第16話 冒険茶屋
クラス分けテストの結果が返ってきた
……うん。予想通りです。
夏休みに入る前の一週間、社会の補習が確定。でも男子生徒である俺は、クラス替えが関係ないからダメージは少ない。一方で、女子の中には、クラス落ちになりそうでガックリしている子もいるみたいだ。
そんな悲喜こもごもの騒めいた雰囲気で迎えた週末。「
うーん。どんなアバターにしようかな?
年齢設定を上げるのと、髪と目の色を変える。それだけは決めているけど、具体的なイメージはまだない。実際にいろいろやってみて決めることになりそう。
◇
そして、できたアバターがこれ。
戦国武将系ってことで、黒髪で長髪。虹彩の色は濃い目の茶色にしてみた。元々の武田結星(つまり俺)の身体は、全体に色素が薄めなので、これだけでも結構印象が変わる。
銀髪や赤・青などのカラフルな髪色も一応試してみてはいる。でも、なんかしっくりこなかったんだよね。いろいろ変えてみて、最終的に黒髪に落ち着いたってわけだ。
あとは、ちょっと色白過ぎるので、肌の色もチェンジして、やや日焼けした感じにしてみた。
そして年齢を10歳上げて26歳にしてみたら、かなり大人っぽくなった。これなら甲冑がバッチリ似合いそう。
ちなみに、アバターの外見は、課金アイテムを使うと修正できるらしい。それほど値段が高くないから、このアバターでなにか支障が出たら変えればいいや。
職業は戦士系の「侍」を選んだ。初期スキルは、武術スキルが【槍】【刀】【弓】、身体スキルが【剛腕】【縮地】、そして魔法系スキルである華スキルに【風華】を選択。
チュートリアルでは、初心者の具足と、選んだ武術に合わせて、初心者の槍・刀・弓を配布され、その扱い方を教わった。
ゲームコンセプトがライトユーザー向けRPGなので、スキルを使用すると自動で身体が動くという楽ちんバトルモードだ。
正式配信が楽しみだな。
このゲームには課金ガチャや課金で購入できるアイテムセットもあるらしい。基本的には無課金でやるつもりだけど、スタート応援ガチャは、かなりお得になっているらしくて、ちょっと引きたい気もする。
でも、虎の子の給付金に手をつけるのは嫌だし、親から貰った小遣いを使うのもちょっと躊躇われる。夏休みにバイト? 何か短期でできるいいバイトがないかな?
◇
やってきました夏休み。補習も終わって気分は軽い。
いよいよ今日「
部屋のエアコンを調整して、カーテンを閉める。ゲームしていて熱中症とか、笑えないからね。薄暗くなった室内にVR機器本体の黄緑色の稼働ランプと、ヘッドギアの赤い待機ランプがポツンと光っている。
じゃあ、ゴロンとベッドに横になって、ログイン。
*
ゲーム導入用のストーリーが、映画の予告編のように始まった。
舞台は、戦国時代によく似た架空の世界「ネオ倭国」。プレイヤーが降り立つのは、戦乱がおさまり、一時の平安を得た……という設定の戦国マップ。
《有名城下町や人知れぬ村落を巡り、希少なアイテムをGETしよう! 第六天魔王の治める岐阜牙城、猿面冠者の支配する聚楽第……様々な舞台で、伝説の英傑が君を待っている!》
ムービーが終わって画面が切り替わる。
《「ネオ倭国」に降り立ちます。準備はいいですか?》
目の前で点滅している[OK]ボタンを押すと、一瞬、意識が吸い込まれるような感覚があった。そして次の瞬間には、時代がかった見慣れぬ町の中にいた。
《「ネオ倭国」へようこそ。ここは水郷の町「浮島」。ここで冒険の準備を整えましょう。》
今いるのは、広いスクエア形の大きな広場だ。四方はぐるっと出格子のある伝統的な町家の建物に囲まれていて、その家々の向こうには、張り巡らされた堀と朱塗りの太鼓橋がのぞいて見える。
配信開始直後はすごく混むらしいので、待ち合わせ時刻を、あえて配信開始の二時間後にした。そのせいか、辺りはわりと閑散としていて、のんびりとした雰囲気が漂っている。
えーっと、待ち合わせ場所は、この広場のどこかにある「冒険茶屋」だったよな。
冒険茶屋は、いわゆる冒険者ギルドに相当する。茶屋という名前の通り、間口はいかにもな風情のある外観だけど、内部は拡張スペースになっていて、無料の休憩所があるそうだ。これは全て結城情報。ゲームに詳しい仲間がいると助かるね。
おっ!? あれがそうかな?
