第16話 チョコ食いレース

『大助視点』


「皆さま、衣装にきちんと着替えたみたいね。

 では、スタートのかけ声は彼にしてもらいますか」


「えっ!? 俺……」


「ほら、はやくなさい」


「は、はい。

 位置に着いて、よい!? スタート」


 一斉に走り出す、お嬢さまたちだ。


 ここからの解説は、講堂に取り付けられた大型スクリーンに映し出された映像を見ながらお伝えします。


 いち早く集団から抜け出したのは、優勝候補ともくされる『ありさちゃん』だった。


 他の女子生徒の妨害を受け、姫川さんはなかなか集団から抜け出せないでいた。


 ありさちゃんとの距離はかなりひらいてしまう。


「お姉ちゃんここは、わたしに任せてちょうだい」


 殺妹ちゃんはリボンをまるで手足のように動かし、群がるお嬢さまたちをなぎ倒して、道を切り開く。


 まるで無駄な動きがなく、洗練されていた。


 一体どれだけ、血の滲むような努力をしたのか? わからないほどだ。


 童話に登場する『妖精』を連想させるほど、どこかはかなげで、命のともしびを燃やしているように見えた。


 まさに『泡沫うたかたプリンセス』とはよく言ったモノだな。


 彼女は、そう呼ばれるだけの努力をしていた。


 真摯に新体操と向き合っていた。


 ハイレグタイプのレオタードに着替えたおかげで、惜しげもなく露わになった彼女の身体は、実にいいプロポーションだ。


 視覚的な筋肉量はさほどでもないが、全身がしなやかに引き締まっており、内に強靭なバネを秘めているのが見るだけでわかる。


 新体操は、繊細な動きとアクロバティックな動きの両方を求められるスポーツだ。


 トレーニング次第では下手なところに筋肉がつき、その影響で姿勢の維持が難しくなるなど、カラダのバランスには人一倍、気を遣うスポーツなのだそうだ。


 カラダに覚え込ませていくような『反復練習』を毎日欠かさず行っていた。


 夜遅くまで独りで、居残り練習しているところを何度か目撃したことがある。


 練習場所は、夜の学校の体育館だ。


++++++++++++++++++++++


でターン……。

 う~ん……どうしても上手くいかないな」


 フープを片手に首を傾げていた。


「技術的なことはよくわからないけど。

 成功するためには『明確なビジョン』を思い浮かべることが大切なんじゃないかな」


「ああ、なるほどね」


 そうつぶやいた後。


 殺妹ちゃんはまぶしいほどキレイな笑みで、フープを持って走り出す。


「明確なビジョンか……」


 飛び散る汗。


 薄ら赤く上気した肌。


 躍動感ある動き。


 まるで手足のようにフープを操り、軽やかに踊る姿は美しかった。


 目が離せなかった。


 力強さ、生命の息吹、生きる活力。


 ーーーー直接、心に訴えかけてくるようなアツいモノを感じた。


 指先まで神経を集中させている。


 物凄い集中力だ。


 空気が張りつめていた。


で……」


 投げたフープを見事キャッチし、ポーズを決める。


 フィニッシュだ。


 それは真っ白な練習用のレオタードが、一番キレイに見えるポーズだった


「うん……できた。

 できたよ!?

 あたしに足りなかったモノ……それは想像だったのね」




++++++++++++++++++++++




「だいすけ、ちゃんと実況中継したいとダメだよ。

 ボーとしてっちゃダメなんだからね」


「おお、そうだった」


 まずは最初の障害である『100メートルハードル』を、世界記録を更新できるような凄まじい速さでクリア。


 続いて、リンゴを頭に乗せた状態で3メートルの長さのある『平均台』を、用意された一輪車で渡るという障害もなんなくクリア。


 さらに『まきびしとバナナ皮地獄のあみ抜け』や『猛スピードで飛んでくるスーパーボールをスプーンでキャッチゲーム』もあっさりとクリアしてしまう。


 だが姫川さんも負けていなかった。


 100メートルハードルを、オリンピックで金メダルが取れそうな速さでクリアすると、木の枝を足場にして、空に跳び上がり。


 メイド服のスカートを翻しながら、常人ではあり得ないような跳躍力で、背の高い杉の木の枝から枝へと飛び移り、まきびしとバナナ皮地獄のあみ抜けをクリアするという離れ業を見せてくれた。


