3-14 キャンディSHOP

 

 大型連休終盤の午前中、高坂花蓮は皇極斉子と待ち合わせをしていた。


「いい天気だなぁ」


 待ち合わせ場所は裏参道のショッピングモール前。街路樹の新緑が目にも鮮やかで、陽気もよく絶好のお出かけ日和だ。


 目的のキャンディショップが11時開店なので、待ち合わせはその15分前にした。

 待ち合わせ場所に近づくとすぐに、路上に大きな……いや、やけに長い車が停まっているのに気づいた。


(うわぁ、リムジンかよ。初めて実物見た。こんなので交差点曲がれるのか? 運転技術半端ねえな)


 ピカピカに磨かれた真っ白なリムジンは、当然のことながら人目を引く。同じ場所で待ち合わせをしている人たちの注目を集めまくっているようだった。


 そんな中、待っていましたというようなタイミングで、リムジンの運転席から制服を着た女性運転手が降りてきて、外側から素早く後部座席のドアを開けた。


「花蓮様、おはようございます」


「おはよう。……皇極さんの車だったのか」


 開けられたドアからにこやかに降りてきたのは、カジュアルな格好をした斉子だった。


(私服姿をみるのは初めてだけど、スタイル抜群なんだね。それに益々美人度が上がってる)


「皇極さんの私服姿って、なんか凄く新鮮に感じる」


「似合っていませんか?」


 不安げに小首を傾げる斉子。


 本日のTPOを考えたのだろう。薄いピンク色の緩めのニットに、花柄のショート丈のプリーツスカート、黒いニーハイソックスと、JKらしく可愛らしくまとめている。


 ちなみに花蓮は、明るいグレーのざっくりとしたニットにデニムパンツと、普段着に近いありきたりな格好だ。ちょっとカジュアル過ぎたかもしれないと、自らの格好を反省しつつも。


「いや、似合ってる。凄く可愛い。見惚れちゃうくらい」


 斉子に素直に賞賛の言葉を送る。すると斉子は、少し頬を染めて、はにかむような表情で花蓮を見上げた。


「本当に? ……それならよかった」


「じゃあ、行こうか」


「はい。今日はよろしくお願いします」


「ちゃんとエスコートできるか自信ないけど、なるべくゆっくり歩くようにするから」


 つい男らしくガツガツ歩く癖を、日頃から親しい友達に注意されている。深窓の令嬢である斉子と歩くなら、そこは気をつけないといけないという自覚が花蓮にはあった。


「花蓮様。あの……腕を……組んでもよろしいですか?」


「いいよ。その方がはぐれる心配がないしね」


(皇極さんは日頃は車移動で、街歩きの経験は少ないって言ってたもんな。裏参道に来るのも初めてで、迷子にならないか心配とも言っていた)


 実際にはぐれたら、きっとちょっとした騒ぎになる。皇極がギュッと腕にしがみついてきた理由を花蓮はそう考えていた。


 (華奢な腕。……俺が男だったらなぁ。こんな清楚で美人な女子高生と二人でお出かけなんて、最高なのに)


 *


 それほど道が混んでいないせいか、目的のキャンディショップには直ぐに到着した。開店直前のせいか、既に短い行列ができている。


「もうこんなに並んでるんですね」


「うん。人気ショップらしいから。でもこれくらいなら、そう待たないと思うよ」


「綿菓子って、そんなにすぐにできるんですか?」


「大きいから、ひとつ作るのに数分はかかるみたい。でも、一人ひとつじゃなくて、グループで買ったりするから、意外に待ち時間は少ないって」


「大きいってどのくらいですの?」


「たぶん、皇極さんの頭三〜四個分くらいはあると思うよ」


「それは確かに大きいですね。でしたら、花蓮様とわたくしで、ひとつ買えば十分かしら?」


「そうだね。ひとつ買って、一緒に食べようか?」


「はい、是非♡」


 そんな話をしているうちに直ぐに開店になった。

 円錐形をした巨大な虹色の綿菓子を購入。出来立てでフワフワしている。


「席が空いてるね。店内で食べていこうよ」


(皇極さんに歩き食いなんてさせたら、どこかからお叱りを受けそうだ)


