神職版ロミジュリ
とある若い男女が恋愛関係になりました。
彼らが普通の家の子供であれば、正式にお付き合いをして、めでたしめでたしで終わったでしょう。
しかし、そうはならなかったのです。
なぜなら、彼も彼女も共に世襲制の家業を継ぐ予定の跡取りだったからです。
二人は大人の事情に阻まれ、結局、結ばれることはありませんでした。
明らかに両想いにもかかわらず、別れを選ばざるを得なかったのです。
「……というわけなんだ」
「なるほどねぇ。でもさ、ちょっと聞いていいかな? なんで俺って今日呼び出されたの?」
「いやいや。まだ続きがあるから。ここからが大事なんだって。もうちょっと話に付き合ってよ」
今俺がいるのは、VRゲーム「
結城から直に話をしたいと言われて、ログイン時刻を合わせて落ちあうことになった。
わざわざ個人的に呼び出すなんて、よほど大事な話だろうと思って来てみれば。
なぜか唐突に、結城家の長女である凛さんの過去の恋愛話を聞かされた。
凛さんはかつて、神職養成所で知り合った男性と恋仲になったのだそうだ。だけど、家庭の事情で上手くいかなかった。そんな気の毒な話を。
「一旦は別れたんだけどさ。凛姉は、まだ相手への想いを引きずってる。それが見ていて焦れったいんだ」
「そうなんだ。あーでもなんか腑に落ちた」
結城四姉妹とは、去年の初詣の時に初めて会って、スキー企画の時に一緒に遊んだりもした。だけど、凛さんは一貫して保護者的な態度を取っていて、俺たち高校生男子は、恋愛対象として見られていないような気がしていた。
「そうだよね。武田にも分かるくらい、凛姉は恋愛に消去的になっててさ、このままじゃダメだと思ったわけ。だから、今年は豆まきイベントを盛大にやったんだ。アイドルを餌に片桐たちを呼んでね」
「豆まきイベントの事はメッセージで知ってたけど、片桐たちを呼んでアイドルも呼ぶって、狙いがよく分からない」
片桐は悪い奴じゃないんだけど、ドルオタと呼ばれる人種で、推しを目の前にすれば、当然はしゃいでしまうわけで。
「あれさ、テレビ中継されたんだよ。それも全国ネットで。もちろん、そうなるようにお膳立てしたんだけど」
「へぇ、それは凄いね。知らせてくれたらテレビを見たのに」
「舞台から参拝客に豆をまく時に、あえて凛姉と片桐をペアにしておいたら、映ること映ること。やっぱりテレビ局も、若い男を公然と電波に乗せられる機会を逃さないよね。狙い以上にいい感じに報道してくれてさ」
まさか。結城の狙いって。
「予め、相手には手紙を送っておいた。今ならまだ間に合うけど、このままじゃ、年下の男に掻っ攫われますよ。それでもいいんですか? ってね」
やっぱりそういうことか。
家の事情で実らなかった恋。でもいまだに両想いの可能性があって。踏ん切りがつかない二人に一歩踏み出させるために、相手の男性を煽った。
決別するか否か。ここではっきりしろと。
男性の数が少なくて超売り手市場だからこそ、女性は余計に待つのが難しくなる。年齢が上がれば選択肢が減って行き、婚姻関係を結ぶ際に不利になるからだ。結城が決断を急かしたのも、動機としては分かるんだけど。
「片桐は当て馬?」
「ぶっちゃけそう」
「さすがに酷くない? 片桐は一応正面から凛さんにアプローチしていたのに」
「だから、わざわざ片桐の推しアイドルを呼んだんだよ。アイドルの誘惑を跳ね除けて凛姉に本気を見せるなら、応援してやらなくもなかった」
なるほど、そういうことか。片桐は結城が用意した試練を乗り越えられず、推しアイドルにふらついちゃったのか。
「結果を聞いても?」
「相思相愛。速攻で会いに来たよ。『やっぱり君を諦められない。長男だから、長女だから、恋をしちゃいけないなんて。そんな理不尽なことは受け入れられない。僕が君の家族を説得するから、結婚しよう』ってね」
「そこまで上手くいったんだ。まるで恋愛ドラマみたいな展開じゃないか」
生まれた時に既に敷かれていたレールの向きを、自ら大きく変える、あるいは恋した相手に変えさせるのは、周囲への影響が少なくない以上、大変なことに違いない。
「うん。凛姉のあんな嬉しそうな顔は初めて見た。基本的には長子相続だけど、格式が高いあちらの家はともかく、うちは絶対にってわけでもない。つまり、逃げようと思えば逃げられたんだよ。要は、凛姉の責任感や罪悪感を愛が越えられるかって話でさ。というわけで、凛姉は近々嫁に行くことになりました」
「嫁? 通い婚じゃなくて?」
「相手の男性が結構な大社の後継者だから、凛姉があちらの家に入る形になる。多少窮屈な思いはするかもしれないけど、惚れた男と一緒ならなんとかなるでしょ」
