3DCPP

 世の中には甘いものが苦手な男性だっているはずだよね? こうも世間がチョコばかりで埋め尽くされると、反発したくならないのかな?


 まだ男女比が均等だった時代でさえ、日本ではバレンタインデーの贈り物がチョコであることを受け入れる人が多かった。


 なぜだろう?


 俺自身は甘いものが好きだし、その中にはチョコも含まれている。ただ、チョコそのものよりは、加工されたチョコレート菓子の方が好きかもしれない。


 クッキー、マフィン、ドーナツ、マカロン、エクレア、ケーキ、ブラウニー。数え上げれば、チョコレートを使ったお菓子は身近に溢れている。

 だけど、今俺の目の前にある、この手作りデザートの質量を越えるものには、そうそうお目にかかれないのではなかろうか?


 以前作ってくれたデラックスデコレーションデカプリン、略して3DPから更にバージョンアップした結衣の渾身の力作。


 デラックスデコレーションデカチョコプリンパフェ、略して3DCPP。


 いったいどこで仕入れたのかと聞きたくなる、花の形をした優美なサンデーグラス。

 食い放題用やパーティ用、あるいはディスプレイ用じゃないかこれ? なぜなら、どう見ても直径30センチはあるから。


 フリル状になったグラスの縁から溢れ落ちそうなほど、盛りに盛った圧巻パフェは、物凄い攻撃力を有していた。


 中心に聳えるのは、カスタードとチョコのツインプリンだ。二峰のプリンマウンテンは、カスタードの方がひと回り大きくなっている。


「なんでこれ、大きさを変えたの?」

「それは、上下関係をきっちり……じゃなくて、今のなし、そ、そうそう、寄り添う幸せな恋人たちを象徴するために、ワザとやったの」

「そうなんだ。どっちもソースが蕩けてて美味しそうだね」


 カスタードプリンから溢れる、ほろ苦濃厚カラメルの雫が、まるで王冠のようだと思った。半月早いけど、お雛様的なイメージもあるのかな?


「このプリンは、なんか王様みたいだね」

「そう見える? よかった。とろりんとなるように、カラメルの火加減に苦労したんだ」

「じゃあ、チョコソースのイメージはなに? ドレスって感じでもないし」


 チョコプリンにかかる艶やかなチョコレートソース。プリン全体ではなくて、丁度半分を覆う感じだ。


「それは絶対忠誠の剣を捧げる騎士のマント……違った。今のもなしね。えっと、女性が被るベールみたいな?」

「なるほどね」


 それぞれのプリンの上に、渦巻き状に絞られた雪帽子のような生クリーム。その上に食い込むように鎮座する大ぶりの苺たち。


 器の底にはバニラとチョコの二種類のアイスクリームが敷き詰められ、チョコレートソース、ストロベリーソース、カスタードクリームがマーブル模様を描いている。


 プリンを取り巻くデコレーションも、全方向に凄いボリュームだ。

 トグロを巻く生クリームと、丸くくり抜かれたストロベリーシャーベット。器の縁にはカットされたオレンジ、バナナ、メロンが所狭しと差し込まれ、全体にブルーベリーやラズベリー、小さくカットされた兎形リンゴが点在している。


 果たして全部食べ切れるだろうか? 強敵を目の前にして、さすがの俺も不安になってきた。


「ただいま〜あら凄い! 随分と頑張ったわねぇ」


「「お母さん!!」


 お帰り母さん。よくぞこのタイミングで帰って来てくれました。そうだよ。一人で無理なら、三人で和気藹々と食べればいい。


「母さん、夕飯は?」

「外で食べてきたわ」


 やった!