 花蓮の無意識なエスコートに導かれ、ファンシーな色合いのソファシートに、二人並んで座った。


 甘い匂いが充満する店内は、見渡す限り全員女子だ。


 行列は更に伸びて、次々と人が入ってくる。それに対応しようと、店員の手によってもの凄い勢いで次々と巨大な綿菓子が作られていく。その様を見ているのは、案外楽しい感じがしていた。


「花蓮様、グレープ味はいかが?」


 皇極が紫色の部分をひと掴みちぎって、花蓮の口の前に差し出してきた。


「えっと……」


「あっ、ごめんなさい。わたくしの手ずからではお嫌ですよね」


「そんなことないよ」


 ちょっとびっくりしただけの花蓮が、慌てて綿飴を口にする様を、うっとりと見つめる斉子。


 綿飴以上に甘い視線を受けていることに、花蓮は全く気づかない。


(こんなファンシーな内装の店には、男だったら入り辛いだろうな)


 花蓮がそう考えていたら、行列が進んで、背の高い若い男が女の子を三人引き連れて店に入ってくるのが見えた。


「わぁ、すっごく可愛いお店」

「結星くん、よくこんなお店を知ってたね」

「見て見て、あれ。あそこで綿あめを作ってる。めっちゃ大きいよ」


(ちっ。ハーレム野郎かよ。それも、両手に花どころか1対3とか。それも全員可愛い。ぐぬぬ。ベタベタしやがって。爆ぜろ! あれ? でもあの顔……)


「花蓮様、どなたかお知り合いでも?」


「知り合いってわけじゃないんだけど、今お店に入ってきた人が、交流会で来校した他校の生徒に似てる気がして」


「交流会というと、男子生徒ですわよね。……あの男ですか?」


 そう言いながら、わずかに眉を潜める斉子。


「うん、やっぱりそうだ。間違いない」


(あんな超絶イケメンが、そうゴロゴロいるわけないしな)


 交流会の時は「この世界の男すげえ」と思った花蓮だったが、その後気になって調べたところ、あの高校の男子生徒が特別にイケメン揃いだったことが判明していている。


「花蓮様は、ああいった感じの男性が気になったりされます?」


「いや別に、男はどうでもいいよ。ただ、男1人に女の子3人っていうのがちょっとね」


「一夫多妻制には反対なんですか?」


「自分的には、本当に好きな人が一人いれば十分かなって思ってる」


(自分以外の野郎のハーレムは全否定だってば)


「まあ。わたくしと同じですわ」


「皇極さんも?」


「ええ。たった一人の方と……愛する方と生涯添い遂げたいと考えておりますの」


「それが理想だよね。この社会じゃ難しいかもしれないけど」


「唯一の相手さえ見つかれば、難しくはありませんわ。私は絶対に叶えるつもり」


「あはっ。皇極さんって、意外に情熱家なんだね」


「情熱家はお嫌いですか?」


「ううん。凄くいいと思うよ、そういう考え方って」


(ハーレム野郎は、もう店を出て行ったか。どう見てもデートだろう。いいなハーレムデート。悔しいけど、本音を言えば超羨ましい。あーあ。俺も男だったらなぁ)



