち去った。




 署に戻ると早速いろんな進展があった。本名花村悦子67歳。悦子の経歴だが彼女は20代の頃から高級クラブのホステスであった。銀華という老舗クラブで当時の源氏名はサクラ、かなり人気のあるホステスだったという。彼女目当てに通った客も多かったと言うが30代半ばで惜しまれつつも一度引退、数年の休止期間を置いて夜の世界に復帰、こちらはそれほど知名度のない熟女専門のクラブだが5年程勤務、その後また辞めている。同僚の捜査員が当時の客の資料も持ち帰っていたがかなり昔のことなので亡くなっている人も多いだろう。


 インターネットを検索するとゴミ屋敷マニアがいて、彼女の邸宅を写真掲載すると共に様々な情報を載せていた。サイトによると彼女の住んでいたゴミ屋敷は10数年程前から作られ始めたという。丁度悦子が2度目にホステスを辞めた50代のころだ。森川が歩いて集めた情報とも合致する。サイトにはゴミレベル75とある。どのような基準でレベルを定めているのか不明だがサイトの主の所見だろう。ランク3位でその世界では有名なゴミ屋敷だったらしい。


 画面に見入っていると電話が鳴った。科捜研の捜査員からだった。


「死因が判明しました」

「それで?」

「心筋梗塞です」

「ほう」


「現場付近は随分寒かったですからね。季節柄多いですよ。気になるのは爪に皮膚片が残っていたことです。ちなみに薬物は検出されませんでした」

「ということは殺人」

「とは言い切れませんが争った人物がいたことは確かです」


 森川は歩いて集めた情報をそらんじた。目を固く閉じて様々なことを思い出す。近所の住民の顔を1人1人思い浮かべながら。腹に一物ありそうな人物ばかり。全部調べると骨が折れることは間違いない。くたびれもうけにならなければいいが。唸りながら頭の後ろで組んだ手に力を込めるとやるかあと唸った。




 森川は手始めに近隣住民とのトラブルから調べ始めた。調べていて一番古いトラブルはおよそ30年前、洋館がゴミ屋敷になる前のこと。そして悦子がホステスを最初に辞めたころにさかのぼる。悦子の邸宅には様々なトラック頻繁に出入していた。ほとんどが夜の訪問で何を作業していたかは不明だが、不眠に悩まされた住民が夜の作業は遠慮して欲しいと訴えると悦子は目を剥いて怒鳴りたてた。


 屋敷が見た目にも立派なゴミ屋敷になり始めたのは悦子が2度目にホステスを辞めたころだった。美しい邸宅から異臭がするようになりやがて悦子と交友のあった少ない住民たちも距離を置き、住宅街の静けさの中彼女の異様性だけがどんどん浮き彫りになっていった。彼女がゴミ漁りを始めたのもこの時期で、悦子がゴミの日になると近所のゴミステーションからゴミを持ち帰るので町内会で話し合ってゴミの当番も設けた。カラスではなく悦子からゴミを守るためというのが笑い話である。


 またこの頃、悦子の屋敷には物騒な輩が出入していた(おそらくヤクザと思われるとのことだが)。さすがに住民も口を出すわけには行かなくなり警察に相談したが事件性も見つからなかったため警察も手を打つことが出来ず、その数年のヤクザとの付き合いの後、ヤクザ連中とも手切れしたようで悦子はどこにでもいる普通の老人になった。


 今となってはゴミ屋敷を訪れるのは近所の子供たちだけだったという。悦子に声をかけては1つ宝物を掘りだして行くのが彼らの遊びになっていたそうだ。老年の悦子はゴミ屋敷の住人にしては小綺麗であったと言うがそれでも全盛期の美しさの欠片もなかったと住民は話す。河川敷で見た悦子は十分美しかったように思うがやはりゴミ屋敷の住人であるという偏見が人々の心内にあるのだろう。


 ヤクザ関係のことは少々気になるが交際があったのは十数年も前の話で、何より悦子の死因が心筋梗塞であったということから事件性は無いものと判断し、警察は捜査から手を引くこととなった。森川は頭の片隅でやっぱりこうなったかと呆れる。心血を注いできたこの一件はこうして世間から忘れ去られた。悦子の死もゴミと共に埋もれ、日々起こる凶悪事件の陰に隠れるようにして消えた。


 捜査が終了し、それから3カ月が過ぎた。

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