スーツマジック大作戦 前編

「衣装協力ってなんですか?」

「衣料品メーカーやブティック、アパレル専門店なんかが、広告目的で有名人に自社製品を貸与、あるいは提供することよ」


 そろそろ入学式用のスーツを買いに行かなきゃと考えていたら、所属事務所の潤さんから呼び出しがあった。


「結星くんが今年大学進学だと耳にしたらしくて、是非にって。太っ腹で、貸与じゃなくてスーツやコート、インナー、小物やシューズに至るまで、丸ごと一式下さるそうよ」


 なんでも、某有名ファッションブランドから申し出があって、自社製品の中から、俺に似合うスタイリッシュなスーツを選んでくれるらしい。


「これってエグザ関連の仕事じゃないですよね?」

「そうね。だけど、元々皮革製品を扱っていたアクセシブル・ラグジュアリー・ブランドが、アパレルにも進出して、今とっても勢いがあるのよね。いい話だと思ったから、断るにしても一応聞いてみてからにしようと思って」

「えっと。アクセシブル・ラグジュアリー・ブランドってなんですか?」


 恥ずかしながら、俺は食欲極振りだから、ファッション関連には全く詳しくない。聞かぬは一生の恥だというし、ここは聞いてしまうことにした。


「直訳すると、『手が届きやすい価格なのに贅沢なブランド』になるかな。海外生産でコストダウンして、高額なラグジュアリーブランドよりも製品価格を抑えているのが特徴ね。流行に敏感な若い顧客層をターゲットにしたプレミアム感のある高級ブランドってところかしら。それのアパレル版」


 若者向けの高級ブランド。それを俺が着るの?


「ブランド側にはどんなメリットがあるんですか?」

「今回の話は、いわゆるCMキャラクターとは違うので、大々的に広告を打つわけじゃないの。誰それが自社製品を着用してますと、メーカーのホームページやブログで紹介したり、店頭で告知するという形で広告効果を狙うのね」

「なるほど。そういえば、妹の買い物に付き合ったときに、店頭でそれっぽいのを見たことがあります」

「結星くんの意向を汲んで、ファッション撮影はないし、同意がなければ被写体としての露出もない。あとでCMキャラクターやブランドアンバサダーへの起用の話がくるかもしれないけど、抵抗があるなら、もちろん断っても大丈夫。どうかしら? 試しに受けてみない?」


 エグザ以外の仕事か。


 俺的には学業やプライベートを優先したいから、仕事関連ではあまり手を広げたくない。スーツ一式は魅力的だけど、断ろうかな?


《ポン・ポン・ポン・ポーン! サブクエスト「スーツマジック大作戦」!!》


 おい、こら日記帳! 唐突に出てきたと思ったら、また便乗クエストかよ。


《素敵なスーツ姿で、女性たちの視線を釘付け! 社会への影響力を増し増しして、インフルエンサーを目指そう!》


 インフルエンサー? 俺の役目ってプリンの普及じゃないの?


《そのための下地作りです。目的は、情報発信力と拡散力を鍛えて、消費者の購買行動に強い影響力を及ぼすことにあります》


 購買行動って何?


《消費者が商品を購入する際には、まずは商品を認知し、次に興味や関心が湧き、欲しいという感情の変化が生じて、ようやく買うという行為に繋がります。かなり端折ってますがが、その一連の流れです》


 欲しいから買う。その前の心理変化か。まあ、言われてみればそうなのかな。


《購買行動の過程には、似たような製品を比較するという心理も含まれます。消費者の購買意欲を煽り、購買意思決定に干渉する。それができれば、より多くの人がプリンを求めるようになるでしょう》


 そう上手く行く? 


 プリン同士を比較しても、プリンの消費量が増えるわけじゃない。つまり、他のスイーツや食べ物から、プリンに乗り換えさせないといけないわけで。


《だからこそ、よりカリスマ性を高める必要があります。消費者への説得力が足りない部分を、圧倒的なカリスマでねじ伏せる。いわゆるファン心理に基づく購買を狙います》


 ファン?


 テレビや雑誌にはチョロっと出てるけど、俺の認知度って、一般人に毛が生えたようなものだと思うよ。


《マスターのそういった天然ぶりも、良い意味で活用できます。インフルエンサーマーケティングでは、一般人であるインフルエンサーが、消費者目線で製品を紹介できるのが強みです。フォロワーに対して口コミ感覚で宣伝できますから》


 フォロワー。ということは、SNSでの発信が前提なの? 俺、そういうの苦手だよ。


《SNSも多様化してます。マスターには、日常のちょっとした出来事の写真投稿——のようなスタイルがお勧めです》


 そんなの需要あるかな?


《千里の道も一歩から。まずはフォロワーの確保から始めましょう。いずれは世間に広く認知され、不特定多数のユーザーへ情報を届けられるといいですね》


「結星くん? 難しく考えなくてもいいのよ。無理に仕事を押し付けるつもりはないし、嫌なら断っちゃうから」


 俺がしばらく黙っていたせいで、潤さんには考え込んでいるように見えたみたいだ。


「いえ。かなりご配慮して下さっているみたいだし、受けてもいいかなって」

「本当に? それなら、話を聞いてもらってよかったわ。監視的な意味で私もついて行くし、不本意なことはさせないと約束するから」

「だったら安心ですね。当日はよろしくお願いします」


《ポーン! サブクエスト「スーツマジック大作戦」開始です!》


 だからさ。そういうのが調子いいっていうか、ちゃっかり過ぎだって。


 


 



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