快楽主義者の異世界実験録

涼風 鈴鹿

序章 ─黒い狐の来訪者─

終わる者の笑い声と始める者の嗤い声

 ある場所にこしらえられた小さな部屋で、女性が一人、数人の屈強な男性たちに囲まれながらお経を聞かされていた。


 女性を取り巻く男性たちの顔は皆真剣で、緊張すら感じ取れる。


 それに比べて女性は退屈そうな表情かおをしながら、ポツリと呟いた。


「なんで私がこんな目に遭わされてるんだろう? ねぇ、君? 」


「黙れ……」


 飄々ひょうひょうと笑っている女性に男性は苛立ちを浮かべつつ、次の行動に移り始めた。


 女性の顔にアイマスクを、体の前で組まされた手には錠を。


「行くぞ」


 相変わらず簡素な言葉だけで男性は会話し、女性を隣の部屋へと導く。女性は一切抗う事なく、男性の導きに従う。


 やがて女性の足は止められ、その場で両脚を縛られる。


「実に義務的な動きだね……面白くない。自分で言うのもアレだが、結構自分の見てくれには自信があるんだけどなぁ」


「誰がテメェなんざ……」


 クツクツと含み笑いを漏らしながら、女性は戯れ言を呟く。

 アイマスクの所為せいで目の部分は見えないが、口元は確かに笑っている。


 そんな女性を男性は不気味なモノを見る目で吐き捨てるように零しながら、最後に女性の首に縄を巻き付ける。


 その作業が終わり、ようやく男性達は女性から離れて近くの部屋に待機していた他の男性が静かに手を挙げる。


 「クックッ……そんなにイガイガして、何をたった一人の……しかも、君達が悪と断じた命をそこまで重んじるんだろうね? 私には理解が出来ないよ……人間なんて所詮……ッッ」


 女性の嗤い混じりの言葉を遮るように、手を挙げていた男性が手を振り下ろす。それと同時に女性の足元がパカッと開く。

 支えを失った女性は、その場に勢い良く落下。そして、その体は首に掛けられた縄によって吊され空中で急停止する。

 その衝撃に、苦しみに、女性は先ほどまでの饒舌じょうぜつが嘘のように静かになり、そのまま静かに縊死いしを遂げる。



 某年某日 世間を騒がせた連続殺人犯、楠木クスノキ ウツロの死刑は無事執行された。



***



 「随分と物足りなさそうだな、このクソサイコパス女」


 死んだハズのウツロの頭上から、老若男女、様々な声を同時に再生したような幾重にも重なった声の、歯に衣を着せないような罵倒が降ってきた。


 「……いきなり随分な罵倒だね」


 自分は確かに死んだハズだ。頭の中でそんな困惑をしながらウツロは目を開き、体を起こす。


 「なんだ……ここ……」

 