「だったらさ、これ一緒に食べようよ」

「あら、結衣が結星のために作ったんじゃないの?」

「もちろん俺も食べるけど、ほら、こんなにあるしさ。みんなで食べた方が楽しいよ。だから、結衣も一緒に食べよう!」

「うん! わーい! パフェ祭りだね。材料はあるから、じゃんじゃんお代わりしてね! お兄ちゃんもお母さんも好きなだけ食べて」


 お代わり? それもじゃんじゃん。結衣さんや。お兄ちゃんはめっちゃ頑張るつもりだけど、さすがにそれは無理です。


 *


 思う存分プリンパフェを堪能した後、母さんから父さんの近況報告があった。

 最初の予定では、父さんは少なくともバニラの実の収穫するまでは日本にいるはずだった。なのに、予定を切り上げざるを得なかった理由を教えてくれるらしい。


「キャサリンさんに子供が?」

「そう。ずっとできなかったから諦めていたところに、急遽妊娠が分かったらしいの。キャサリンさん本人は動転しちゃって情緒不安定になるし、手広くやっている事業を一時的に誰に引き継ぐかみたいな調整が大変で、降星くんがイギリスに様子を見に行くことになったのよ」


 なるほど、そんな事情だったのか。


「そっか。キャサリンさんは凄い実業家だから、おめでたいだけじゃ済まないんだ」

「そうね。1月半ばにその騒動が起きて、少しは落ち着いたかなと思ったら、今度はマリーさんの妊娠が分かって、これまた大騒ぎ。次はマダガスカルに飛ぶらしいわ」


 短い期間に凄い移動距離だ。世界を股にかけて恋愛していると、こういう大変さがあるのか。


「でね、そういう事情で、降星くんは当面日本に来られないの。それと、キャサリンさんとマリーさんの妊娠が同じ時期に判明したことで、他の二人も期待し始めちゃってるらしいのよね」

「他の人はどこの国に住んでいるんだっけ?」


 以前聞いた気がするけど、国名までは覚えてない。


「リンメイさんが中国、ベロニカさんがパプアニューギニアよ」

「うわぁ。世界地図を見ないと分からないね」

「それでね。お母さんも、近い内にイギリスに行くことになったの。それも長期出張扱いで」

「えっ、なんで?」


 何故ここで母さんの海外出張の話になるのか。関係性がよく分からない。


「キャサリンさんからのご指名よ。彼女とは以前から面識があって、お母さんの会社とも取引があるのよね」

「会社経由ってことは、お仕事の手伝いをして欲しいってこと?」


「それがね。お母さんもオファーがあったと聞いてから、キャサリンさんに直接理由を尋ねてみたの。そうしたら、子供ができたのは降星くんが以前とは変わったおかげだと言っていたわ。そして、彼が変わった原因は、日本の家族にあるはずだって」


 それはまた……キャサリンさん鋭い。たぶんだけどドンピシャリだ。


 父さんは日記帳の保有者で、自分が転生者だと知っている。でも、ずっとこの世界に馴染めなくて、長年、他の転生者を探しに世界中を放浪していた。


 ところが、神様的な都合で、突然大きな子供が二人もできて、その際に神様の声を直接聞けた。そういった一連の出来事がきっかけとなって、自分には愛する人たちがいることをようやく自覚できたと、本人から聞いている。


 鍵はそこにあったのかな?


 転生者自らが、心からこの世界を受け入れる。そうして初めて、この世界も、転生者をお客様ではなくて、正式な住人として受け入れる。だから、このタイミングで、愛の結晶である子供を授かることができた。


 考え過ぎかもしれないけど、それが正解の気がした。


「キャサリンさんは、あなたたちにも会ってみたいんですって。ただ、話はそう簡単じゃないし、様々な大人の事情が絡んで来るから、もし会うにしても状況が落ち着いてからにして欲しいと、彼女には言ってあるわ」

「じゃあ、いずれ俺たちもイギリスに行くの?」

「おそらくね。その際には、結衣はともかく結星は危ないから、防犯のためにプライベートジェットを飛ばしてくれるそうよ」

「うわぁ、気前がいいね」


 そうだった。海外は誘拐天国でめっちゃ危険なんだった。イギリスに行くなら有名なお城や博物館を見て回りたいけど、気軽に観光するのは無理なのかな?


「困ったことに、ネットで有名になっているようなの。規制をすり抜けて、国内限定の動画が海外に流出しているみたいで。あなた、海外ではbubble bath princeとか、naked princeって呼ばれているらしいわよ」

「それって、直接すると、泡風呂王子と裸王子?」


 なんか嬉しくないぞ。特に裸王子の方。まるで俺が裸族みたいじゃないか。


「となると、流出したのはエグザのCMなのか」

「せめてプリンを食べてる方だったら良かったのにね」


 本当にそう! 広めるならプリンを食べている方にして。裸族はダメだから!





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