第二十二話 アイツはどうしている?
中央評議会の書記官、レインウェル・フォートナム・ブロワの上司殿は最近、ご機嫌である。
狼将軍、孤高の黒騎士、伝説の神獣人――。
幾つもの二つ名と名声を欲しいままにするその生きる伝説は、その実かなり、いや、ものすごく面倒臭がりだ。
仕事が立て込めば自宅に帰るのも面倒がって詰め所に籠りきり、その間ロクに髭も剃らず、よれよれの服を平気で着たりしている。だが、世の女性達にしてみればそこが可愛らしくてステキ、お世話してあげたい、となるらしい。美形は得である。
女性関係は云わずもがな。
付き合った女性はそれなりの数いたものの、まめにデートに誘ったり、贈り物をしたり、そういった男女の駆け引き(と言う名のご機嫌伺い)をとにかく面倒がって、終いには「私と仕事、どっちが大事なの?!」と、男にとってみたら究極に面倒な二択を迫られることもしょっちゅうだった。
(きっと「仕事だ」と答えているのだろう。)
現在二十七歳。
地位も名誉も実力も容姿も兼ね備えた結婚適齢期のその男は、評議会や両親から早く結婚しろとしつこくせっつかれているにも係わらず、全く意に介していないようだった。
ところが。
その堅物が勇者の女に一目惚れして当の勇者と大立ち回りを演じた挙げ句、人目も憚らず求愛したと言うのである。
最初は根も葉もない、若しくは大分大袈裟に誇張された冗談だと思った。だがその場に居合わせた団員によれば、求愛……はともかく、それ以外の部分はほぼ真実だと言うから驚きを通り越して声も出ない。
実際、その日詰め所に戻った団長は始終ウロウロと執務室の中を歩き回っては、「結婚すべきなのか……」などと呟いていて、それは数日続いていた。
ある時、覚悟を決めたのかその女の元へ先触れを出そうとして、「いや、まだ早い」とか「明日の方がいいな」などと踏みとどまったりしていた。あの狼将軍ともあろう男が。
とんでもないヘタレである。
ついに上司が先般の女性を訪ねたのは、最初の問答から一週間以上経ってからだった。
戻ってきた上司は至極ご機嫌だったので、すわようやく結婚か、と祝辞を延べたところ、「いや、振られた」「これから友人になるんだ」と尻尾をブンブン振って楽しそうに答えてくれた。
全くもって意味が不明だ。
翌日から上司は、女性書記官にリサーチしたらしい可愛らしい菓子を手土産に足繁く神殿に通っている。女神への愛に目覚めたのだろうか。まさか、勇者が在籍している神殿に、勇者の女を訪ねに行っているとでも言うのか。
だとしたら頭がおかしい。
「団長、教会より、『閃光』のエメと言う人物が至急の目通りを要求しています」
評議会の書記官にして黒狼騎士団団長の秘書を務めるレインウェル・フォートナム・ブロワは、いつもの調子で上司――アラスター・ウォレム・アーチボルトに報告した。
アラスターは不思議そうに眉を上げたが、ぞんざいな態度で「すぐに通せ」と顎をしゃくった。
本当にすぐに通された“『閃光』のエメ”は、執務室の入り口に立つと絞り出すような声で告げた。
「ユリが、消えた」
驚愕の表情で執務机から立ち上がったアラスターは、エメのいる入り口の方へ足早にやって来るとその間にある応接用の木製のソファーをガンッ!と蹴り上げた。レインウェルが止める間もなく凄い剣幕で白尽くめの男の胸ぐらを掴み上げる。
「お前がいて何故そうなった?! 説明しろ!!」
「同業を……相手している間に、待たせてた場所から、離れた」
「その同業とやらの仕業ではないのか?!」
「それはない」
「何を根拠に!」
「近付いてきた気配は、全員、殺した」
ローブを掴まれるがままアラスターに詰問されていたエメだったが、最後の問いには底冷えするような声でハッキリと答えた。
気圧されて勢いを削がれたのか、アラスターはローブを掴んでいた手を払うと自身の黒髪を乱暴に掻き始めた。狼の耳と尾がイライラを隠そうともせずに忙しなく動いている。
「それで! 足取りはどこまで掴めている?」
「大通りから、路地を入るところ、まで。……これが、落ちてた」
エメがアラスターに見せたそれは、ゆりと一緒に日本からにこの世界に墜ちてきたキャラクターもののボールペンだった。
打つ手無しだな、とレインウェルは思った。
相手も手段も目的も、何一つ手がかりがない。こちらに鼻の利く獣人がいたとしても、既にどこかの建物にでも引き込まれていたら追跡しようがない。
アラスターはやり場のない怒りを逃すように、ふーーーーーー、と長く息を吐いた。
「何故、俺に報告した」
アラスターからエメに向けられた問い。それはレインウェルも抱いた疑問だった。
この白尽くめの男、その物腰や話を聞くにただの神官ではなさそうだが、まずは教会に助けを求めるのが筋ではないのか。ただでさえ、評議会と教会は微妙な力関係なのだ。
「アンタの鼻なら、ユリが、わかる」
「勇者殿は……。アイツはどうしている?」
「
ゆりには、一度も姿を見せて、いない」
今度こそ本当に。
アラスターは抑えられない怒りで壁を殴り付け穴を開けた。
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