卒業 それぞれの路

「この制服を着るのも今日で最後か」


 すっかり身体に馴染んだ制服をハンガーから外し、ひとつひとつ身につけていく。

 もう着なくなるなんて、なんか不思議な気分だ。


 この世界に来て二年弱。

 目まぐるしく日々は過ぎていった。


 先に進むのが惜しくなるほど楽しくて、何もかもがキラキラしてた。


 全く知らない世界に放り込まれ、記憶すら覚束ない。

 頼りになるのは、ファンタジックな日記帳だけ。


 まさか、こんなに充実した日々が送れるなんて、思っても見なかった。


『ありがとう』


 俺を取り巻くこの世界に。

 優しくて生き生きとした女性たちに。


 ちょっと感傷的になってるかな。卒業式だから仕方ないよね。


 すっかり支度が終わってから、机の上に鎮座するド派手な装丁の日記帳を手に取った。


「重っ。分厚くなってる?」


 かつては、前世の記録と簡単なプロフィールしかなかったのに。

 パラパラとページを捲ると、この世界に来てからの思い出が、アルバムのように描かれていた。


「なんで編集済みなの? 懐かしいなぁ。絵日記……いや、ここまでくると写真日記だな。こんな沢山の写真を、いつの間に撮ったの?」


《シャッターチャンスは見逃しません。マスターのご活躍のおかげで、超多機能日記帳に進化しました。カスタマイズも随時可能です。もちろん、本日の記録もお任せ下さい》


「うん。期待してる」


 学校に行くと、いつもの顔ぶれがいる。

 なんとなく浮わついて、はしゃいだような雰囲気だ。

 胸に小さな花束を飾り、整列して講堂に移動する。卒業式自体は、粛々と進んでいった。名前を読み上げて表彰する。アクシデントも何もなく、式次第通りに。


 一人一人、卒業証書と記念品を授与されて、長い式が終わった。


 教室に戻って行われた最後のHRで、担任による衝撃告白があった。


「皆さんにお知らせがあります。この春、私、佐藤さとう 華子はなこは、水島華子になります! 学校には引き続き勤務するので、卒業後も是非遊びに来て下さいね」


「おめでとうございます!」

「すごーい。水ピーと本当にゴールインしたんだ」

「先生、やるじゃん!」

「職場結婚とか。佐藤の癖に、おめでとう!」

「いいなぁ。めっちゃ羨ましい」


 佐藤先生の結婚予告に、クラス中が大騒ぎだ。結婚相手は学年担任の水島先生で、これを機に、彼は学校経営の部署に移るらしい。


「卒業生の皆様は、係の誘導に従って生徒玄関に向かって下さい」

「A組は最後だって」

「去年は私たちが見送る側だったのに、あっという間だったね」

「うん。受験に追われてたから、時間が経つのが凄く早く感じた」


 卒業式の日の最後を飾るのは、在校生が作る花道だ。


 吹奏楽部のBGMが高らかに鳴り、生徒玄関から正門まで、花のアーチが規則的に並んでいる。


 花道の両サイドを埋め尽くす下級生たち。惜しみない拍手が続く中を、少し照れ臭い気持ちで進んだ。見知った顔がチラホラ覗く。


 正門から出ても、万雷の拍手は鳴り止まない。


「いた! 先輩! 待って待って。まだ行かないで」

「卒業おめでとうございます!」

「わっ、いったい何?」

「先輩、一生のお願いです! これ下さい!」


 いわゆる第二ボタンをグーで握りしめているのは、まさかの早苗ちゃんだ。


「ください」「ください」「ください」


 それを皮切りに、次々とボタンをねだる下級生に容赦なく剥ぎ取られ、上着のボタンがひとつ残らずなくなった。


「先輩のこと、絶対に追いかけます!」

「もう! 第二ボタンが欲しかったのに。早苗に先を越されるとは思わなかった」

「陽花ちゃんだって、しっかり校章ゲットしてる癖に」


 割とズダボロな姿で、みんなで撮った卒業写真。

 きっとコレも、直ぐに懐かしい思い出になる。


「終わっちゃったね」

「うん。寂しいけど、高校生は今日でおしまい!」


 もうすぐ桜が舞い散る季節がやってくる。

 

「じゃあ、またね!」

「元気でね!」


 それぞれが別の道を進んでも、新しい出会いがきっとある。偶然、あるいは必然の再会も。これは別れじゃなくて、始まりなんだ。


 将来のために学び、社会に出て、幾つもの恋をして、永遠の愛を誓う。

 愛する女性たちと共に過ごす日々はきっと温もりで満ちている。

 お父さんウザいとか、子供にちょっと邪険にされながら、でも猫可愛がりして。


 沢山の愛と優しさと、時には厳しさを浴びながら、懸命に人生を駆け抜けて、老いて、やがて地に還る。


 ああ、なんて贅沢なんだろう。


《まだ早いです。使命もお忘れなく》


「うん。分かってる」


 日記帳とは、長い付き合いになるだろうな。

 白いページに追記されていく鮮やかな記録を、爺さんになって、日向ぼっこしながら眺めたら、時間が過ぎるのなんて忘れそうだ。


 そんな人生が、これから待ってる。


 じゃあ、行こうか。

 さよなら。俺の高校生活。また戻ってくるから。

 今度は——教育実習でね!


 


『この男に甘い世界で俺は。』

 〜男女比1:8の世界で始める美味しい学園生活〜【完結】


 —————————————

【あとがき】

 イケメン高校生男子の青春ラブコメディ。

 高校生編はこれで完結とさせて頂きます。

 結星たちの物語を追って下さった読者の皆様に、厚く御礼申し上げます。


 ☆本編で未消化だった部分を番外編として2話投稿予定です(完結処理はその後)。

 番外編① 「誘惑♡」:卒業式前の合格祝い。(性描写未満の♡な展開があります)

 番外編② 「新入生ガイダンス」高校生編では惜しくも届かなかった某ヒロイン候補が登場。


 番号は時系列順です。下記の理由で本編には入れず番外編としました。


 番外編①

 :本作は男女比不均衡という設定には珍しく、一貫してプラトニックな男女関係を主軸にストーリーを展開してきました。

 最後に♡展開をポンっと入れても蛇足かなぁと考え、本編から外しています。

(この時点で全員18歳以上です)


 番外編②

 :実際の新入生ガイダンスが3月末から4月初旬であり、卒業式から日にちが空いてしまうため、番外編としました。在学校が違うので、ここで合流です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る