「豆まきやライブイベントの裏で、そんな出来事があったとはね。で、ここまで聞いても、俺が呼び出された理由が見えてこない。いったい何?」
早く目的を教えて欲しのに、なぜか結城が引っ張る引っ張る。
「まあまあ。もうちょっとだから。それでね、凛姉が嫁に行くことになって、誰が神社の跡を継ぐかって話になったんだ。次点なら杏なんだけど、杏は平野と上手くいっていて、二年も養成所に行くのは嫌だって言うから、無理強いもできない」
「じゃあ、モエマドのどちらかが継ぐの?」
「あの二人が継いだら神社が潰れるよ。だから却下」
潰れるは言い過ぎな気がするけど、確かにあの二人は経営者向きではないね。フリーダム過ぎるから。
「えっ、じゃあ残るは……結城?」
「うんそう。急遽、神社は俺が跡を継ぐことになった。俺なら、進学先が神職資格取得課程がある大学だから、このまま通うだけだしね」
「結城が跡継ぎで宮司になるのか。つまり婿入りの可能性はなくなるってこと?」
「それもあって引き受けたんだよ。次は断れるかどうか分からないから」
なるほどね。結城は婿入りを嫌がっていたようだから、結城にとっても良い結末だったわけだ。
「だからさ。武田がモエマドを嫁にもらってくれない? 俺が言うのもなんだけど、見た目はかなり可愛いと思うんだよね。家事はできないから、スポーツ枠、あるいは季節嫁枠でもいい。お願いもらって」
「俺を呼んだ理由って、もしかしてそれを言うため?」
「うん。アイツら我儘過ぎて、現状相手が見つからない。このままだといかず後家一直線だ。神社の仕事を手伝うのは別に構わないけど、結婚願望があるのにできなかった小姑なんて、面倒でしかないよ。俺の健全な結婚生活のために、もらってやって」
結城の結婚生活のためって言われてもさ。こっちにも都合はあるし、そうほいほいもらえるかって。
「犬猫じゃないんだから無理。二人はなんて?」
「前も言ったけど、あいつらは二人で同じ男と結婚したがってる」
「確か、家庭内ワークシェアリングだっけ?」
「そう。同じ相手と結婚して、同じ家に住んで、一緒に子育てしたいってさ。それ以外の条件も贅沢なことばかり言いやがって、現状で最も条件を満たしているのが武田なんだ。いや、武田しかいない」
「急にそんなこと言われてもさ。結婚って条件だけでするわけじゃないから」
俺は、結婚前にちゃんと恋愛したい派。それもかなり甘々な感じで。条件は後からついてくるものだと思ってる。
「モエマド当てっこゲーム。やったよね? 双子の名前を当てるやつ」
「名前当てなら、焼き芋大会……じゃなくて、ボランティア清掃の時に、チラッとやった」
あの時は、急に主人公補正スキルが生えてきて、びっくりした。ゲーム自体はちょっとした遊び程度のもので、したからどうなんだって感じだ。
「知ってた? あのゲームを完封した男は、家族以外は武田が初めてかつ唯一なんだ。だから責任取ってよ」
「いや、知らないって。あの程度で責任を取らされるなんて、断固拒否する」
「だったら、ゲーム完封の豪華景品として進呈でどう?」
「そこまで無理にくっつけようとしなくても、俺程度の男なんて探せばいるよ」
現に俺にクリソツなイケオジがいる。モエマドくらい容姿がよければ、案外見つかるんじゃないかな。
「いないから言ってるの。アイツらが素直にウンって頷く男なんて見つからなかった。以前は『二人を間違えないスポーツ得意なイケメン』だった条件が、今は『プラス、背が高くて、笑顔が凄く魅力的で、つい目が追ってしまうような華があるのに、放っておけないような子供っぽいところもあって』に変わってるんだよ! まんま武田じゃん! モエマドのこと嫌いじゃないなら、もらってやってよ」
うわっ、いつになく結城の攻勢が凄い。そこまで嫌か、小姑が。
モエマドは嫌いじゃないよ。自由で伸び伸びしていて、一緒にいて楽しい。見た目だってティーンズ雑誌のモデルばりに可愛い。
でもさ。なんか悔しいじゃん。主人公補正【
好感度を得るなら正攻法で行きたいな、なんて。
「結城の言い分は分かったけど、時期が悪過ぎる。それに、そう簡単に決めていいことじゃないから、今は保留で」
と言い捨てて、ログアウト。
結城はああ言ってたけど、勘違いだってこともある。本人たちに話を聞いたら「なにそれ!」なんてことになるかも。だけど、今はまだ大学受験の真っ最中。会って確かめるとか、そういうのは控えたいんだよ。
結城のことだから、俺の考えも承知の上で、敢えて話を持ち出したのかもしれない。でも今は保留、とりあえずそういうことで。
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