 人並み外れた跳躍力もさることながら、細い木の枝を正確に足場にして、一切バランスを崩さないのも、常識からかけ離れていた。


『猛スピードで飛んでくるスーパーボールをスプーンでキャッチゲーム』もあっさりとクリアしてしまう。


 姫川さんはありさちゃんのすぐ後ろをつけていた。


 どっちも化け物である。


 一足先にありさが、最後の障害である『100個のチョコレート中から1つの当たりのチョコを見つけ出せ』に挑戦しようとした。


 一気に加速し追い越そうとした時、姫川さんがけてクナイが飛んできた。


 間一髪のところで何とか避けることには、成功したものの、チョコレートは理沙の胸元に挟まってしまう。


「優勝するのは愛理沙お姉様。

 だから、貴女にはここで消えてもらうわ」


 姫騎士のコスプレをしたお嬢さまが叫び声を上げ。


 姫川さんは、統率のとれた10人ほどのお嬢さまたちに周囲を囲まれてしまう。


 多勢に無勢。


 10人全ての攻撃をかわしきることはできず、レースクイーンのコスプレをしたお嬢さまに羽交はがめにされてしまう。


「いくら暴れても無駄よ。

 ヒサコは関節技の達人だから、決して抜け出せないわよ。

 たっぷりと可愛がってあげるわ」


「ちょっとどこを触っているのよ。

 変態……ヘンなところを触らないでよ」


 踊り子の衣装を身に纏ったお嬢さまが姫川さんのスカートの中に手を突っ込んだ。


 相手が同性だと分かっていても、姫川さんは堪えきれず悲鳴を上げた。


「男ウケするイイ身体しているわね。

 このエッチな身体でいったい何人の男をオトしてきたのかしら」


「変なこと言わないでください」


「こんなイヤらしい身体をしているのに、意外とウブなのね」


 楽しそうに笑いながらも踊り子お嬢さまは、姫川さんのスカートの中に手を突っ込んだまま、モソモソと撫で回すことを忘れていなかった。


「もう、これで愛理沙お姉様の勝ちは……」


「そんなにうまくいかしら」


 姫川さんの体温でチョコは溶け。


 メイド服はチョコレート塗れになり、チョコレートは三層になっていることに気付く。


 一番上がビターチョコ。真ん中がホワイトチョコ。一番下がブラックチョコになっております。


 一番下のブラックチョコレートに文字が書いてあった『ハズレ』と……。


 それを見た他の女子生徒たちも一斉にチョコレートをペロペロと舐め始める。


「ほら、こんなところで私の足止めをしていていいのかしら。

 もし、私以外の選手が当たりを引き当てる可能性だってかもしれないわよ」


 羽交い締めにされた状態のままジャンプし、見事『チョコレート』をくわえると姫川さんも負けずとチョコレートをペロペロと舐める。


「確かにこのままでは、分が悪いわね。

 わたしたちも手分けして、チョコレートを舐めるわよ」


「はい」


 だが、なかなか当たりが出てこない。


 でもチョコはどんどん減っていき。


 残すチョコはわずか2個になっていた。


「そろそろ頃合いね」


 姫川さんはチョコ目がけて高く高くジャンプをする。


 対するありさちゃんは膝をついていた、度重なるジャンプの反動が今頃になって襲ってきたみたいだな。


「させるか」


 それを待っていたわと言わんばかりに姫川さんは、飛んできたクナイを上手く使い、空中で見事2つチョコをキャッチするという今日一番の素晴らしい高跳びを見せてくれた。


「ごめんなさい、愛理沙様。

お役に立てず……」


 姫騎士のコスプレをしたお嬢さまは愛理沙ちゃんの前で片膝をつき謝罪の言葉を口にした。


 空気のようにはかない、かすれて、か細くなった声だった。


「気にすることなんてないのよ。

 アナタたちは十分過ぎるぐらい頑張ってくれましたから。

 今回は大人しく負けを認めることにします。

 でも絵の勝負は絶対に負けないから、覚悟しなさい。

 姫川理沙」


 ニコやかな笑みを浮かべるありさちゃん。


 だがその笑顔には薔薇のとげのように鋭利なまま隠された激烈な怒りがこめられているように見えた。


「ええ。私はいかなる勝負でも受けて立つわ」


 見事!? 姫川 理沙が優勝を果たしたのだった。


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