4-06 乙女ゲームの撤退

「もうっ、イヤっ! なんなのよ。なんなのよ、なんなのよ。みんなして、私のことを邪魔してきて」


 津々木くららは、今の学園に来てからの攻略が思うようにいかず、このところずっとイライラしていた。


 気合いを入れて転校してきたのに、意中の男子生徒に思うように近づけない。接近しようとすると、なぜか間に人垣ができる。だから、魅了どころか自己紹介すらままならない。そんな状況が続いていた。


 そして、更に大きな誤算もあった。この学校は進学校ーーそれも超がつくほどのーーであったため、授業進度が恐ろしく早く、頻繁にテストがある。


 編入試験は日記帳を使った裏技で楽々クリアしたものの、エネルギー消費量を考慮すると、日々のテストにまでそうするわけにもいかない。自力で勝負する必要があった。


 しかし、わりと頭は良い方だと自負していた彼女にとって、周りにはもっと優秀な子がゴロゴロいて、なによりも、みんな呆れるくらいに努力をするーーそんな環境は到底相容れられるものではなかった。


 なにが楽しくて花の高校生活を勉強ばかりに費やすのか。彼女としては、そう思うばかりである。


 でもこのままだと、来期にはクラス落ちしてしまう可能性が高い。そうなれば、せっかくキープしている同学年の男子生徒とも離れ離れになってしまう。つまり魅了効果が薄くなる。さすがの彼女も、この状況には焦りを感じていた。


「早起きして登校時を狙っても失敗。なんでこう上手くいかないの?」


《対抗勢力のエネルギー投資が大きく、シナリオに明らかな妨害が入っています》


「対抗勢力って、例のスイーツワールドがどうのっていうやつ? そこを何とかするのがあなたの役目でしょ?」


《妨害工作への対応と、シナリオが進まない影響で、乙女エネルギーの残量が少なくなってきました》


「安土桃山学院で、あんなに荒稼ぎしたのに?」


《安土桃山学院は用意されていたシナリオの舞台なので、エネルギーの浪費をしても、主導権を握って効率よくエネルギーを稼げました。しかし、この学園は違います。この場所にとって、我々は元々イレギュラーな存在なのです》


「だからどうなの?」


《つまり我々は異物ーー外敵として認識されます。常に防御しながら割り込みをかける必要があり、そうするには、持続的にエネルギーを消費します。このまま行くと、近いうちにエネルギーが枯渇するでしょう》


「それは困る。力業ちからわざが使えなくなるなんて嫌よ。でもこのままじゃらちがあかない。どうすればいい?」


《撤退をお勧めします。ゲームシナリオを思い通りに展開するには、加護エネルギーの補給が必要です》


「撤退かぁ。悔しいけど、それも仕方がないのかな。でも、短期間で大量に加護エネルギーを稼げる場所ってあるの?」


《エネルギーの充電に最適な場所を見つけました。常に潤沢な乙女力で溢れている場所です。ただしそこには、マスターの攻略対象になるような生徒はいません》


「攻略対象がいない? なのにエネルギーが稼げるの?」


《シナリオ展開に割くエネルギーが不要になりますから、かなり期待できます》


「ふうん。じゃあ、善は急げ。そこに移ろうか。中途半端にやるよりも、一気にエネルギーを稼いで次の狩猟場を狙った方が、却って効率がいいかもね」




「ねえ、頼子。プリンの売れ行きはどんな感じ?」


「もうめっちゃ売れてる。最初から勢いがあったけど、コラボが始まってからは品切れが続出。スイーツウォーカーの発売日以降は、問い合わせも多くなって更に注文が増えたわ」


「それはおめでとう。こっちも仕事の依頼が凄い数来ているわ。断るのが惜しいくらい」


「うちとしては、今みたいな専属に近い状態はありがたいけどね。結星くんの人気上昇と共に、うちの製品の注目度も上がる。更に口コミの宣伝効果も上がるから」


「結星くんって、なぜかプリンの宣伝には乗り気なのよね。でも功名心はないみたい。エグザのCMは、私たちとの個人的な友誼から引き受けてくれているけど、他の仕事は気が進まないみたいなの」


「素材がいいから勿体無い気はするけど、男性は将来の生活が保証されている分、ゆったり過ごしたいって思う人も多いらしいわね」


「結星くんも全然ガツガツしたところがないから、きっとそうなんだろうな」


「さて。そろそろ時間ね。試写室に向かいましょうか」


「試写会楽しみ。入浴剤と全身ボディソープの二本立てなんて、とっても贅沢」


「かなりいい出来らしいわ。たぶん放映されたら、今以上にもの凄く注目されると思う」


「でしょうね。撮影のときの結星くんたら、そりゃあもう最高だったもの」


「本当よね。もう少し年齢が近かったら、玉砕覚悟でアプローチするんだけど」


「どう見ても、私たちは仕事先のお姉さんって立ち位置よね。エルダーパートナーとしてワンチャン狙いたいところだけど、私の財力じゃとても無理」


「お金があっても気が引けるわよ。結星くん、とにかく格好良すぎるから。やっぱり若さっていうガソリンがないと、果敢に勝負はできない」


「同級生三人とお付き合いしているって聞いちゃうと余計にね」


「若いっていいわよね」


「本当。10代と20代には大きな壁がある。今はその言葉を凄く実感する」


「社会人と学生の間にも巨大な壁があるわね。さ、お仕事、お仕事。こうなったら大成功させちゃうんだから!」

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