第17話 渡りに船


 ゲームを始めたけど、せっかくの夏休みがそれだけっていうのも味気ない。そう思うよね?


 それに、ゲーム資金や交遊資金を稼ぐのに、バイトもしてみたい。そう思って、アルバイトに関する学校の規則はどうなっているのかな? と聞いてみたところ。


 ・保護者の許可を得てすること


 ・制服のまま働くのは禁止


 ・指定職種に限定


 ・就業時刻に制限


 ・学校に届け出と報告をすること


 という条件をクリアすれば、しても構わないとのことだった。


 短期でやるならどんなアルバイトがいいかな? 昼間できそうなやつ。飲食店とか? 


 確か駅周辺にはいろいろな飲食店があったはずだ。この人生になってからは、まだあの辺りには行っていない。そして男女比の変化のせいで、以前と同じとは限らない。ちょっと様子をチェックしてみるか。


 *


 駅前の飲食店は、 一部ガラッと異なっている店もあったが、案外以前と似たような、あるいは、ほぼ同じ店も多い気がした。


 表通りにあるラーメン店に焼肉店、宅配ピザと中華料理屋は、店の雰囲気がかなりカジュアルなものに変わっていた。でも蕎麦屋と寿司屋は、なんとなく見覚えがある。


 武田結星とその家族にとっては、この街は引越してきたばかりの見慣れない街になる。でも以前の俺にとっては、小さな頃から住んで育った街のはずだ。


 そう思ったら、ふっと幼い頃の記憶が浮き上がってきた。


 確か俺が二、三歳くらいの時に、この街へ引越してきている。休みの日になると、普段は忙しい両親と手を繋いで、この辺りにあった喫茶店に甘味を食べにきた。


「好きなものは全部頼んでいいよ」って言われて、欲張った俺が幾つも注文してしまう。でも当然食べきれるわけがなかったから、仕方ないって言いながら、両親が残りを片付けてくれた。


 その時の両親の顔は思い出せない。でも、ぼんやりとその光景だけは浮かんできた。


 バナナジュースにパンケーキ、チョコレートパフェにプリンアラモード。イチゴシロップのかかったカキ氷。


 あの店はどこにあったんだっけ?


 しばらくウロウロ歩いて探してみたが、なかなか見つからない。表通りに、大手チェーンが経営するカフェができていたから、もしかしてなくなっちゃったのかな?


 それだとガッカリなんだけど。


 でもなんだか心残りで、念のため、一本裏の通りもチェックしてみることにした。


 すると……あった! あれだ。あの煉瓦タイルの建物。緑色の看板。そうだよ、間違いない。


 ようやく記憶に合致する店を見つけて、嬉しくなった。


 よし! 行ってみよう。


 喫茶店の入口には、昔ながらのショーケースが置いてあって、蝋細工でできたメロンソーダやナポリタン、そして記憶にあった通りのパンケーキとプリンアラモードが飾られていた。


 せっかくだし、入ってみるか。


 店のドアをそっと引く。と同時に、カランカランとドアベルが鳴った。小さな店なので、入口から店内が一望できる。でも、お客さんは一人もいなかった。


 やってる? よね。


 外の日差しが眩しいせいか、店内はやや薄暗く、静閑な空気が漂っていた。お店の人、いないのかな?


 不審に思って数歩、中に進むと、


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 壁際にあった衝立の影から、白い調理服を身につけたお爺さんが現れた。どうやら厨房から出てきたようだ。なんか、このお爺さんには見覚えがある気がする。


「一人です」


「こちらの席にどうぞ」


 案内されたのは、窓際の明るい四人がけの席だ。しばらくして、メニューとお冷を置きにおじいさんがテーブルにやってきた。


「すみませんねえ。ウェイトレスが急に休みを取ったので、今、一人で店をやっているもので」


「それはお忙しいですね。従業員さんが急にお休みって、どうかされたんですか?」


「従業員というか、うちの婆さんーー家内なんですけどね。自転車に乗って買い物に出かけたら、事故に遭いまして」


「えっ! 事故に?」


 ちょこまか動く、小柄なお婆さん。そんなイメージが湧いてきた。過去の記憶? 同じ人家族どうかは分からない。でも事故って、大丈夫なんだろうか?


「ええ、幸い大事には至らなかったんですが、ちょっと腰を傷めてしまって。一カ月はコルセットを外せないし安静だそうです。リハビリも必要だってんで、当分は無理させられないんですよ」


「大変じゃないですか。お大事になさって下さい」


「ありがとうございます。婆さんに伝えておきます。カッコいい学生さんがそう言ってたって聞いたら、すぐに元気になりそうだ」


 注文はプリンアラモードとアイスティーにした。子供っぽいかもしれないけど、見本を見たら、急にそれが食べたくなった。


 テーブルに置かれたプリンアラモード。透明なガラスのボートの上は、カラフルでとても美味しそう。


 器に乗っているのは、当然ながらまずプリン。カラメルソースが滴るカスタードプリンだ。その上には、クルンと絞った生クリームと、定番の赤い缶詰のサクランボ。


 その隣には、半球に盛ったバニラアイス。メインであるプリンとアイス。その周りに、デコレーションされた生クリームに刺すように、溢れんばかりにいろいろな果物が飾られている。


 斜め切りのバナナ、櫛形のオレンジ、輪切りのキウイ。夏場だからか苺はなくて、その代わりに三角形にカットされたメロンとスイカ。あっパイナップルもあるじゃん。


 かなり贅沢だよね。


 それに見た目も味も、記憶の中のものとそっくり同じだった。以前の俺の存在が確かめられたようで、少しホッとした。そして美味かった。


 昔ながらのカスタードプリン。以前の俺がプリン好きになった原点は、ここのプリンにあるのかもしれない。なぜかそう思った。


 また時々こよう。そう決めて、出入口にあるお会計に向かう。


 レジで精算をしていると、店主のおじいさんの背後に目がいった。さっきは気づかなかったけど、あるじゃないか。「急募! ウェイトレス募集!」の貼り紙が。


「アルバイトを募集しているんですか?」


「ええ、そうなんです。駅前にカフェができてから、以前ほど忙しくはなくなって何とか店をやっていましたが、これから氷も始めるし、暑くなってきたから、涼を求めて入ってくるお客さんも増える。それだと日中は一人じゃ回らなくなるので」


「ウェイトレスってありますけど、女性じゃないとダメなんですか?」


「いえ。性別に決まりはありませんが、この時給だと女性しか応募してきませんから」


 そうか。男性は未成年なら給付金があるしね。あまりサービス業にはつかないのかも。


「俺じゃダメですか? ちょうど、夏休みにできる短期のアルバイトを探していたところなんです。家はこの近所なので、歩いて通えます」


「本当ですか? だったらとても助かります」


「ウェイターは未経験ですが大丈夫ですか?」


「喫茶店だし、接客パターンは決まってるので、配膳さえ慣れてしまえば大丈夫かな」


「早く仕事を覚えるように頑張りますので、よろしくお願いします」


 渡りに船ということで、これで夏休みのバイトが決まった。


 基本的には昼前から午後にかけての勤務。水曜日が定休日で、日曜日は元々お客さんが少ないそうなので、お婆さんが復帰するまでは、しばらく休業日にするそうだ。


 明日から早速勤務することになった。男性ということで、募集内容よりも、時給を少し上げてくれた。


 服装は、上は白っぽいシャツ、下は黒っぽいズボンなら私服で構わないそうだ……っていうか、制服は女性用しかないそうです。なので私服にカフェエプロンが俺の仕事着。


 よし。バイトも決まったし、あとは遊びの予定かな?

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