第8話 姫川さんが言っていたことは、本当だったのか

『大助視点』


 姫川さんが大人気声優の『中田なかた』に、体育館倉庫の呼び出されたという噂を耳にした。


 俺は大急ぎで現場に向かっている途中の、廊下の曲がり角で一人の少女とぶつかってしまう。


 廊下は濡れていて、モップとバケツが転がっていた。


 どうやら掃除をしていたみたいだな。


 さらに転んだ拍子にスカートが捲れ、ベジュー色の『ぱんつ』が丸見えになっているので、視線が吸い寄せられるものの慌てて逸らし、冷静を装いつつゆっくりと立ち上がり。


 続いて殺妹も立ち上がり、スカートのお尻の部分についた埃をパンパンと払う。


「ごめんなさい。

 ちょっと、急いでいたから。

 ちゃんと、前を見ていないかった。

 本当にごめん……」


「あちきも悪かったでありんす……って、アレ……写真がない……ないで、ありんす……」


 そう叫び声を上げたのは、予想通り殺妹ちゃんだった。


 首元で切りそろえたボブカットと花柄の髪飾り、左眼を覆い隠しすほど伸びた前髪が特徴的なクラス委員長で、間違っても狐娘のコスプレして学校に来るような不真面目人間ではない。


「えっ!? なんで、耳と尻尾が生えているわけ」


「水をかぶると『化け狐』に変身して特異体質なんで、ありんす。

 でも今回はかぶった水が少なかったから、こんな中途半端な変身になったのでありんす。そんなことよりも『写真』、写真でありんす」


 写真? ああ、これのことかな? 


 足元に一枚の『写真』が落ちていることに気づき、拾い上げると、そこには小学校低学年くらいの可愛らしい女の子が写っていた。


 体操服姿で、胸には『ひめかわ』の文字が書いてあり、スパッツから伸びる脚が眩しいほどにキレイだ。


 このアングルは、おそらく『盗撮』だろうな。


「なんだよ、やっぱり照れ隠しかよ。

 姉妹そろって素直じゃないな。

 本当は、姫川さんのことが好きなんだろう」


 殺妹は俺の手から写真を奪い取り、大切そうに写真を胸元方に持っていくと、恥ずかしそうにうつむき。


「ダイスケくんは、あちきことをキモチワルイって思わないの」


「少なくとも俺は、そんなことで、キミのことを気味悪がったりはしない。

 世間がどう思うと俺の知ったことではない。

 いつ誰を好きになるなんて、自分にもわからないものだと、思うからさあ。

 だからそれを抑え込んだり、無理に人に合わせる必要なってないんだ。

 ……って、姫川さんなら言うと思うんだよね。

 なんだかんだ言って、姫川さんは優しい人だから、人の痛みがちゃんとわかる人だからさ」


「お姉ちゃんだけなんで、ありんす。

 こんなおかしな喋り方をしているあちきに、話しかけてくれたのわ、でありんす。

 でもアタシは、極端な人見知りで、初めて会う人と言葉を交わすのはもちろん、目も合わせられないほどで、何を考えているのかわからなくて、キモチワルイって……」


 考えの読みづらい無表情でありながら、その目は少しばかり、潤んでいるようにも見え。


 俺は彼女のことをどうしても放っておくことができなかった。


 ストレートな言葉は強い。


 そして心に響くものがあった。


 俺にはない『強さ』を持っている、彼女のことを『応援』したいと思った。


 彼女に自分の想いを伝えるために、言葉を吐き続ける。


「俺も相手に自分のキモチを伝えるのは、得意じゃない。

 声も小さいし。

 どういったら一番的確に『いいたい』ことを伝えられるだろうか、と考えているうちにタイミングを逸脱し。

 話題はすでに別のことへと切り替わっているなんてことは、日常茶飯事だ」


「ダイスケくんって、とても優しいヒトなんでありんすね。

 こんなにも優しくされたのは、初めてでありんす」


 想いが通じたのか? 彼女は僅かに目元を緩めて微笑んでくれた。


 俺はほっと胸をなで下ろし。


「あと何か勘違いをしているみたいだから、念のために言っておくけど。

 俺は……そんなできた人間じゃない。

 ただ困っているヒトがいたら、助けるのは、ヒトとして当然のことだろう」


 それは心の底からの叫びだった。


「いまどき珍しい『お節介』なヒトでありんすね。

 お姉ちゃんが惚れるのも……むりないで、ありんす……」


 彼女は木漏れ日のようなあたたかい笑顔を見せ、微笑みかけてきた。

 

一瞬、息が止まってしまった。


 その笑顔があまりに透き通っていたからだ。


 そんなやり取りをした後。


 俺は殺妹からモップを受け取り、拭き掃除の手伝いをすることになった。


 彼女は手際よく床を掃き始め、ゴミを集めていく。


 そのテキパキとした動きから、プロのハウスキーパー以上の技術力を持っていることは、容易に想像できた。


 俺も彼女に遅れを取らぬように黙々と床を拭いていく。


 床に散乱していた埃が瞬く間に消え去り。


 廊下はピカピカになり、本来の輝きを取り戻していた。 


 掃除を終えた時には、殺妹ちゃんは、すっかり元の姿に戻っていた。


 浴びた水が少なかったため、すぐに元の姿に戻ることできたらしいな。


 掃除用具を片付けて、目的地に着いた時には、もう姫川さんの姿はどこにもありませんでした。


 どうやら、行き違いになってしまったみたいです。


 告白の結果は、凄く気になりますけど……直接本人に聞く、勇気もありませんでした。

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