頼れる男


『近くにいて欲しいの。受かっても落ちても、泣いちゃう気がするから。ダメかな?』


 メッセージアプリにシズから連絡がきた。


 彼女の第一志望校は、あの雷霆医科大学だ。国立先端解明科学研究所附属、臨床医ではなく研究医の養成に特化した、まごうことなき日本の最高学府。


 入学者は、この世界が抱える最大の課題、人口問題の解決に向けて、日夜座学や研究に邁進することを課せられる。


 やっぱり不安なのかな。


 才女ばかりの栄華秀英でも、シズは飛び抜けて優秀だ。努力を怠らず、ひたむきに努力してきた。


 彼女が理系特化の雷霆女子ではなく、なぜうちの高校に進学したのか。その理由を聞いたことがある。


 「一番上の姉に言われたの。進路の選択はよくよく考えた方がいい。本当に研究者になりたいのか。広い視野で見つめ直しなさいって」


 シズの家庭は、臨床医である母親と二人の姉がいるが、父親はいない。離婚や死別ではなく、元からいないのだ。婚姻によらず人工授精で子供を得て、家庭を作ったから。


 シズの母親は、共学校から臨床医に特化した専門大学に進んでいる。その一方で、二人の姉は、雷霆女子から一旦は雷霆医科大に進学したが、その後二人とも、専門大学への転学を選んでいる。


「男性を研究対象以外の存在と認識できなかった。同じ人間として見れなかった。そう言ってたの。失敗したかもって」


 身近に男性がいない環境で育ち、交流する機会もない。唯一の異性との接点が、研究者と被験者という関係に制約される。


 言葉は悪いが、男性をマウスやモルモットなどの実験動物のように捉えてしまうのだそうだ。


「でも母は違った。結局はご縁がなくて人工授精で子供を産んでいるけど、ちゃんと高校時代に恋をして、ときめいて、失恋して、振られちゃったのに、素敵な人だったって、今でも自慢するみたいに言ってる」


 あの貫禄のあるお母さんにも、そんな青春の一幕があったのか。


「姉たちは臨床医として働く内に、そういった感覚はだいぶ改善されてきたと言っているわ。その話を聞いても、私は研究医を目指したい。だから、高校が最後のチャンスだったの。同じ場所で学んで、同じ目線で会話して、同じ年頃の異性として、女性が番う相手として男性を認識する機会を得られる」


「そういう理由だったんだ。で、どう? 俺はここにいるけど、ちゃんと認識できてる?」


「うん。認識し過ぎて困るくらい。迷いに迷った末に栄華秀英を選べた、あの時の自分を褒めてあげたい。結星くんに会えてよかった。だって私、恋をしてるもの。小説や映画の中にしか存在しないと思っていた、心が揺さぶられる恋を」


 そのあとは、それはもういい雰囲気になって……うん。シズは可愛い。

 そんな可愛い彼女のために、ひと肌脱ごうじゃないか。


 もちろん行くよと、シズに即返事をした。いつになく弱気な彼女を支えてあげたい。それもカッコよく。惚れ直すくらいに。


『急な話で本当にゴメンね。待ち合わせは掲示の板前で。先に自分の目で結果を確認したいから、結星くんには少し遅れてきて欲しいの』

『少しってどのくらい?』

『発表予定時刻の10分か15分後くらいかな』

『分かった。必ず行くから、先に帰っちゃダメだよ』

『うん。会えるのが凄く楽しみ。だから、ちゃんと待ってる』


 合格発表はもう明日だ。合格者名が掲示されるのは正午ちょうど。


 しかし困った。メッセージアプリのやり取りを終えてから、おもむろにクローゼットを開いた。着ていく服を選び始めたけど、これがなかなか決まらない。


《制服は子供っぽく見えますよ》


 うるせえ、そんなの分かってら!


 うん。制服はなしだ。明日は頼れる男を演出しなければ。


《合格結果がどう出るか分かりませんから、あまり気張り過ぎた服もよろしくないですね》


 気張り過ぎた服って、どんなの?


《例えばスーツですね。マスターは超絶似合いましたが、年齢的に合格発表の場では浮きまくりでしょう》


 それくらい俺でも分かる。そもそもスーツはお直し中で手元にはない。


《お昼ですから、そのまま食事にいくかもしれませんね》


 それは考えた。その場の雰囲気次第で、食事に誘うのもアリかなって。


 ラフ過ぎないカジュアルで。久々に会う恋人に、幻滅されず、カッコいいと思ってもらえて、さりげなくエスコート感を醸せる服装……うーむ。


《手持ちが少ないのに悩み過ぎでは?》


 まあ、そうなんだけどね。


《悲喜交々、かつ厳粛な場面ですから、派手な色はNGです。白・黒・ネイビー・グレーなど、落ち着いた色から選びましょう》


 そうなると、ジーンズは色次第。ダメージ系はもちろんNG。


《着こなし次第ですが、ロゴやポップな柄は、浮ついた印象や子供っぽい印象を与えかねません》


 ゆるゆるファッションや賑やかな服は却下。うん。だいぶイメージが掴めてきた。


《なかなかよろしいと思いますよ》


 さいでっか。


 最終的には、モノトーンコーデではなく、もう少し色味がある綺麗めカジュアルに決まった。


 ・濃いめのオリーブブラウン色の、細身ラインのチェスターコート

 ・オフホワイトのモックネックのニット 

 ・下は黒のトラウザーズで、ベルトも靴下も無難に黒。

 ・ブラウンレザーの2ホールチロリアンシューズ

 ・差し色でプルシャンブルーのマフラー


 新しい服を買いに行く時間はないし、手持ちだとこんなものかな。


 どんな結果でも、シズの気持ちを受け止める。明日会ったら、最初はなんて声をかけよう。今からシミュレーションしておくか。




 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る