第9話 人生には3度のモテ期が訪れる聞いたことが……

 翌日。

 

 昇降口には、人だかりができていた。


 殺妹あやめちゃんが号外を配っていたのだ。


 学級新聞の内容は、姫川さんが中田のことをこっぴどく『振った』ことが書かれていた。


 とはいえ、俺と姫川さんの関係性が進展したわけではない。


 まあ、変わったことと言えば、何かと理由をつけて、姫川姉妹が俺に話しかけてくることが多くなったことかな。


 今までは、事務的な会話はほとんどだったんだけど……授業中でも熱い視線を感じるし、紙切れが回ってきたこともあった。


 男子トイレの個室にまで、一緒に入ろうとした時はさすがに驚いたけどな。


 もはや常軌を逸した異常な行動としか思えなかった。


 そして昼休み。


 いきなり俺は……人気ひとけのない『校舎裏』に呼び出された。


 小さな花壇と多少の木々がある程度の寂しい場所だ。


「ろ、露璃村ろりむらくん……い、いつも~パンばかり食べてるでしょ。

 でも、それだと栄養が偏っちゃうから。

 今日は私がお弁当……つ……作ってきてあげたわよ♥

 か、感謝しなさい♥

 栄養面を考えながら、ちゃんと露璃村くんの舌に合うように、愛情をたくさん込めたスペシャルお弁当よ」


「ありがとう」


 可愛らしい白猫がプリントされたお弁当箱を差出してきた時の姫川さんの顔は、なんだか赤く染まっており、普段以上に可愛く見えたので、つい受け取ってしまった。


 でも考えてみれば『女の子の手作り弁当』を貰うなんて、これまで生きてきた『人生』のなかで初めてのことだった。


 だから正直言って、めちゃくちゃ嬉しかった。


「ここで、開けちゃダメかな?」


「ええ、いいわよ……というか、ここ以外で開けちゃ駄目よ。

 だって、その、もにょもにょ……露璃村くん以外の人に、見られるのは……ちょっと……恥ずかしいんだもん♥」


 恥ずかしがる彼女の姿に興奮しつつ弁当箱を開けるとーーその中身は。


「……ハートマーク」


 白いご飯に大きく、赤飯で『ハート』が描かれていた。


 まるで『恋人』が作ってくるお弁当みたいで、たくさんの愛情が詰まっていた。


 さらに花をあしらったニンジンや、きゅうり、パセリ。


 蝶みたいな形に切ったカマボコ。


 鶏の唐揚げとレモン。


 ウインナーで作ったウサギも可愛らしいくて、うずらの卵の串揚げが絶品だった。


 あと焼き鮭が美味しかったな。


 皮はパリッとしていて、適度なこげめが食欲をそそり、家庭的な味がした。


 それから毎日のようにお弁当を作ってくれるようになった。




 ++++++++++++++++++++++++




 でも……教室で姫川さんが作ってくれた『愛妻弁当』を食べると、クラス全体の空気が悪くなるので、校舎裏のベンチでひっそりと食べている。


 別にイジメられているわけではない。


 ただ落ち着かないのだ。


 原因は俺にある、いまだにヒトから注目されるのは、苦手なんだよな。


 でもどうしても注目を集めてしまう。 


 何せ、姫川理沙は全校生徒の『憧れの的』だからな。


 いまだに諦めきれない男子や女子が大勢る。

 

 その帰る道で、園芸用の小さな剣先スコップを握りしめた殺妹ちゃんを目撃した。


 髪型はサイドアップで、制服ではなく『体操服』を着ていた。


「殺妹ちゃん、園芸用のスコップなんて持って一体どこに行くの?」


「ダイスケくんの足元に咲いている花を花壇に植え替えようと思って」


 そこで初めて足元にマリーゴールドが咲いていることに気がついた。


「この辺りの土は踏み締められていて、固いから俺も手伝います。

 スコップを貸してください」


「お言葉に甘えて、お願いします」


 口数も少なく表情も乏しいものの、それが逆に儚くて幼い少女人形のような、神秘的な雰囲気を漂わせている。


 しかしそんな一面は、あくまでも一面でしかないことを俺は実体験で知っている。


 殺妹ちゃんからスコップを受け取り、近くの花壇へと花を植え替えた。


 手が汚れるのも構わずに殺妹ちゃんも手伝ってくれた。


「これでよし……っと、手伝ってくれてありがとうね、ダイスケくん」


 そう言って彼女はニコっと柔らかく微笑んだ。


 控えめで甘いその表情に、俺は思わずドキっとさせられ、照れ臭そうに頬を掻きながら


「そんなお礼を言われるようなことじゃありません。

 殺妹ちゃんがいなかったら、足元に咲いている花にも気づかずに踏みつぶしていたと思います。

 もし、気がついたとしても……花壇に植え替えようなんて行動力は、俺にはありません」


「そんなことないです。

 ダイスケくんは花を慈しむことができる優しい人間だと思います」


「それは買いかぶり過ぎです。

 俺はそんな……大層な人間では……ありません」


 殺妹ちゃんは目を細め、なんだが勝ち誇ったような意地の悪い笑みを浮かべて。


「ダイスケくんの場合は、謙遜っというよりも意気地なしですよね」


 その視線は研ぎ澄まされた刃物のように鋭く。


 彼女は俺の耳元にそっと紅い唇を近づけて、ささやくように


「いつも校舎裏でコソコソとお弁当を食べているそうじゃないですか。

 コソコソしないでもっと堂々としていればいいんですよ。

 ダイスケくんは、この世界の王になる男なんですから」


 低く、ドスのきいた声が俺の心臓をえぐる。


「お、俺のことを……どこまで、まつり上げるつもりなんだよ」


「ふふふっ」


 張り詰めた重い空気が流れ。


 俺は耐え切れずにその場を逃げ出す。


 戦略的撤退だ。


 ヒトはそう簡単に変われない。


 やっぱり女子は苦手だ。


「なんで逃げるんですか!? ダイスケくんのバカぁああ!?」


 ラブコメの主人公は短絡的で子供でお調子者だ。


 俺とは全然違うな。


 俺はラブコメの主人公にはなれそうにない。




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