 そこでウツロは目を見開く。どんな時でも動揺を面に出さない彼女にしては、珍しい反応だった。

 それほどまでに、ウツロの視界に広がる光景は異端だった。

 彼女の眼前に広がるのは、二叉ふたまたに別れた巨大な穴。そして、絶えず左右の穴へと入り続ける人型のモヤのような何か。


 「うんうん、いい反応だ。これなら、気分良く説明が出来そうだね! 」


 そんな奇妙な光景の中、まるで空間の色が溶け出すようにして、一つの人影がウツロの前に現れる。

 その人影もまた奇妙なモノだった。

 人影の輪郭に、目も鼻も口も、何一つパーツの付いていない塗りつぶしたような真っ白な姿。老若男女、色々な声を同時に再生したような幾重に重なった声。


 「ここは現世うつしよと冥府を繋ぐ言わば三途の川での。ここを通ることで、人は地獄なり天国なり行けるッスよ」


 様々な口調をごっちゃごちゃにしたような気持ち悪い口調で、人影は話していく。


 「へぇ、じゃあ私は今から閻魔えんま様なり神様にでも断罪されるのかな?」


 「そんな面倒な事するわけねーじゃん、バァカ! 死人の魂は、此処の存在すら知らないまま、自分の向かう冥府へと旅立つのよ」


 「なら、どうして私に意識があるのかな? 」


 ウツロのこの発言を聞いて、人影はニヤリと笑った。目も口も顔すら無いのに、何故か人影が笑ったのが分かった。


 「わたしがお前を気に入っちゃってねぇ。お前なら、あの世界を楽しくしてくれる。そう確信したってワケさ! 」


 明るい人影の声と共に、道の真ん中に更なる穴が一つ空く。


 「新しい……オモチャ……? 」


 「そだよ! おまえの過ごした世界にはない、魔法や魔物といった更なる玩具の蔓延はびこる世界です。今までとは比べられない程、遊びの幅が広がるだろうなァ! 」


 人影が楽しそうに語る。そこでウツロも察した。

 『あぁ、コイツも自分と同族だ』と。


 「とはいえ、遊ぶにしても最低限の知識が必要だ。私の成長を待ってるなんて、直ぐに遊びたいなら不都合じゃないのかい? 」


 「あぁ、大丈夫大丈夫。君には最低限の常識と知識、それと多少のお金と……まぁRPGの王様程度の事は君にしてあげるからさ! 」


 「ふふ……それなら、その程度じゃなくてもっと私を最強にしてくれてもいいんだがね?」


 「そんな事、一切望んでねぇ分際でよくぶっこけたな! おれ貴女テメェの本質が見抜けない阿呆ではありませんよ? 」


 「ははっ、間違いないね」


 人影の返しに、ウツロは朗らかに笑う。


 「それに、貴殿キサマワガハイにとっちゃただの玩具じゃ。壊れても消えても、新しく新調するだけだよ。だから極論、世界に降り立って一秒で死のうが興味はないさ」


 これ以上ないドライな反応。自分すらも玩具としてしか見ていない傲慢さ。

 そんな人影をウツロはただ、こうとだけ評価した。


 『面白い』と。



 「さて、チュートリアルはお終いだ。後は自分の目で確かめ、自分の体で味わうが良い。じゃ、お前キミの幸運を祈っているよ。さっさと苦しんでろバァカ! 」


 最早、支離滅裂な言葉の羅列を吐き出すと同時にウツロの体は後から空いた真ん中の穴へと吸い込まれて行く。そしてそれと共に、ウツロの意識は闇へと溶けて行った。



***



 少しして、ウツロの意識が再度戻る。


 ただ、今度目が覚めたのは先ほどのトンネルではなく、


 「へぇ、随分広大な草原だね」


 どこまでも緑の広がった、だだっ広い草原だった。


 「さて、とりあえず歩くと……ん? 」


 その場で立ち上がり、歩こうとした時、自分の目の前に小さなリュックと、リュックに貼りついた一枚の紙が在ることに気がついた。


 ウツロはリュックから紙を引き剥がし、確認。どうやら先ほどの人影からのメモらしい。


 『このリュックは支給品だ。使い方は自由だよ! あと、最後に一つ、親切なオレサマからのボーナスだぜ。手を前に出して掌に力を込めてみて! 』


 「掌を前に……ねぇ?」


 よくわからないがとりあえず手を前に出し、掌に力を込めてみる。すると、


 「お? 」


 ウツロの掌から紫色の何かが飛び出し、数メートル先に着弾。そして、着地したその場からジュワジュワと煙を立たせながら、草原を半径一メートル程溶かす。


 「へぇ、コレは面白いね。

 彼もなかなか粋な計らいをしてくれるじゃないか」


 やはりあの人影は自分と同族だ。


 改めてそう感じながら、ウツロは広い草原を歩き始めた。



 これが全ての始まり。


 この世界を震撼させる悪夢の始まり。

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