スーツマジック大作戦 後編

 シュルシュル。シュルシュル。モミモミ。パンパン。


 全身が映る大きな鏡。メジャーを持った真剣な表情の女性たちに囲まれて、ひたすら姿勢よく立ち続けている。


 手首、肘、肩先、二の腕、上腕、首周り、肩幅、胸囲、胸板、背中、ウエスト周り。腰周り、股下、大腿、下腿。


 触られていない場所はごく僅か。チラッと壁の時計を見たら、採寸を始めてから、もう30分以上経っていた。


 採寸って、こういうものだっけ?


 潤さんに視線を送ると、うんうん頷いてる。ってことは、当然セクハラじゃなくて、真面目な仕事の範疇ってことだ。


「お疲れ様〜楽にしていいわよ」

「見た目より筋肉がある。思ったより着痩せするのね」

「これなら盛る必要はないですね。貧弱にならずに着こなせると思います」

「じゃあ、予定通りスタイリッシュな細身スーツで行きますか」


 やっと終わった。マジ疲れた。全身の力を抜いて息を吐いた。


 薄手のインナー越しとはいえ、直接息がかかる距離で女性に触られたり、大胆に筋肉を揉まれたりしたのは、この世界に来て初めてだ。


 最初はめっちゃ恥ずかしかったけど、皆さん真顔だし、何より立ったままジッとしていなければならなかったので、そうも言ってられなくなった。


「本当なら、時間をかけてパターンを採りたいところだけど、入学式に着るのよね? さすがに間に合わないわ」

「既製品の手直しでも超特急ですからね。でも、お針子さんたち、もの凄く張り切ってますよ」

「じゃあ、とりあえず試着していこうか。服が決まらないとコーディネートもできないし」

「ですね」


 てっきり、何着か見て終わるものだと思っていたら、物凄い大掛かりになりそう。


「筒井さん、髪色や髪型はこのままですか?」

「先月カットしてるので、整えるくらいですね。基本はこのままで。カラーリングの予定はありません」


 エグザキッチンに出演する時に、耳周りや襟足をすっきりとカットした。ついでに、眉毛も軽く整えてもらっている。


「この髪色だと、ブルー系のシャドーストライプが似合いそう」

「チェック柄も合わせてみたいですけど、入学式じゃダメですよね」

「そうね。用途を考えるとスタンダードでいいと思うわ。ジャケットはシングルでノッチドラペル。スラックスはシルエット優先だからノータックでテーパード。まずはこれで行きましょう。ジレはスーツを選んでからね」

「表地はブルー系ですよね。裏地はどうしますか?」

「裏地は奇をてらわずにミッドナイトブルーとか暗めの同色系がいいわね」


 ハンガーに吊るされたスーツがラックごと大量に運び込まれ、あとは鏡を前にされるがままだ。


 スーツが決まり、ジレ(ベスト)を合わせて、ワイシャツ、カフス、ネクタイで意見が飛び交い、ベルト、靴下、靴、ポケットチーフにトレンチコート。更に、人気商品だというレザーのブリーフケースまでもらってしまった。


 肝心のスーツは、スタイリッシュなスーツ3着+ブラックフォーマル1着の計4着。


 これで最低限だと言われた。スーツは連続着用はNGで、ローテーションして着るものなのだとか。礼服も必須。お手入れ用のブラシまで付けてくれた。


「完璧。イメージ以上。いいわよ。すっごくいい」

「やり切った感があります」

「ここまでイケメンだと、スーツマジックなんてどうかなって思ってたけど、実際に着せてみると、効果が半端ないわね」

「10人中10人が『グハァッ』って、クリティカル受けて悶えると思います」

「さっきから、ドキドキが止まりません」

「趣味嗜好をぶち抜けますね。落とせない女はいないのでは」

「顔はもちろん、スタイルが良くて、清潔感は余るほどある。なおかつ、キラキラが似合い過ぎ」

「カフスのチラ見せで間違いなく悩殺でしょう」


 今更だけど、スーツマジックって何?


《女性がスーツを着た男性をカッコいいと思う現象です。個人差はありますが、評価が5割増しから10割増しになると言われています》


 それは凄いね。


《特に、清潔感、スタイルの良さ、フォーマル感、知的な印象、仕事ができそう——などの項目に加点が多いです》


「着心地はどうかしら?」

「体型に合っているせいか、動きやすいです」

「スラックスはシルエット重視だから、フィット感がある代わりに、しゃがんだりすると、ちょっとキツく感じるかも。でも、スリムでスマート。脚長効果はバッチリね」

「確かに。脚が長く見えるような気がします」

「革靴のヒール補正があるとはいえ、元が高身長でスタイルがいいから、スーツ姿がよく映えるわ。理想的ね」


 鏡に映る自分を見ると、いつもより大人びて見える。それにめっちゃお洒落。スタイリッシュってこういうことか。スーツすげぇ。


「武田さんほどのイケメンでなくても、自分の体型に合ったスーツを纏えば、大抵の男性はカッコよく見えるのよ。魔法みたいでしょ?」

「ここまで雰囲気が変わるとは思いませんでした。スーツに負けないように、立ち居振る舞いも気をつけなきゃダメですね」


《初心者でも安心。あっという間にスタイリッシュ・プリンスに大変身。「スーツマジック・イリュージョン」がインストールされました》


 おいっ、そこは「インストールしますか?」って聞くところじゃないの? なんで許可なくインストールしちゃってるの?


《主人公補正【スーツマジック・イリュージョン】スーツ着用時に、無意識下で洗練された着こなしと立ち居振る舞いを可能にし、パッシブでスーツマジックが発動します》


「あら。さっきまでは初々しかったけど、あっという間にスーツに慣れたみたいね。いたについてるし、立ってるだけで絵になるわ」

「ありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです」


 主人公補正が仕事早過ぎ。


「筒井さんの感想はどうかしら?」

「いつもは甘い感じが全面に出てますが、かなり大人っぽく見えますね。知的でクール、頼りがいがありそうにも見えます。いい意味で普段とギャップがあるので、魅力マシマシです。似合うだろうとは思っていましたが、素敵なスーツですね」

「気に入って頂けたようでよかった。参考までに、スナップ写真を撮らせて頂いてもいいかしら? 社内報告用なので、許可なく表には出しません」

「結星くん、どうかな?」

「構いません。コーディネートの参考にしたいので、自分でも写真を撮っておきたいですね」

「じゃあ、撮影会といきましょうか」


 その後、報告用の写真と、スタッフの皆さんとの記念写真、更に数点の着せ替えが行われて、この日は終了。


 一部商品は持ち帰ったが、スーツには若干補正が必要で、品数も多く、中には試着用のものもあったから、残りは後日、事務所の人が受け取って自宅まで配達してくれることになった。


「結星くん、お疲れ様。今日はどうだった?」

「潤さんも、お疲れ様です。そうですね。フィッティングがあんなに大変だとは思いませんでした」

「かなり本格的だったわよね。あれって、オーダースーツ用だと思うわ」

「そうだったんですか。どうりで」

「現場から上に報告がいけば、また何か言ってくると思う。それくらい似合ってたから。その時は改めて知らせるわね」

「分かりました。配達とかも含めてよろしくお願いします」

「任せて。私が動くことになると思うから、気になる事があったら連絡してね」

「はい。助かります」


 これで入学式のスーツはバッチリだ。いわゆるリクルートスーツじゃないけど、大丈夫だよね?


 でも、マジで疲れた。今日は爆睡かもね。





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