「冒険茶屋」を見つけて中に入り、早速「休憩所」を探す。
いたいた。椅子やベンチ、テーブルが置かれた広いスペースに、それらしき集まりを見つけた。全員男性なのは遠目にも明らかで、そのせいか、かなり目立っている。
ちょっと離れた場所から、何組かの女性プレイヤーの集団が、彼らの方を見てひそひそとお喋りをしている。
「ねえ、カッコよくない? あの人たち、本物の男性かな?」
「あんな美形なら、お姉さまでも構わないけど、多分男性じゃない? 骨格がしっかりしてるもの」
「そっか。このゲーム、そこら辺はあまり変えられないんだっけ?」
「あっ! もう一人来た! やだ。やっぱり凄いイケメン」
「うわぁ。本当だ。めっちゃ格好いいんですけど」
辺りが急にザワザワする。
女性プレイヤーの脇をすり抜けて彼らに近づいていくと、向こうも気づいたらしく、こっちに向けて手を挙げた。
「お待たせ。みんな早いね」
「いや。まだ二人来てない。俺たちは、念のため場所取りをしていただけだから」
俺より先に来ていたのは、結城、北条、上杉の三人だ。
「とりあえず、パーティを組もうか。その方が、個人情報保護的にいろいろと都合いいんだ。あとフレ登録も。この三人はもう済んでるから」
そう言われて、パーティへの加入と、既に来ているメンバーのフレ登録を済ませた。そしてこれが肝心。ユーザー設定から、個人情報的保護モードをONにする。こうしておくと、パーティ外やフレ以外のプレイヤーに氏名などの登録情報が漏れない様に、自動ミュートしてくれるそうだ。便利だね。
「斎藤は、ちょっと遅れるって連絡があった。今川は、そろそろ来ると思うよ……って言ってたら、ちょうど来た」
辺りの騒めきが、一層大きくなった。
結城の視線を追ってみると、思わずびっくり。まるで宗教画から抜け出してきたようなキラキラした美少年が、優雅に微笑みながらこちらに近づいて来る。
今川くん、マジ美形……っていうか、超絶美少年。
もしかすると年齢は弄っていないのかもしれない。だって、これで25歳設定とかありえない。
「自己紹介はあとね。まず個人情報的保護モードをONにして」
今川くんともフレ登録を済ませる。
「みんな久しぶり。こうして会えて嬉しいよ。そして武田くん初めまして。今川晴人です。よろしくお願いします」
「初めまして。武田結星です。こちらこそよろしく」
「武田くん、本当に凄くカッコいいね。みんなが言ってた通りっていうか、想像以上だ」
◆
誕生日 7月21日 蟹座
身長 170 cm
血液型 B型
座右の銘 「
評判「深窓の令息」「貴い」「飾っておきたい」
空き婚姻枠 11/12 (婚姻 1)
プロフィール表示が出てきたのは久々だ。座右の銘がちょっと目を引くね。結婚して学校は辞めちゃったけど、きっと夫婦仲はいいんだろうな。
こうして集まると、偶然なのか申し合わせているのか、かなりカラフルな集団になった。結城の髪の色は鮮やかな青、今川くんは爽やかな緑、上杉が意外なことに派手な橙で、北条が明るめの紫。
俺以外全員ファンタジーカラーだ。あれ? 俺ってちょっと地味過ぎた?
「今川の抜けたあと、クラスがどうなるかと思ったけど、武田がきてからだいぶ落ち着いたぞ」
「あの時は、みんなに迷惑かけてごめんね。そう聞いて本当に安心した」
「武田が転入初日にぶっちぎった時には、冷やっとしたけどな」
「無断欠席するから、もしかして打たれ弱い系かと思ったら全然違って、すごい大物だった」
久しぶりの再会になる今川くんを交えてワイワイやっていたら。
「悪い、待たせた」
遅れると連絡があった斎藤くんがやってきた。
おっ、これは。
僧侶をやるというのは聞いていた。だけど、イメージカラーなのか髪と虹彩の色が白に近い金色。まるで別人みたいだ。ここまで色を変えると、こんなに印象が変わるんだね。斎藤ともフレ登録を済ませて、これでパーティは完成。
「斎藤、すごく神々しい感じだね。白いの似合ってる」
「そうか? ありがとう。そういう武田は黒髪なんだ。随分とオーソドックスな色を選んだな」
「うん。他の色も試したんだけど、あまりしっくりこなくて」
「武田は元々のビジュアルが派手だから、黒もシックでいいかもね」
全員揃ったので、最初のフィールドへ出てみることになった。向かうのは東門。東門の向こうにあるのは、草原と潅木の林が点在している「スライム草原」。チュートリアル的な弱めのモンスターが主な敵になるそうだ。
前衛が結城と俺。中衛に上杉と北条、後衛に斎藤と今川。とりあえずその配置でやってみようということになった。
しばらく草原で戦っていると、驚いたことに、クラスの女子たちのパーティとバッタリ遭遇した。それも四回も。
「偶然ね。私たちも今日始めたの」
「本当に偶然ってすごい。こうしてばったり会うなんて」
「男子たちもバトフラ始めたんだ。知らなかった。偶然って凄い」
「わぁ。こんなところで会うなんてびっくり」
えっと。つまりクラス全員ログインしているってこと?
今日は初日な上に、ここは初心者フィールド。知り合いに会うのは不思議ではない。でもクラス全員は驚きだよね。このゲームは、前評判で女子に人気が出そうなコンセプトだと聞いたけど、狙いが当たったのかもしれないな。
草原での狩りは順調で、隠密の結城が索敵、侍で軽戦士ビルドの俺が遊撃、同じく侍でバランス戦士型の上杉がメインアタッカー、侍で防御ビルドの北条が壁役、今川が華師で、斎藤が僧侶。
結城が調整しただけあり、パーティバランスはバッチリで、サクサク敵を倒していくことができた。
「『水槍』行くよ。射線を開けて」
大量湧きしたレッドスライムに、今川の水華法が炸裂した。水圧でスライムがボコボコッと変形し、核が露出して崩れていく。
うわ凄い。
こうした攻撃華法をみると、ゲームらしさを実感する。俺も風華法を使えるけど、職業が華師じゃないせいか、まだ攻撃華法は使えない。
いずれできるようになることを期待。竜巻旋風〜とか使えたら楽しそう。
最初は男ばかりのパーティってどうよってチラッと思ったけど、同性同士だと全然気兼ねしなくて済むし、じゃれ合うのも気楽でいい。結城が言っていた意味がよく分かった。
女性ばかりのこの世界で、女性の視線を意識しないのは、日常とても難しい。ゲームの中くらい、男同士でつるむのもいいものだね。
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