 ◇



「さっきの店にさ、聖カトリーヌ学院の生徒会長さんがいた」


 めっちゃ印象的なショートカットの美人。あの背中に華や羽をしょっている感じは間違いようがない。


「本当に? 混んでたのによく気づいたね。どんな人?」


蔵塚くらづかスターみたいな感じかな?」


 舞台で朗々と歌ってそう。もちろん男役で。


「有名なカリスマ生徒会長さんか。それはちょっと見てみたかったかも」


「そんなに有名な人なの?」


「それはもう。高校から入学した外部生なのに〈カトリーヌの白薔薇〉に選ばれたのは前代未聞らしいよ」


「私もその噂聞いた。熱烈な生徒の支持を受けて、圧倒的多数の賛成で当確だったって」


 それは凄い。けど分かる。めっちゃオーラあるもんね、あの人。


「つまり美人なんだよね? 結星くん的には、好みのタイプだったりするの?」


「間違いなく美人だね。でも、ちょっと存在感があり過ぎるっていうか、格好良すぎるっていうか、恋愛対象にするのは恐れ多いって感じ?」


 といっても、あんまりよく知らないけど。颯爽としていて、いかにも女の子が憧れそうな先輩風で。俺なんてゲシって蹴散らされそう。あくまでイメージだけど。


「やだ。恐れ多いって何?」

「でも違うならよかった」

「はい、結星くん。次はみかん味だよ。『あーん』して♡」


 口の前には一口大に千切られた橙色の綿菓子が。


 さっきから俺は、鳥の雛みたいに餌付けされている。

 正直、公衆の面前でイチャつくのはかなり気恥ずかしい。……でもこれってデートだし。そう、デートなんだよ。


 だから素直にパクッ。うん、みかん味だ。美味しい。


「キョーコのぶどう味も食べてね。はい『あーん』」


 おっと。指を突っ込んで来るのはやめてね。でもパクッ。


「ゆゆ結星くん、イチゴ味どうぞ。『あーん』。きゃっ♡」


 パクッ。美味しい。けど、かなり忙しい。


 でも、彼女たちは目をキラキラさせて餌付けしてくるし、凄く楽しそう。みんな笑顔でデート気分は急上昇だ。もちろん俺も楽しい。……かなり恥ずかしいけどね。


「大きくて食べきれるか心配だったけど、四人だと案外あっという間だね」


「それに、いろんな味があるから飽きなかったね」


「ぶどう味とか、レモン味とか、面白いね」


「じゃあ、次は絵馬を書きに神宮に移動しよっか?」


「そうする〜」


 綿あめを食べ終わったので、近くにある有名な神宮へ移動することになった。大学の合格祈願をしにね。


 既に人出はかなり増えていて、四人くっ付いて歩く俺たちは、あまり早くは移動できない。それでも人混みを縫ってショップ街を抜け、大きな交差点で信号待ちをしていると。


「あっ! あれ! あれ見て!」


「何?」


 正面にある背の高いファッションビルーーの壁面に据えられた巨大モニターを、志津が驚いたように指差した。


「ゆ、結星くんだ!」


「えっ! うわぁ、本当だ」


 うん、俺だね。エグザのCM。そういえば、今日から放映だって言ってたかも。


「や〜ん。めっちゃカッコいい!」


 でも不思議な感じ。毎日鏡で見慣れた顔が、街頭でドアップで映っているなんて。


「ゆゆゆゆ、どうして? ……そうだ。録画、録画しなきゃ」


 録画? はて? もしもーし?


「ユー子、落ち着いて。何もここで撮らなくても」


「だって、だってだって巨大王子、オージなのぉぉぉ!」


 えっと……本物がここにいまーす……なんて。大きい方がいいの?


「ドウドウ。結星くん、ごめんね。ちょっと待っててくれる?」


 コンビニの、それもプリンのCMなんて、昼時のバラエテイ番組の合間にチョロっと流れるだけだと思ってた。予想外。こんな派手に街頭広告するんだ。期待している商品だって言っていたのは、本当だったんだね。


 外出中の結星には当然分からなかったが、同じ時刻、TVでもバンバン同じCMが流れていた。


 土曜の昼どきの全国放送。


 日本各地の大勢の視聴者が、新製品だというコンビニプリンをにこやかに食す、甘い顔立ちの超絶イケメンに驚き、動きを止めて凝視し、TVに食いつくようにその映像を観ていたのである。


 ……そしてここにも。


「武田くん♡ こんなところで再会するなんて。これって運命? ずっと……ずっと会いたかったの。やっぱり素敵。麻耶の王子様♡ 大好き……きゃっ♡」


 とあるコンビニで、促販用に貼られた大きなポスター。それを見つめてウットリしている、怪しげな女子高生が一名。


「お客様、ポスターを剥がされては困ります」


 眺めているだけでは満足できなかったのだろう、実力行使に出た彼女に店員が制止の言葉をかける。


「これ、お持ち帰りで下さい」


「そちらのポスターは非売品になっております」


「非売品? そっか、プリンを買えば貰える? じゃあ、ここにあるプリン全部下さい」


「そういうことではありませ……お客様! 困りますって! 剥がさないで下さい!」


「いや〜! 武田くんと一緒にお家に帰る〜!」

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